表現者クライテリオン2023年7月号【特集】進化する”コスパ”至上主義 --タイパ管理された家畜たち
より特集記事を一部公開します。
本誌にて全編お読みいただけます。
https://the-criterion.jp/backnumber/109/
時代精神としてのコスパ志向
〜未来が外部性を喪失した時代態〜
◯筆者紹介
土井 隆義(どい・たかよし)
60年山口県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退。大阪大学教養部助手を経て、現在、筑波大学人文社会系教授、筑波大学社会・国際学群長。専攻は社会学。著書に『「宿命」を生きる若者たち』『つながりを煽られる子どもたち』『キャラ化する/される子どもたち』『「個性」を煽られる子どもたち』(以上、岩波ブックレット)、『友だち地獄』(ちくま新書)、『人間失格?』(日本図書センター)、『少年犯罪〈減少〉のパラドクス』(岩波書店)、『〈非行少年〉の消滅』(信山社出版)など。
恋愛はコスパが悪い
「恋愛はいらないし、好きになる女性もいないなあ。だって二年、三年と付き合って別れたりしたら、すごく損じゃないですか。結婚願望はあるから、いずれ婚活はしますけど」。二十九歳男性の発言である(『毎日新聞』二〇一五 年二月四日夕刊)。「以前、つきあっていた彼のために仕事をセーブして尽くしたけど、ダメになったとき手元に何も残らなかった。同棲までした彼とも結局、結婚に至らず。これほど無駄な時間はないと思った」。こちらは三十六歳女性の言葉である(『AERA』二〇一五年六月二十二日)。
男性の「すごく損」という言葉にも、女性の「無駄な時間」という言葉にも、恋愛の過程それ自体には価値を認めず、結婚という結果に至るか否かだけを重視している様子がうかがえる。そのため結婚に至らなかったとき、費やした時間や労力を無駄だと損得勘定で判断してしまう。この点において両者の発言には似た感性が見受けられる。
これらの発言は特異な事例なのだろうか。じつはそうでもないらしい。明治安田生命が実施している「いい夫婦の 日に関するアンケート調査」によると、二〇二二年に結婚したカップルの出会いのきっかけで一位を占めたのはマッチングアプリだった。同調査によれば、じつに五組に一組がマッチングアプリを利用して出会っていた。
もっとも、結婚に際してマッチングを重視するのは今に始まった現象ではない。かつての見合い結婚でも最初は互いに釣書(身上書)を取り交わし、条件を確認し合った後に出会いの場を設けるのが一般的だった。仲人が担っていた その役割がアプリに移行しただけと考えれば、それもまた出会いの機会を増やす手段の一つとして評価できる。
しかし、結婚した人たちの出会いのきっかけの一位がマッチングアプリであるという事実は、当初は結婚など意 識せず何となく交際を続けているうちに、結果として結婚に至ったというケースがいまや主流ではなくなってきたことを示している。これは、恋愛の過程には価値を認めず、あくまで結婚のための手段にすぎないとみなす感性の広がりを物語っているのではないだろうか。しかも、その過程 もできるだけ省力化し、手っ取り早く済ませたいという効率主義的な発想が、短時間で多人数と出会えるアプリの活用を後押ししている面もあるのではないだろうか。
互いの人生観や趣味などをよく分かり合ってから出会えるサービスは、効率が良いだけでなく安心でもある。マッチングアプリを活用する人たちはそう言う。相手選びで外れを引くリスクを下げられるからである。この感覚は、出会いにかける労力と時間をコストと考えている点で、コスパ志向の表われの一つといえる。換言すれば、一般の恋愛はコスパが悪いと認識しているということである。では、このような志向の広がりは何を意味しているのだろうか。
価値を喪失した時間
今日、コスパ志向が強まっているのは恋愛だけではない。日常の様々な場面において、コスパ重視の傾向は強まっている。もちろん商品やサービスを購入する際にコスパを気にするのは当然だろう。しかし、それ以外でも、たとえば映像作品を等速で視聴するのは時間のコスパが悪いからと、倍速で視聴を済ませようとする若者の存在も話題になっている。
商品を購入するときの費用や時間を節約したいというのなら、若者以外の世代にも理解可能である。しかし、せっかく入手した商品を消費する時間も節約したいとなると首をかしげてしまう。せっかく手に入れたものはできるだけ時間をかけてゆっくり楽しみたい。そう考えるのがこれまでの常識だったからである。
一般に、楽しい時間は長いほうがよい。しかし、苦しい時間は短いほうがよい。だとすれば、たとえば映像の視聴は、じつは苦しい時間なのだと考えたほうがよいのかもしれない。楽しむために視聴しているのではなく、必要な情報を取り込むためにやむなく視聴しているのだとすれば、なまじ感動して心が揺れたりなどしないほうがよいともいえる。情報処理の効率が悪くなってしまうからである。
倍速視聴とは旬の話題を効率良く仕入れるための手段であり、情報過多の時代を生き抜くための技法である。そう考えれば納得もいく。しかし、なぜそこまでして情報を仕入れる必要があるのだろうか。周囲から遅れをとってはいけない。自分だけ外れるのはまずい。平均の枠内に入っていたい。だから失敗はできない。そういった切迫感に苛まれているからではないだろうか。それは単に効率主義の時代だからだけではない。そもそも現代において効率が重視されるのは、じつは終着点がすでに定まっていると感じられる社会だからである。
コスパが重視されるのは、結果がはっきりと定まって見えている場合である。その典型例は工業製品の生産だろう。出荷に至るまでの過程でいかにコストを下げることができるか。これは商品生産の中で洗練されてきた手法である。資本主義においてコスパの追求は良きことであり、そうしないと市場競争に生き残ることができないから、至上命令ですらあるといえる。
他方、目標がまだ見えておらず、途中のなりゆき次第で異なってくるような場合には、コスパが良いか悪いかを判断しようがない。終着点が定まっているからこそ、そこへ至るための最短距離が問われるのであって、たとえば散歩をする時などのように、そもそも目的地がないか、あるいはまだ定まっていない場合は、いま歩んでいる過程それ自体の楽しさや意義が重視されることになる。
恋愛のコスパを気にする若者たちも事情は同じだろう。コスパが重視されるのはすでに終着点が定まっており、そこに至るまでの時間が苦しいとまではいわないまでも、それ自体にはあまり意味がないと考えているからである。恋愛とは、もっといえば人生とは、先行きの見えないもの。そういう見方はもはや時代遅れとなっている。「ここではないどこか」へ歩みを進め、「ここにはないもの」を獲得すること。それこそが人生の営みである。私たちはそう考えてきたが、いまやその前提が崩れ始めているのである。
平坦な社会の時間軸
しばらく前から、自分の感性や好みによってではなく、身体的特徴の診断によってファッション選びをする若者が増えている。その需要増を狙った診断サービスも巨大市場を築きつつある。当初は、髪や肌、瞳の色などから自分に似合う色を判断してもらうパーソナルカラー診断が主流だったが、近年は、身体の輪郭、腰の位置、顔付きといった身体上の構造から自分に似合う服装を判断してもらう骨格診断が盛んになっている。
あれでもないこれでもないと試行錯誤しながら、商品を選ぶ過程やその時間を楽しむのではなく、診断の結果に従って買うべき商品を決めてもらう。その後は目的の商品棚へ直進すればよい。選択に時間をかけるのは無駄なことだから、店舗を歩き回って探すより、通販で検索したほうが効率もよいかもしれない。だとしたら、これもまたコスパ志向の表われといえるだろう。ここでゴールに鎮座しているのは自らの骨格への適性である。
ファッションは、自分の個性を示すもっとも手っ取り早い手段である。しかし、感性や好みは気分で変わる。体型もダイエットや加齢で変わる。そんなものでは、おそらく個性の根拠として心許ないのだろう。それに対して、生まれもった骨格ならそう簡単には変わらない。だから「私らしさ」の揺るぎない基盤と感じられる。ここで重視されているのは、社会経験で培ったセンスではなく、生来的に備わった特性である。「生まれ」の不変性こそが自分の個性の基盤となっている。骨格診断とは、その適性に最短距離で近づくためのサービスである。
(本誌に続く・・・)
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続きでは、成長がなくなり先が見通せるようになってしまった社会状況と、コスパ志向の陥穽へと議論が進みます。
ぜひ本誌でお読みください。
『表現者クライテリオン2023年7月号【特集】進化する”コスパ”至上主義 --タイパ管理された家畜たち』より
https://the-criterion.jp/backnumber/109/
コスパ、タイパに執着する心性に現代文明の最も深い精神の危機を読み取る本特集。
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