【平坂純一】祝・藤井聡太の名人位獲得と「有機的ゲーム」について

平坂純一

平坂純一 (雑文家)

 この頃は動画作成にお熱で、藤井先生とバーチャファイターのレジェンドプレーヤー甲府めがねさんと遊んでいました。藤井先生も大変喜ばれて、格闘技全般の話やご自身のマーシャルアーツ体験も語ってもらいました。まだご覧になっていない方はぜひご視聴ください。藤井先生が実地で水平チョップを指導しています(笑)。

【JAPON ETRANGER】003藤井聡vs甲府めがねvs平坂純一 【奇妙な日本】
https://youtu.be/FHLRhxuDbnU

 私のような品のいい人間は将棋が好きで(笑)、先日の藤井聡太七冠の誕生には胸打つものがありました。一つ腹が立ったのは、某局の羽生善治さんに対する取材で、どうも将棋界を分かっていない記者のようでした。「羽生さんは藤井さんに追いつかれた」を連呼するのです。7冠のタイトル全てで規定の防衛回数をクリアして「永世」の称号(引退後に名乗ることができる)を保持する羽生さんにとても無礼な問いかけで腹が立ちました。藤井さんも「名人に相応しい人間になりたい」と言っており、そもそも「時間と人」を理解していないマスコミには辟易します。

 ところで、かの藤井青年の将棋は王道をひたすら追及するスタイルのようです。佇まいはエレガントで、棒銀の美学を追求する加藤一二三さんや、剛直に自己流を通す佐藤康光さん、妙手を探る羽生善治さんとは違う魅力があります。相手のやりたい技の範囲を狭めて、いつの間にか自分のペースにする棋風ですから、「負けない勝ち方」に思えます。事実、勝率も八割越えとのこと。「本当に凄い」以上の感想がありません。

 上記の動画にもその議論があって、流動的に絡み合う格闘技において、相手の技を封じつつ、自分のやりたい技をかけるタイミングを測る、これは戦いの常であるようです。守りはある程度、計算で対応できますが、攻めはある種の「運ゲーム」です。そうであるなら、守りの連携を整えて、まずは理性で煮詰め切るのが得策で、急に天才みたいな技を繰り出そうとするのは無駄なことです。

上記動画より、水平チョップを指導する藤井先生

 将棋という有限的な情報を互いに公開する知的遊戯もまた、全体の有機性を保つ必要がありますね。居飛車or振り飛車で攻撃の「拠点」を選び、守備の陣形である「囲い」を選ぶ。また、自陣に敵襲を食らう隙間や遊び駒を作らないこと、駒同士の連結を維持すること、全体が一つの生き物のように機能する有機性を要します。単に、王手をかければ良いわけではありません。駆け引きというやつです。持ち駒をいつどこで使うか?もある。

 そういえば、故・西部邁先生に初めて酒場で膝を詰めてお話しさせてもらったのは将棋とサッカーの類似性についてでした。日曜日のNHK杯を見るのがお好きな西部先生に、サッカーをわかりやすく論じたら喜ばれました。あの時は、本田圭佑が活躍した2010年でした。サッカーも布陣という形がなければ子供の球蹴りであり、岡田監督は知性がある。だけども、日本人はスポーツではお祭り騒ぎだが、政治では民主党政権で酷い目にあっていて、一体何がしたいんだ!という話をさせてもらいましたら、喜んでおられました。

 サッカーやラグビーもまた上空から見れば、相撲取りがマワシを取り合って組んでいるように見えます。これで思い出すのが、奇襲戦に固執して自滅した先の対戦よりも、持久戦で相手の疲弊によるミスを待つ第一次大戦の青島攻めの方が本質的には有効という本ですが(「未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命」 (新潮選書) 片山杜秀 )、それはまた別の話。

 そこで話を最初に戻すと考える必要があるのが「時間」で、人と空間の有限性に対しての時間軸を持ったルールがないと、ゲームは成立し得ません。将棋も持ち時間が、格闘もラウンドがありますね。そして藤井聡太さんも是非、今後の「時代」で勝ち続けて得るであろう風格と知性を得た次世代の天才として、我ら文化系を引っ張って欲しいのです。

 余談ですが、タイトルを得るたびにスポーツ新聞に載る「藤井聡太さんの小学校の卒業アルバム」というのがあって、本人はお嫌でしょうが・・「名人をこえる(原文ママ)」という可愛い文言を将棋ファンは10回くらい見ています。その夢を二十歳という間もない時間で(!)叶えんとしている男には拍手しかありません。ただ、そのアルバムに気になる文言があと二つ。「面白かった本;百田某、沢木某」この辺りはぜひ卒業しておられるのを祈りたいのと、「気になること;電王戦の結果、尖閣しょ島の問題、南海トラフ地しん、名人戦の結果、げん発について(原文ママ)」が目を引きます。これは社会派の兆しがあり?

 
 藤井聡太さん、どこかで表現者クライテリオンをお読みなって頂けたら・・・もちろん「編集長に名前が似ている」とかいうベタが言いたいわけではありません。技術や目の前の情報に固執しせず、本質的で実践的な知による判断でもって「負けない日本」を作らんとする本誌と読者様にとって、たかだがボードゲームや格闘にも勝負事と見定めた上での、行う/観る/考えるの類いは案外と考えるヒントが詰まっていると申し上げたいのです。
 

 


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