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【橋本由美】『カッサンドラの日記』5 国のために戦いますか

橋本 由美

橋本 由美

 もし戦争が起こったら、自国のために戦いますか?

 2017~2020年に実施された『第7回世界価値観調査』にこんな設問があった。

 9割以上の国民が「はい」と答えたヨルダンを筆頭に、7割以上が約半数、殆どの国で6割以上の国民が「はい」と答えている。4割を切るのはごく少数で、その中でも著しく「はい」の回答率が低かったのが日本である。「はい」と回答したのは、わずか13.2パーセントで、調査対象国の中で最低だった。次に低かった国でも3割を超えている。約9割に近い日本人には「国家」という価値観が存在しなくなったということだろう。寧ろ、忌むべきもの、そのために戦うのは「悪」だという風潮すらある。

 だからと言って、日本人が日本を嫌いなわけではなさそうである。和食や観光地が外国人に人気があると言われると有頂天になるし、スポーツの国際試合では「ニッポン、ニッポン」のコールが響き、「オータニショウヘイ」や「ハニュウユズル」の活躍が「日本人の誇り」だと言う。こんなに「大好き」な日本なのに、国を守るために戦うのは嫌だという。どうも、「国家」と「日本」は別物らしい。

 江藤淳の『閉ざされた言語空間』によって「War Guilt Information Program」が広く知られるようになったのは1980年代であるが、それまでの40年近くで、既に「自己破壊による新しいタブー」は日本中に増殖してしまっていた「国家」もそのタブーである。

 アメリカが他国に介入して、コントロールし易い政権を作ろうとするのは毎度のことであるが、介入される国には大抵何らかの火種がある。多くは民族同士の争いや宗教の対立で、しばしばこの両者は結びついている。対立感情が燻っている国の政権がアメリカの利益にとって都合が悪ければ、反政権側に「人道支援」や「武器供与」を行い、燻っている火種を煽って一気に分断を拡大させる。殆どの場合、初めのうちは友好的にNGOの「人道支援」を行い、危機感を持った政権が反体制グループを弾圧するようになれば、武器供与が始まって、「独裁者から民主主義を守るため」にスーパーマンが登場する。この手法は、世界中で使われ、一連のカラー革命やウクライナのマイダン革命も同様である。

 現代のクラーク・ケントが所属するデイリー・プラネット社はNED(National Endowment for Democracy 全米民主主義基金・1983年設立)で、世界中のNGOや人権団体を支援している。NEDは他国の民主化運動を支援する「正義の味方」の組織で、地球上のどこにでもスーパーマンが飛んで来る。国内での対立が激化して武力闘争となり、大抵はうまくいかず、最後にスーパーマンが去るころには国はめちゃくちゃにされている。いいことなんてひとつもない。しかし、親米政権樹立が失敗しても、その間にアメリカの軍需産業は、しっかり、ひと稼ぎしている。(遠藤誉女史が、HP上に公開されたNEDの会計報告を詳細に調査して、その活動歴を明らかにしている。NEDは第二のCIAと呼ばれ、朝鮮戦争以降の殆どの世界の紛争をアメリカが引き起こしてきたという。『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』2023年7月刊、ビジネス社)

 中国やロシアやグローバルサウス、特に中東や上海協力機構の国々はこのことをしっかり認識して警戒している。それでも、懲りずにスーパーマンが登場するのは、日本という「成功体験」があるからに違いない。岸田首相のアメリカへの追従ぶりや、メディアの報道姿勢を見れば、日本では未だにアメリカのコントロールが絶好調で機能しているのがよくわかる。

 第二次大戦が終わってGHQが日本を占領したとき、日本人の間に深刻な対立はなかった。根深い民族対立や宗教対立がない国を、どうやって分断するか。GHQが知恵を絞って考え出したのが、「国家」と「国民(市民でも民衆でもいい)」の分断ではなかったのか。「戦火に苦しんだ国民は、被害者だ」「戦争という犯罪を行ったのは国家であり、民衆ではない」「国家に騙された民衆は犠牲者だ」。要は、「君たちは悪くない。悪いのは国家だ」「国家なんか信じてはいけない」というわけだ。自虐意識を植え付けられたとき、「君たちは被害者だ」と言われれば気が軽くなる。そう、国民は被害者だったかもしれない。大国に追い詰められた小国の国民は被害者だ。大国としては、民衆の攻撃対象になる別の加害者が必要だ。——君たちの敵は国家だ。 「君たちは悪くない」—なんという甘い口説き文句だろう。

 7年近い占領軍の支配が終わっても、「僕たちは被害者だ」は増殖し続けた。一方で左翼運動も激しくなり、「国のために戦いますか」と聞かれても、「国家」の否定的なイメージが「はい」と言わせない。平和主義という抽象的で美しいことばによって、国家が「命を賭けて守るもの」ではなくなった。このとき、「国家」と「日本」の乖離が始まったのではないか。国家は「僕たち日本人」を支配する「悪」になった。もし、『世界価値観調査』の設問が「国のために戦いますか?」ではなく、「日本のために戦いますか?」であったら、少しは「はい」の回答率が上がったのではないかという気がする。

 7年という年月は、日本人の記憶を上書きするのに必要な時間だったのだろう。上書きが怖いのは、新しい思想を書き込まれることよりも、記憶を消されることだ。消されてしまった記憶は蘇らない。記憶の連続性を断たなければ、アメリカの不安はなくならない。それは歴史や精神性という目に見えない国家の土台だからだ。徹底的に記憶を洗浄しなくては枕を高くして眠れないほど、日本軍は強かったのだろう。戦場では、チビでガリガリの癖に果敢に突進して来る日本の兵隊に、アメリカ兵は恐怖で震え上がったという。その怖~い日本人をここまでコントロールできたアメリカは、自信を持っただろう。この手口は使えると確信しただろう。世界中で、せっせと新しい分断工作を仕掛けている。アメリカを増長させて、尚、覚醒しない日本は、なんと罪深いことか……。

 覚醒しない間に世界は大きく変化し、特に中国の台頭で騒々しくなってきた。NATOを脱退したドゴール時代から、フランスにはアメリカが牛耳るNATOに強い抵抗感がある。マクロンは「ヨーロッパは(アメリカよりも)中国が地域の覇権国になる世界の方を、より喜んで受け入れる」そうだ(マクロンの北京訪問の帰途、機内に同乗したアメリカのニュースメディア「ポリティコ」の記事)。 中国の覇権が「アジア地域に限定される限り」、そのほうがヨーロッパにとって利益があるということだ。マクロンにとって中国によるアジア地域の覇権が望ましいということは、日本が中国の支配下になってもヨーロッパは別に構わないということである。マクロンの独立精神と気概は買うが、そこにはやはりヨーロッパの優越意識がある。パリのバンリュー(Banlieue)地域で暴動が起こるのもそのせいだろう。中国がフランスまで覇権を拡張しようとしたら、マクロンは、それも「喜んで受け入れる」のだろうか。確かなのは、日本が戦争に巻き込まれても、アニメや和食を守るために、日本に援軍を送ろうという国などないということだ。

 覚醒しないのは、メディアも同罪である。アメリカの大本営発表を流し続けるのではなく、国民を覚醒させるのがメディアのお仕事ではないのだろうか?佐藤優によれば、日本のメディアの情報源となっているアメリカの「戦争研究所ISW」の出資者はアメリカの軍需産業で、バイデン政権と利害が一致しているという。「アメリカの正義」の発信源だ。軍需産業にとって、世界の紛争は企業存続のための必要条件である。ウクライナ戦争でわかるように、戦争を始めたのはプーチンだが、長い年月をかけて原因を作ってきたアメリカの責任は重い。戦争に中立な報道などない。

 「一つの中国」を主張する中国は、台湾問題はあくまでも国民党軍と中共軍の争いの続きであり「国内問題」と位置付けている。これは、国交回復に当ってニクソンに呑ませた条件だ。アメリカも日本も自国の利益のために台湾を捨てた。誰もが、現在「国」として機能している台湾の民意は無視した。香港のように武力を使わずにじわじわと台湾を統一できれば、それが中国にとってベストであり、マクロンが望むように中国は東アジアの覇権を握れる。台湾の半導体産業を手に入れ、バシー海峡を支配下に置き、南シナ海も東シナ海もシーレーンの殆どは中国の海になるだろう。

 莫大な経費の掛かる軍事侵攻に中国を引き込んでダメージを与えようとしているのは、中国が狙う「平和的」な台湾併合に危機感を持つアメリカだ。今後のテクノロジーによる覇権を左右する台湾の半導体産業を中国に独占させないためには、おそらくそれしか方法がないのだろう。グローバリズムに夢中になっている間に半導体生産力を失ってしまった自分たちに問題があるとは思っていない。すべてを観察してきた中国は、威嚇は続けながらも台湾問題でアメリカの挑発には乗らないように警戒している。もし、台湾に何かあったら、アメリカがロシアを弱体化させるためにウクライナに戦わせているように、日本は中国を弱体化させるために利用されるだろう。アメリカの最大の関心事は、いつだって自国の大統領選挙で、国際関係もそのために利用する。バイデン政権に御奉公しても、来年の選挙戦が終わったら、状況はどうなっているかわからない。

 台湾有事が「あってもなくても」日本にとっては危機である。なによりも大切なのは、戦争が起こらないようにすることだ。現代兵器の戦場になったら、日本はもう立ち直れないだろう。日本が、言論統制や監視体制や秘密主義が徹底し密告を奨励するような全体主義の中国の覇権に従いたくなければ、国家の土台を取り戻し、自国の在り方を問い直し、独自の生き残り策を考えなければならない。中国の圧力があっても、水と食糧とエネルギーを確保できるような体制を早急に構築しなければならない。武器を執って戦うだけが「国を守る」ことではない。日本人は、「国」とは何かを、まともに考えたことがないような気がする。神代の昔から、当然のようにそこにあったものだと思っている。国家がなければ自由はない。「アメリカによって閉ざされてしまった言語空間」から覚醒できないまま、「中国による閉ざされた言語空間」になってからでは遅い。なんと言っても、今の日本では、自分の国を、命を賭けても守るべきものだと考えているのは、たった「13.2パーセント」なのである。それは、国家や独立について考えたことがないからだろう。

(橋本由美)

[参考資料]

https://institute.dentsu.com/wp-content/uploads/2022/07/【世界価値観調査】Appendix20220727revised.pdf

第7回「世界価値観調査」電通総研・同志社大学より引用。 「戦争になったら自国のために戦うか」という質問に「はい」と答えたのが50%以下の国々。

 


※編集部より

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