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【藤原昌樹】「スタンダード」が破壊する地域の食文化―沖縄の「島豆腐」―

藤原昌樹

藤原昌樹

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「スタンダード」が破壊する地域の食文化沖縄の「島豆腐」

「執筆のテーマは自由」との条件で「メールマガジンに執筆してみませんか」とお声かけいただき、かえって「何をテーマに書こうか」と迷ってしまっていたのですが、偶然にも執筆のお誘いを受けたのが51回目の「沖縄本土復帰記念日」であったので、私にとって最初のメールマガジンでは「沖縄」に関するテーマを選んでみました。

 

本土復帰記念日

沖縄では、毎年5月15日の「本土復帰記念日」の時期には、「基地のない平和な沖縄の実現」を訴える「5.15県民大会」や「平和行進」などのイベントが開催され、テレビや新聞などで「本土復帰」に関する話題が取り上げられることが年中行事のようになっています。

昨年は沖縄の本土復帰から50年という節目の年であったこともあり、「本土復帰記念日」当日に政府と沖縄県が共催する記念式典が東京と沖縄の会場で同時開催されたことをはじめとして、「美ら島おきなわ文化祭2022」や沖縄県立博物館・美術館での復帰50周年を記念した企画展、東京と九州の国立博物館で「特別展『琉球』」が開催されるなど、県内外で本土復帰50周年に関するさまざまなイベントが行われ、テレビや新聞などマスメディアでも、「本土復帰記念日」の時期だけではなく、ほぼ一年間を通して「本土復帰50周年」に関する多くの特集が組まれるなどしていました。

今年は、本土復帰に関連するイベントが-久しぶりに新型コロナウイルスの影響による制限がない形で-実施され、『琉球新報』『沖縄タイムス』両紙では「本土復帰」に関する話題に加えて、「米軍普天間飛行場の辺野古移設」や「南西諸島への自衛隊配備強化」「土地利用規制法」など「沖縄の基地問題」についてロシアのウクライナ侵攻や中国による台湾への武力行使「台湾有事」とからめて論ずる記事が多く掲載されていました。

日本の防衛・安全保障問題をはじめとして、きちんと論じなければならない課題が数多くあることは承知していますが、それらのテーマについては別の機会に譲るとして、今回は私たちウチナーンチュ(沖縄人)にとって身近な食材である「島豆腐」に関する新聞記事(「島豆腐と世替わり 復帰51年のおきなわ」『琉球新報』2023年5月13日・14日)に興味をそそられたので、ウチナーンチュのソウルフード「島豆腐」のことを取り上げてみます。

沖縄の伝統的な食文化である「島豆腐」の歴史を通して、私たちが知らぬ間に「安心・安全」の名の下に地域の伝統を破壊している-まさにコロナ禍でクライテリオンが批判していたことです-実態について明らかにしたいと思います。

 

ウチナーンチュのソウルフード「島豆腐」

「島豆腐」とは、同記事の用語解説によると「沖縄の豆腐は、大豆をひいてからおからと豆乳に分けた後に豆乳を煮る『生しぼり製法』で作られる。本土の木綿豆腐より水分が少なく、固くて栄養価も高い。食品成分表では本土の木綿豆腐と区別して『沖縄豆腐』とされている」とあります。

あくまでも私の個人的な見解なのですが、恐らく大多数のウチナーンチュが「島豆腐」は「木綿豆腐」や「絹ごし豆腐」とは全く別の食材であると捉えており、同記事では「島豆腐」のことを「県民のソウルフード」であると言い切っています。

昨年、沖縄の本土復帰50年を記念して放送されたNHKの連続テレビ小説『ちむどんどん』では、主人公であるヒロインが料理人を目指す物語を主軸とし、さまざまな沖縄料理が重要なアイテムと位置づけられ、物語の序盤で主人公が学校に行く前に幼馴染が切り盛りする豆腐屋に立ち寄り、でき立ての「ゆし豆腐(にがりを入れただけで、型に入れて固める前のふわふわした状態の豆腐)」を美味しそうに食べる様子が印象的に描かれていました。私自身、子どもの頃に祖父母の家に泊まった時に、朝早く起きて鍋を片手に近所の豆腐屋さんに豆腐を買いに行ったことを懐かしく思い出しました。後述する理由により、沖縄では本土復帰を境に個人営業の小規模な豆腐屋が急速に減少し、私を含む現在50歳前後の世代が、朝早く近所の豆腐屋に豆腐を買いに行った思い出を持つ最後の世代になるかと思います。

現在、東京をはじめ日本全国の多くの都市で沖縄料理を食することができるレストランや居酒屋が数多く営業しており、また、一部の大手スーパーやネット通販で「島豆腐」や「ゴーヤー(苦瓜)」など沖縄独特の食材やレトルトの沖縄料理などが取り扱われるようになり、以前と比べて、沖縄県以外の地域でも(かなりの割高感はあるものの)気軽に沖縄料理を楽しむことができるようになっています。全国的に沖縄料理を提供する飲食店が急増するのは、1990年代中頃以降、芸能の世界で安室奈美恵さんに代表される沖縄出身の歌手や俳優、お笑い芸人といった芸能人が大勢活躍するようになり、2000年代初頭の「沖縄サミット」の開催(2000年7月)やNHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の放送(2001年4月~9月)などを契機に加速した、いわゆる「沖縄ブーム」以降のことです。

私は1989年の大学進学を機に上京して2001年に沖縄に戻るまで東京で生活したのですが、東京での日常生活の中で私が最も違和感を覚えたのが「豆腐」の違いでした。もともと私が「沖縄で食べる島豆腐と東京で食べる木綿豆腐や絹ごし豆腐を違う食品である」と認識していれば気にすることもなかったかもしれないのですが、同じ「豆腐」の名だからこそ、その違いをより強く感じてしまったのだと思います。念のために付け加えておくと、「島豆腐が好きで、木綿豆腐や絹ごし豆腐が嫌い」という訳ではなく、どちらも美味しく頂いているのですが、チャンプルーなどの沖縄料理では固めの島豆腐の方をより美味しく感じるのは否定し難く、たまに県外の居酒屋などで木綿豆腐を用いて作られた豆腐チャンプルーやゴーヤチャンプルーを頂くと、その食感に物足りなさを感じてしまいます。

 

「島豆腐」に襲いかかった黒船「食品衛生法」というスタンダード

沖縄県民に愛される「島豆腐」は、1972年5月15日の本土復帰に伴い、存続の危機にさらされました。前述の記事によると、「島豆腐は戦後、女性たちが各家庭で食べる分を作って近隣住民との物々交換から路上売りの商売に発展していった。できたての『あちこーこー(熱々の状態)』で食べることは『息をするように当たり前だった』」が、本土復帰に伴い、本土の法律「食品衛生法」が適用され、島豆腐は水にさらして販売することが義務づけられ、法律上「あちこーこー」の状態で売ることができなくなり、当時、100カ所以上の豆腐屋が店を閉めたと言われています。後述するように、1974年に特例が認められて温かいままの豆腐(=「あちこーこー豆腐」)を販売することができるようになりましたが、1970~80年代にかけてスーパーマーケットが県内各地に多数登場し、人々が豆腐屋ではなくスーパーで豆腐を買うようになり、住宅街や市場の豆腐屋は姿を消していきました。

食品衛生法によると、豆腐の保存基準については、次のように定められています(「オンライン食品衛生ラボ」)。

豆腐の保存基準

  1. 豆腐は、冷蔵するか、又は十分に洗浄し、かつ、殺菌した水槽内において、冷水(食品製造用水に限る。)で絶えず換水をしながら保存しなければならない。ただし、移動販売に係る豆腐、成型した後水さらしをしないで直ちに販売の用に供されることが通常である豆腐及び無菌充填豆腐にあっては、この限りでない。

 

この保存基準の前段にある通り、「豆腐は基本的に冷蔵または冷水で換水しながら保存」しなければならないというのが原則であり、その結果、本土復帰に伴う食品衛生法の適用により、「あちこーこー豆腐」を販売(保存)することが食品衛生法の保存基準に違反することになって販売できなくなりました。

しかし、「沖縄豆腐加工業組合(沖縄県豆腐油揚商工組合の前身)」など沖縄の豆腐製造業及び関係者の人たちが諦めることなく、「(当時の)沖縄は貯水ダムが少なく慢性的な水不足で断水が相次ぎ、水にさらすのが困難な状況である」「小規模な豆腐屋が多く、高額な冷蔵設備を買うことが厳しい」「(あちこーこー豆腐は)沖縄の大事な食文化である」などの事情を粘り強く訴えて関係各所との交渉を続け、1974年に上記の豆腐の保存基準に後段の「但し書」が追加され、「移動販売」と「成型した後水さらしをしないで直ちに販売用に供されることが通常である豆腐」の場合には保存基準が適用されないこととなり、合法的に「あちこーこー豆腐」を販売することができるようになったのです。

1974年以降は食品衛生法の「豆腐の保存基準」の但し書が適用され、「成形した後直ちに販売しなければならない」となりましたが、「直ちに販売」については、必ずしも明確な目安が決められた訳ではありませんでした。食品衛生法の規定は「食中毒の予防」を目的としており、その解釈にあっては、事業者や文化を守ることも確かに大事ではありますが、「食中毒の予防」すなわち国民の健康・安全を優先するのは当然であると考えられ、(冷やさなくても)「安全性が保てるうちに販売」という意味で「当日中」というようなアバウトな解釈で販売されてきました。

前述の記事によると、1972年の本土復帰に伴い食品衛生法が適用されてから1974年に特例が認められるまでの2年間、水面下で「あちこーこー豆腐」が食べ続けられる「非合法」の時期もあり、「ひたすら作り続け、食べ続けたから認められた」(宮里千里・談)側面があり、豆腐屋の数は減ったものの、沖縄の「島豆腐」はウチナーンチュに愛され続け、近年でも豆腐の消費量と消費支出額はともに全国1位(2020年)を誇っています

 

「島豆腐」に襲いかかる第二の黒船―HACCP(ハサップ)

昭和から平成と「食品衛生法適用」の危機を乗り越えて、約50年にわたって「あちこーこー」というウチナーンチュの食文化として守られてきた「島豆腐」が、令和になった現在、新たな危機に直面しています

食品の製造・流通のグローバル化を受け、2018年6月に可決した改正食品衛生法によって、日本でも2020年6月1日より「HACCP導入の義務化」が始まり、一年の猶予期間を経て、2021年6月1日から、原則として全ての食品等関連事業者に国際的な衛生管理基準であるHACCPに沿った対応が完全義務化され、沖縄の「島豆腐」も例外ではあり得ず、「HACCPの制度化」により、「安全性が保てるうちに販売」する具体的な方法について検査等の科学的なデータによって定めなければならなくなりました。

HACCPとは、アメリカのアポロ計画の中で宇宙食の安全性を確保するために発案された衛生管理手法であり、その後、食品業界に評価されたことをきっかけに、次第に世界に広がり、いまでは衛生管理の国際的な手法と位置づけられています。

HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)とは、食品等事業者自らが食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る全工程の中で、それらの危害要因を除去又は低減させるために特に重要な工程を管理し、製品の安全性を確保しようとする衛生管理の手法です。この手法は 国連の国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である食品規格 (コーデックス) 委員会から発表され,各国にその採用を推奨している国際的に認められたものです。

(厚生労働省HPより)

 

「島豆腐」については、農林水産省の支援を受けて「温かい状態で販売する島豆腐小規模製造事業者におけるHACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」(以下、「手引書」)が作成されて、「島豆腐は55℃未満になってから3時間以内に『①消費する』、または『②速やかに冷却し冷蔵で保存する』ことにより、病原性微生物(島豆腐の場合はセレウス菌)の増殖を抑えて食品の安全性を確保すること」が新たな基準として定められました。

この基準は、豆腐事業者にとって事実上の販売時間の短縮を強いるものとして機能し、事業者が「3時間」の枠に縛られず販売するためには、機械で55℃以上を保つか、繁殖が抑えられる10℃以下の冷蔵保存のいずれかの対応が必要となりますが、対応が難しい島豆腐事業者が廃業したり、生産量が減少したりした影響で、小売店に並ぶ「あちこーこー豆腐」の数は大幅に減少しています。

ウチナーンチュの間での「島豆腐」の根強い人気の一方、食文化の多様化で「冷たい豆腐」を好む層の増加、原料の大豆価格の高騰にも苦しむ中で、沖縄県内の豆腐業界が直面する厳しい状況にHACCPが追い打ちをかけることになり、沖縄県豆腐油揚商工組合によると、2020年に61人だった組合員数が廃業などで、2023年には約40人に減少しています

沖縄の豆腐業界がHACCPに沿った新基準に翻弄される中、2023年4月26日に厚生労働省が、安全性を保証する科学的知見を条件に、衛生基準を定めた小規模事業者向けの「手引書」の改訂を認める方針を示しました。豆腐業界からは「手引書」の見直しで基準が緩和されて「島豆腐」の流通が回復することを期待する声が上がっていますが、厚生労働省は「安全性を保証する科学的知見」を「手引書」改訂を認める条件として掲げており、現在の沖縄の豆腐業界の苦境を打破するような改訂が実現するかどうかは未だ不透明であると言わざるを得ません。

 

「スタンダード(基準・標準)」なルールが破壊する地域の食文化

以上、概観してきたように、沖縄の伝統的な食材「島豆腐」は、本土復帰に伴い食品衛生法という日本全国に共通する「スタンダード(基準・標準)」なルールを適用されることで「島豆腐」は「あちこーこー」の状態で食べるという沖縄の食文化が存続の危機に晒されることになり、当時は沖縄県内の豆腐事業者を中心とする関係者の努力で特例を勝ち取って危機を克服することができましたが、いままた新たにHACCPという衛生管理の国際的な「スタンダード」なルールを適用されることによって再び存続の危機に直面しています。

日本全国に共通する、もしくは国際的な「スタンダード」なルールの適用によって存続の危機に陥った食文化は、何も「島豆腐」に限ったことではありません

同じ沖縄でよく知られている事例として「沖縄そば」のケースを挙げることができます。

沖縄生麵協同組合のホームページでは、「沖縄そばの歴史と沖縄そばの日」について、下記のように解説しており、少し長いですが引用します。

本土復帰をして四年目を迎えた1976年、設立されたばかりの「沖縄生麺協同組合」に対し公正取引委員会からあるクレームがついた。

その内容は、「沖縄そばは、蕎麦粉をまったく使用していないため、『そば』と表示してはならない」というものだった。「生めん類の表示に関する公正規約」に基づくと、「そば」という名称を表示するには、原料の蕎麦粉を三割以上使用していることが条件なのだ。

そうなると、県民に長く親しまれてきた「沖縄そば」が「沖縄風中華麺」と呼ばなくてはならなくなる。そこで、「沖縄の食文化を変えてはならない」と立ち上がったのが沖縄生麺協同組合の当時の理事長土肥健一氏らだった。

まずは、沖縄総合事務局内の公正取引室に折衝に出向くがらちがあかず、直接東京の本庁へ足を運ぶ。雪が降る日も足繁く通い、数か月にわたる折衝を続ける。その甲斐があって、1977年、条件付きだが晴れて沖縄そばの名称が認可された。

しかしこれには、「沖縄県内だけに限る」という制約がついていたため、同組合は更なる折衝を続ける。この交渉は、公正取引委員会から全国めん類公正取引協議会へ移され、その中で特殊名称として「本場沖縄そば」を登録してはどうかという名案が生まれる。その結果、1978年10月17日、「生めん類の表示に関する公正競争規約」別名での名産・特産・本場等の表示で、ついに「本場沖縄そば」として認証された。さぬき名産うどんや本場出雲そばなどについで、七番目に認可を受けた。

沖縄生麺協同組合としてその日を記念し1997年から毎年10月17日を「沖縄そばの日」と制定しました。

「本場沖縄そば」は原料や熟成、めんの太さにいたるまで、12の定義がある。どれか一つでもかけていると、そう表示してはいけないのだ。その後1987年4月5日、本土移出の正式認可を受け、本土市場への本格的な参入が始まった。普段何気なく呼んでいる名称は、実はこうしたそばに携わる人々の努力の上に成り立っている。

また、「スタンダード」なルールの適用によって地域の食文化が危機に瀕しているケースは、沖縄だけに限りません。秋田県名物の伝統的漬物「いぶりがっこ」が存続の危機に晒されています。「いぶりがっこ」は、燻した(いぶり)漬物(がっこ)のことであり、世界でも類を見ない特殊な製法で、近年では発酵食品として人気が高まっています。

「いぶりがっこ」を含む漬物類の食品衛生管理について、2012年8月に起きた腸管出血性大腸菌O157による食中毒事件(札幌市のメーカー(廃業)が作ったハクサイの浅漬けを食べた女児や高齢者施設の入居者ら8人が死亡)をきっかけに厚生労働省は2013年に漬物製造業の製造規範(ガイドライン)を全面改定し、2018年6月には漬物類の製造販売を許可制にするなど法改正が進められてきました。更に前述の2021年6月1日に施行された改正食品衛生法によって漬物などにHACCPに適合した衛生管理が義務づけられ、中小事業者などへの経過措置期間が過ぎる2024年6月からは保健所の営業許可が必要となるため、全国の数多くの漬物業者らに波紋が広がっています(「漬物クライシスに自治体動く 改正食品衛生法の猶予期限」『日本経済新聞』2023年2月26日)。

改正食品衛生法による許可条件としては、漬物専用の加工場を設けることと定められ、自宅の台所や物置など漬物以外の食品や道具がある場所では作れなくなると言われています。秋田県横手市の食農推進課は「わたしたちは地域を代表する食文化を支えてきた、いぶりがっこ農家を守っていく方針です。県、保健所と連携して法改正周知のための説明会を開催するほか、改修に必要な費用の補助も検討しています」「『いぶりがっこ』をつくっている農家はご高齢の方が多く、加工所にお金をかけても回収できないなどの問題があります。しかし、途絶えさせてはいけない日本の食の文化遺産として、今後、横手市が農家との橋渡し役として取り組んでいきます」と語っていますが(「秋田の伝統的漬け物『いぶりがっこ』が存続の危機」『丸ごと小泉武夫マガジン』2021年12月22日)、前述の『日本経済新聞』の記事では「2021年夏に秋田県が行った調査で(いぶりがっこ)生産農家の35%が事業継続の意思がないと答えた」ことを伝えています。秋田県の伝統的な食文化である「いぶりがっこ」がかなり深刻な存続の危機に直面しており、沖縄の「島豆腐」や秋田の「いぶりがっこ」が、この危機を乗り越えることを願ってやみません

 

「食の安全の確保」と「伝統的な食文化」の両立を目指して

寡聞にして知らないのですが、沖縄県の「島豆腐」や秋田県の「いぶりがっこ」のケースから推測するに、日本全国には、改正食品衛生法やHACCPといった「スタンダード」なルールの適用によって存続の危機に陥っている伝統的な食文化の事例が他にもあるであろうことは想像に難くありません

食品衛生法やHACCPに限らず、「『スタンダード』なルールだから」という理由だけで、地域の社会経済や伝統的な食文化を含む歴史といった、それぞれの地域が有する個別の事情に考慮することなく一律に適用して、地域の産業や伝統的な食文化そのものを衰退させてしまうということは本末転倒であると言わざるを得ないでしょう。しかしながら、「人体に危害が起きる可能性を限りなく減らして、人々の健康と安全を守る」という食品衛生法の適用やHACCP導入の目的そのものを否定することはできません。

私たちが目指すべきは、外から与えられた「スタンダード」なルールを杓子定規に解釈して盲目的に従うことではなく、また、「伝統な食文化」だからといって現状の姿に固執して「食の安全性」を目指すルールを無視することでも否定することでもありません。両者の間でバランスを取り、「人々の健康と安全を守る」というルールの目的を目指しつつ、必要であればルールの改変をもしながら、地域の「伝統的な食文化」を守る途を模索することであるはずです。

「伝統的な食文化」とは、その生産から最終的な消費に至る過程の中に「人々の健康と安全を守る」知恵が組み込まれているものだと思います。そのような「知恵」がなければ、その「食文化」そのものが地域社会の長い歴史の中で生き残ることができずに淘汰されてしまったに違いありません

恐らく、「伝統的な食文化」に組み込まれた「知恵」の中には、HACCPのような「スタンダード」なルールが求める言語化や数値化が困難な「暗黙知」のようなものが含まれていると考えられます。地域の「伝統的な食文化」を守るために私たちに求められているのは、その「伝統的な食文化」そのものに組み込まれた言語化が困難な「知恵」と「スタンダード」なルールが求める言語化や数値化、科学的知見の裏付けといった要望とをすり合わせていくことなのではないでしょうか。

私たちにとって非常に困難な課題であることは間違いありませんが、決して不可能なことではないと信じています。

(藤原昌樹)

 

・資料:「島豆腐と世替わり 復帰51年のおきなわ」『琉球新報』2023年5月13日・14日

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1709285.html

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1709789.html

・資料:「オンライン食品衛生ラボ」

https://online-fhlabo.com/haccp/1277/

・資料:「豆腐の規格基準の改正について」

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000062019_3.pdf

・資料:「都道府県別の豆腐の消費量ランキング」(2020年)

https://47todofuken-ranking.com/tohu/

・資料:厚生労働省「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化について」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/haccp/index.html

・資料:「温かい状態で販売する 島豆腐小規模製造事業者におけるHACCPの考え方を取り入れた 衛生管理のための手引書」

https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000768106.pdf

・資料「あちこーこー豆腐、存続に光 厚労省が手引書の改訂を容認へ 安全性保障が条件」『琉球新報』2023年4月27日

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1701314.html

・資料:沖縄生麵協同組合「沖縄そばの歴史と沖縄そばの日」

https://oki-soba.jp/history/

・資料:沖縄県公文書館「1987年10月17日『沖縄そばの日』の由来」

https://www.archives.pref.okinawa.jp/news/that_day/4923

・資料:「秋田の伝統的漬け物『いぶりがっこ』が存続の危機」『丸ごと小泉武夫マガジン』2021年12月22日

https://koizumipress.com/archives/28248

・資料:「漬物クライシスに自治体動く 改正食品衛生法の猶予期限」『日本経済新聞』2023年2月26日

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC173AW0X10C23A2000000/

・参考文献

 宮里千里『シマ豆腐紀行-遥かなる〈おきなわ豆腐〉ロード』ボーダーインク、2007年

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%9E%E8%B1%86%E8%85%90%E7%B4%80%E8%A1%8C%E2%80%95%E9%81%A5%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%80%88%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%82%8F%E8%B1%86%E8%85%90%E3%80%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89-%E5%AE%AE%E9%87%8C-%E5%8D%83%E9%87%8C/dp/4899821271/ref=sr_1_1?crid=H36L9EHGKUDV&keywords=%E3%82%B7%E3%83%9E%E8%B1%86%E8%85%90%E7%B4%80%E8%A1%8C&qid=1684660279&sprefix=%E3%82%B7%E3%83%9E%E8%B1%86%E8%85%90%2Caps%2C233&sr=8-1

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コメント

  1. ヒガノリト より:

    ごーやーをゴーヤと言うくらいなら、ニガウリと言ってほしい。
    やまとぅんちゅの心に染まり切っていればもう違和感花でしょうが。
    ちむぐくるぬ大和ー化や、うすまさやっけーやいびーん。

    • 藤原昌樹 より:

      ご指摘ありがとうございます。

      「ゴーヤーチャンプルー」もしくは「ごーやーちゃんぷるー」とすべきところが、私の入力ミスで「ゴーヤチャンプルー」となってしまったようです。

      「やまとぅんちゅの心に染まり切って…」「ちむぐくるぬ大和―化や、うすまさやっけーやいびーん」とは、私に対する「心が日本人に染まってしまい、日本人化してしまうことは、非常にやっかいなことだ」というご批判だと受けとめてよろしいでしょうか。

      ご批判は私の不徳の致すところですが、私は、私自身について「日本人に染まってしまった」とも「ウチナーンチュの心を失ってしまった」とも思っておりません。私の心には「ウチナーンチュの心と日本人としての心情」がともに存在していると思っております。

      私は、沖縄で生まれ育ち、高校卒業後に大学進学のために東京に行くまでは沖縄で生活し、大学院を卒業後に沖縄に帰ってから20数年が経ったところです。

      別のところで書いたこともあるのですが、「藤原」という名字であるために、これまでにも「ナイチャー(沖縄出身以外の日本人)」と誤解されることが度々ありました。
      いまでもよく誤解されるのですが、両親も沖縄出身(父が宮古島の城辺、母は沖縄本島の那覇の出身)なので、いわゆる「シマナイチャー(内地から移り住んできて沖縄に住んでいる人)」でもなく、私は自分自身のアイデンティティーについて「ウチナーンチュであると同時に日本人である」と認識しています。

      私自身のことに限らず、ある個人のアイデンティティーは多層性の構造を持ち、かつ、多面的なものであると考えています。

      「沖縄」の問題について論ずる際に、「日本」対「沖縄」というような「対立の構図」を前提に論じられることが多いと感じています。
      もちろん、論ずる内容によっては「対立の構図」で捉えることが必要な場合もあるかと思いますが、「対立の構図」ばかりで「沖縄」の問題を論ずることは「差別」の要因にもなりかねず、あまり良くないことだと思っております。

      「ウチナーンチュ」のアイデンティティーの問題は重要かつ難しいテーマだと思っているので、いずれきちんと論ずる機会をもちたいと考えております。

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