本日は6月14日発売、『表現者クライテリオン2024年7月号 [特集]自民党は保守政党なのか?』より、特集対談「食料・農業・農村を犠牲にして 我が身を守るのは保守ではない」から一部をお送りいたします。
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基本法改定案はどこを向いているのか。
食料安全保障を蔑ろにし、
地域コミュニティを壊すのが保守なのか。
保守とは、日本人が古来から大事にしてきた相互扶助的な共同体の力によって命の源たる食料を守り、地域コミュニティや伝統文化、資源・環境、国土・国境を守り、いざという時に国民の命を守ることではないか。不測の事態に国民の命を守るのを「国防」と言うならば、農業・農村を守ることこそが一番の国防である。今、それが蔑ろにされている。
今の政治は、それを破壊し、外国におもねり、一部のグローバル企業の儲けを手助けし、自身の地位にしがみつくことばかりが目立つ。「外に媚び、内を脅かす者は、天下の賊である」と吉田松陰も言ったが、その通りだ。
新自由主義経済学とは、言い換えると、「今だけ、金だけ、自分だけ」の経済学であり、これは日本社会の本来の姿から最もかけ離れた対極だが、未だに、日本の政治は、この流れを強化し続けている。
今、農山漁村の破壊がさらに推し進められ、日本社会の崩壊の足音が高まってきている。
全国の農村を回っていると、高齢化が進み、農業の後継ぎがいない。中心的な担い手もこれ以上は農地を受け入れられないような形で限界が来ている。そして耕作放棄地がどんどん広がっている。農業従事者の平均年齢は六八・七歳。この衝撃的数字は、あと十年もしたら日本の農業の担い手が極端に減少し、農業・農村が崩壊しかねないということを示している。
しかも今のコスト高で、農家はコストを販売価格に転嫁できず赤字に苦しみ、酪農・畜産を中心に廃業が後を絶たず、崩壊のスピードは加速している。私達に残された時間は多くない。一方の国際情勢は、もうお金を出せばいつでも食料が買える時代でなくなっている。
それを受けて二十五年ぶりに食料・農業・農村の「憲法」たる基本法が改定されることになった。基本法の見直しを今やる意義とは、世界的な食料需給情勢の悪化と国内農業の疲弊を踏まえ、国内農業を支援し、種の自給率も含めて食料自給率をしっかり高め、不測の事態にも国民の命を守れるようにしなければいけない。そういうことを宣言するんだと、みな考えた。
しかしながら、基本法の原案には食料の自給率向上という言葉さえ出てきていなかった。与党からの要請を受けて、「食料自給率向上」という文言を加える修正は行われたが、なぜ自給率向上が必要で、そのためにどのような抜本的な政策が必要なのかという内容はまったくないままだ。なぜ、こんなことになるのか。
最近、納得できた。農業・農村の崩壊を前提にしているのだ。農業就業人口が急速に減少し、もうすぐ農家はさらに潰れ、農業・農村は崩壊する。だから、わずかに残る人が「成長産業化」するか、企業などの参入で儲かる人だけ儲ければいいではないかと。みなが潰れないように支える政策を強化すれば事態は変えられるという発想はない。
「食料自給率」や「農村」という概念は希薄だ。「国消国産」のために食料自給率を向上するという考え方もないし、農村コミュニティが維持されることが地域社会、伝統文化、国土・治水も守るといった長期的・総合的視点はない。
だから、食料自給率を軽視する発言が繰り返され、コスト上昇に対応できない現行施策の限界は認めず、国内農業支援は十分で施策強化は必要ないとの認識が示される。そして、効率的かつ安定的な農業経営には「施策を講じる」とする一方、多様な農業者については「配慮する」だけで施策対象にはしない。定年帰農、半農半X、消費者グループなど多様な農業経営体の役割が重要になっている農村現場を
支える意思はない。
一方で「規模拡大によるコストダウン、輸出拡大、スマート農業」が連呼され、加えて、海外農業生産投資、企業の農業参入条件の緩和を進める。誰の利益を考えているのか。このままでは、IT大手企業らが描くような無人農場などが各地にポツリと残ったとしても、農山漁村の大半が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には超過密化した拠点都市で餓死者が続出するような歪な国に突き進みかねない。農業・農村のおかげで国民の命と暮らしが守られていることを今こそ認識しないと手遅れになる。
命や環境を顧みないグローバル企業の目先の自己利益追求が食料・農業危機の底流にあるが、その解決策として提示されているフードテックが、環境への配慮を隠れ蓑に、更に命や環境を蝕んで、次の企業利益追求に邁進していないだろうか。
実は、地球温暖化の一番の主犯は田んぼのメタンガスと牛のゲップだったんだと言い出した。二〇二四年初早々、世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも耳を疑う発言が飛び出した。「アジアのほとんどの地域では未だに水田に水を張る稲作が行われている。水田稲作は温室効果ガス、メタンの発生源だ。メタンはCO2の何倍も有害だ」
(バイエル社CEO)、「農業や漁業は『エコサイド』(生態系や環境を破壊する重大犯罪)とみなすべきだ」(ストップ・エコサイド・インターナショナル代表)。つまり、農業そのものの否定だ。
ややもすると私達は、彼らが環境に優しい農業が大事だねと言っているのかと勘違いしそうになるが、そうじゃない。農業そのものを否定し、潰し、そしてコオロギ食などの昆虫食や人工的な食べ物で儲けようとするのが彼らの目的だということが非常に明らかになってきた。
こうした議論は、「工業化した農漁業や畜産を見直し、環境に優しい農漁業や畜産に立ち返るべきだ」と主張しているのではなく、「農漁業、畜産の営み自体を否定しようとしている」意図が強いことに気づく必要がある。プライベートジェット機を乗り回してダボス入りして温室効果ガス排出を大きく増加させている張本人達が農業を悪者にする欺瞞も指摘されている。
続きは本誌にて…
著者紹介
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)
58年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学教授、東京大学教授を経て、24年から東京大学特任教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、JC総研所長を歴任。国際学会誌Agribusiness編集委員長も兼務。近著に『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』『国民は知らない「食料危機」と「財務省」の不適切な関係』(森永卓郎氏との共著)など。
3年ぶりに関西でシンポジウムを開催!
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