【施 光恒】「質の高い普通の人々」を生み出し続ける国づくりをめざせ!

啓文社(編集用)

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本日は6月14日発売、『表現者クライテリオン2024年7月号 [特集]自民党は保守政党なのか?』より、特集論考『「質の高い普通の人々」を生み出し続ける国づくりをめざせ!』から一部をお送りいたします。

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【施 光恒】「質の高い普通の人々」を生み出し続ける国づくりをめざせ!

 

 保守政党を自認してきた自民党は、すっかり新自由主義グローバリズムの政党となってしまった。
 保守政党は何を目標とすべきなのか。
 日本の場合、それは「質の高い普通の人々」を生み出す国づくりにほかならない。

 

頭でっかちを嫌う保守

 

 保守政党のなすべき役割について論じる前に、まず保守とは何かを確認しておきたい。私は、勤務先の大学の授業で「保守主義」を説明するとき、よく一種の性格診断テストのようなものを示す。

  次のような場面で、あなたはどちらを選びますか?

◎会社の経営者として信頼できるのはどちらのタイプですか?
 「米国の大学院で経営学を専攻し、MBA(経営学修士号)を持っている人」、または「たたき上げで現場で学び、酸いも甘いも噛み分けてきた人」
◎子育てのときに悩んだら、あなたはどうしますか?
 「児童心理学や発達心理学の専門書を読み、勉強する」、または「近所や親戚の子育て経験豊富な年長者の知恵を借りる」

 どちらの問いでも、前者の回答はリベラル(合理主義者、啓蒙主義者)が好みがちであり、後者は保守が好む傾向があるものだ。リベラルは、人間の理性や知性、ならびにそれが生み出すと考えられる「合理的知識」「科学的知識」を重視する場合が多い。
 対照的に、保守は、人間の理性や知性の有限性を強調し、それらが生み出す「合理的知識」もあまり信用しない。人間や社会という複雑なものをそれだけでは捉えられないと考え、頭でっかちを嫌うのだ。むしろ何世代もの人々の長きにわたる生活実践のなかから半ば無意識のうちに育まれてきた伝統や文化、慣習、生活様式のほうを信頼する傾向がある

 

国や社会、そして人々を作り上げているものとは

 

 リベラルと保守の違いをもう少し押さえておきたい。両者の違いは、人間観、ならびに国や社会のでき方をどう捉えるかによく表れる。リベラルは、人間は生まれながらにしてすでに理性や知性を有する存在だとみる。そして、個々の人間が理性や知性を行使して国や社会を作ったとみる。典型的には、ロックやルソーらが展開した社会契約論だ。社会契約論では、国や社会は、個々人の権利や利益を守るという目的のために、人々が結託し、合理的に考えて設計し、樹立したとみなす。権利や利益の保護という目的をうまく果たせないときは、国や社会は、抜本的に改造したり、既存のものを革命によって打倒し、新たに作り直したりすることも可能だと考える。
 他方、保守は、理性や知性が生まれながらに人々にすでに備わっているとはみない。国や社会の伝統や慣習に参加し、それらを学んではじめて形成されると捉える。保守のこの見方は、言語を例に考えるとわかりやすい。人は、生まれた国や地域の言葉を、成長過程で学ぶことを通じて、徐々に物事を明確に認識したり、考えたり、その良し悪しを吟味したりできるようになる。つまり人は、生まれた国や地域の伝統や慣習に参加し、それらを学んでいく過程で理性や知性を育み、一人前になる
 国や社会のでき方に関しても、保守の見方はリベラルと異なる。保守は、国や社会は、人間が理性や知性を用いて合理的に設計したものだとはみない。国や社会とは一種の「有機体」、つまり生き物のようなものだと捉える。無数の先人たちの半ば無意識の様々な営みの積み重ねの結果、長い年月を経て、自生的に生まれてきたものだとみなす。ここで「有機体」とは、言語や慣習、生活様式、あるいはいわゆる「常識」のようなものだ。例えば、日本語は、日本列島で暮らしてきた無数の先人たちの営みのなかから生まれ、長い年月を経て現在のようなかたちになってきた。
 保守は、国や社会の大規模な変革には慎重である。抜本的に改造したり、ゼロから新たに作り直したりすることは不可能だと考える。下手をすると、有機体の生命自体を損なってしまうのではないかと恐れるのである。

 

日本の国柄

 

 世界で最も長い歴史を持つ国の一つである日本は、保守の見方がよく当てはまる。例えば、一橋大学教授で比較法学者の王雲海氏は、日本と中国の秩序のでき方の相違について、次のように説明する(『「権力社会」中国と「文化社会」日本』集英社新書、二〇〇六年)。
 王氏は、日本の安定した秩序の根底にあるのは「文化」だとみる。ここで「文化」とは、何ら高尚な意味を含むものではなく、伝統や慣習、常識などの非法律主義的で非権力なものである。他方、王氏は、中国の秩序を形作っているのは、政治権力そのものだと指摘する。
 王氏によれば、日本は、大陸国家である中国と異なり、民族の移動や侵略がほとんどなく、土地に根差した定住型の社会を長く作り、それが保たれてきたため「文化」に基づく秩序形成が発達したと解釈する。定住型の日本社会では、他者との軋轢を避け、互いに気を配り合い、長期的な信頼を大切にする規範意識が発達した。対照的に中国は、人々の流動性が高く、上記の意味での「文化」が秩序形成力を持たず、政治権力で半ば強引に社会を統合しているとみる。
 王氏の指摘にあるように、日本は、国や社会の成り立ちに関する保守の見方がよく当てはまる国だ。日本の「国のかたち」の根幹は、過去の何世代もの人々の生活の積み重ねから生じてきた「文化」が形作っているとみることができる。

 

普通の人々の質の高さ──ジョージア大使・レジャバ氏の指摘

 

 この点に関連して、駐日ジョージア大使のティムラズ・レジャバ氏が、最近の著書(『日本再発見』星海社新書、二〇二四年)で行っている指摘は興味深い。日本の国のかたち、国力の源泉を改めて認識することができる。
 レジャバ氏が強調するのは、日本の普通の人々のレベルの高さである。例えば、街の清掃員だ。日本を訪れた外国人は「日本は道もトイレも、どこへ行ってもきれいだ」と驚く。これには、一人ひとりの衛生観念の高さもあるが、清掃員の質の高さの表れでもあると指摘する。
 さらにレジャバ氏が驚嘆するのが、日本人の多くが、仕事に関係がない活動にも最大限に力を入れて取り組むという点だ。保育園の保護者会、学校のPTA活動、様々な趣味の活動、街のゴミ出し──。お金にならない事柄であっても、時間をかけて議論し、細かいところまで気を遣い合い、責任感を持ってこなしていく人が非常に多い。
 レジャバ氏は「日本人は『普通の人』が普通でないくらいにすごい。基本的なレベルが高い」と繰り返し、「このことについて、もっと自信をもっていい」と論じる。
 私も同感だ。普通の人々が高い職業倫理や社会的責任感、規律意識、秩序感覚などを持っていることこそ、日本という国のかたちの根本にあるものだし、日本の国力の最大の源泉でもあると思う。
 東日本大震災やコロナ禍のような危機的状況でも、頼りになったのは普通の日本人の意識の高さだった。
 あまり知られていないが、昔から日本の人口当たりの公務員数は世界的にみて非常に少ない。GDPにおける政府支出の割合も、他国と比較すれば日本はかなり小さいほうだ。つまり日本はかなり以前から小さな政府の国なのだ。だが日本の街は清潔に保たれ、各種組織の運営はどの国よりも整然としている。これは、政府の働きではなく、普通の人々の意識の高さによるものだ

 

保守政党が第一にすべきこと

 

 日本の「国のかたち」を成り立たせているのは、多数の普通の人々が有する倫理観や規律意識、秩序感覚といったものだろう。これはもちろん、憲法や法律、制度といったものの役割を否定するものではない。しかし、世界的にみても稀なほど安定的に保たれている日本の秩序を主に支えているのは、王雲海氏の言う「文化」の力、レジャバ氏の指摘する「普通の人々の質の高さ」ではないだろうか。
 そうだとすれば、保守政党が第一になすべきことは

続きは本誌にて…

◯著者紹介

施 光恒(せ てるひさ)

71年福岡市生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。同大学院法学研究科博士課程修了。
現在、九州大学大学院比較社会文化研究院教授 政治哲学・政治理論専攻。
(著書)
 ・『リベラリズムの再生』
 ・『英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる』
 ・『本当に日本人は流されやすいのか』。
(編著)
 ・『ナショナリズムの政治学』
 ・『「知の加工学」事始め』。
(共著)
 ・『「リベラル・ナショナリズム」の再検討』
 ・『成長なき時代に「国家」を構想する』
 ・『現代社会論のキーワード』
 ・『TPP 黒い条約』『まともな日本再生会議』など。


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