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【鳥兜】コスパ・タイパ主義に見る現代の「孤独」

啓文社(編集用)

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いよいよ明日、『表現者クライテリオン』2023年7月号が発売となります!
https://the-criterion.jp/backnumber/109/

表現者クライテリオン2023年7月号 

【特集】進化する”コスパ”至上主義  --タイパ管理された家畜たち

本日は巻頭コラム【鳥兜】をお送りいたします。
コスパ、タイパに執着する心性に現代文明の最も深い精神の危機を読み取る本特集。皆さま是非最新号を手にお取りください!

 


コスパ・タイパ主義に見る現代の「孤独」

  稲田豊史氏の『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)を読んでみて、最初に出てきた感想は、「これが現代の不幸の姿か……」というものだった。とりわけ、その末尾に記された「より快適に生活を送るため」に進化してきたコンテンツ消費の技術史を目にしたとき、私は「近代の毒」を見た思いがした。
 かつては、映画館でしか観られなかった映像は、一九五〇年代以降、テレビの普及によって、次第に家庭のなかで消費されはじめる。そして、「場所的制約」から解放された映像は、さらに一九八〇年代、今度は家庭用ビデオデッキやDVDの普及によって「時間的制約」からも解放されていくことになる。こうして私たちは、その技術的進歩によって、いつでもどこでも好きな作品を、好きなだけ観られるという「自由」を手に入れたのだった。
 だが、人間の「楽をしたい」という欲望は更なるイノベーションを加速していく。二〇〇〇年代後半に始まった各種動画配信サービスによって、「物理的・金銭的制約」を超えて映像を消費しはじめた人々は、二〇一〇年代後半に至っては、ついに、その倍速視聴や一〇秒飛ばし機能によって、作品を「味わう」という面倒からも自由になっていくのである。
 だが、それによって、私たちは何を得たのだろうか。「~からの自由」を加速させていった先で、私たちは何を手に入れたのか。家族や友人と映画館に足を運ぶ代わりに、Netflix を「一人」で楽しみ、オールナイト上映に七時間拘束される代わりに、倍速視聴で歴史的名作の「情報」を手っ取り早く手に入れる。その結果として、私たちは、他者と付き合っていくための「よすが」を失い、ただ一人「孤独」になっていっただけではないのか。
 実際、『映画を早送りで観る人たち』に登場する若者はみな孤独に見える。ただひたすらに「失敗したくない」と念じる彼らは、情報強者として他者に遅れをとらないことへの焦燥や、情報共同体からこぼれ落ちることへの恐怖、あるいは、拠りどころを失ったがために自ら個性的でなければならないという強迫観念に囚われているように見えるのだ。つまり、様々な〈制約=関係〉から解放され、自由になったかに見える現代人は、しかし、自由になればなるほどに、その孤独感を募らせ、その孤独を回避しようとして「情報」を収集し、その「情報」を収集するために、より忙しく、孤独になっているというわけである。
 もちろん、技術の進歩を否定する気はない。が、その進歩による「自由」が、私たちの信頼感を、その道徳心を蝕んでいるものの正体なのだとしたらどうだろう。道徳は抽象的な徳目の列挙では身に附かない。それは、時間をかけて付き合った者との関係、馴染んだ物との関係からしかやってこないのだ。だから、他者と丹念に付き合うということは、その他者の掛け替えのなさを学ぶということであり、さらに、そこに人の信頼や愛情が生まれ、それとの関係を守ろうとする気持ちのなかに道徳心が芽生えてくることを知るということなのである。
 とすれば、「コスパ」「タイパ」を言い募らざるを得ない状況には、現代の若者の「孤独」以上に、その「不道徳」の芽さえもが孕まれていると言うべきではないか。
 物わかりのいい態度で若者に媚びるべきではない。その「情報処理」は、自分自身を不幸にするばかりか、他人をも不幸にするものなのだと、ハッキリとそう言うべきなのである。他者へと踏み込むその面倒な呼びかけだけが、今、「孤独」に対する唯一誠実な応え方であるように思われる。


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