「時代の転換点」「不確実性が高まる現代」「激動の時代」……。現代社会を論じるとき、このような言葉がしばしば常套句として使われる。政治家も言論人も、現代をかつてないほど危機的な時代と位置づけ、わかりやすい処方箋を提示して世間の耳目を集めることに余念がない。しかし、いつの時代も危機は存在し、人々はそれに翻弄されながら生きてきたはずだ。危機の時代が今に至るまで続いているということは、我々は先人たちの警鐘に耳を貸さず、危機を克服できなかったということだろう。このような視点から、著者は現代を、失敗が決定的となった「ておくれ」の時代と定義したうえで、経済、国家、芸術、教育といった幅広いトピックを論じる。
注目すべきは、時事的な問題からは距離を置きつつ、逆説的な論理を導く著者の筆致である。日本的美の感覚を表す「わびさび」は、新しさよりも古さ、完全性よりも不完全さに美的価値を見出す観念であり(第一一章)、公文書をはじめとする数々の「偽装」は、真実やオリジナルに価値があることを暗黙の前提としている(第一六章)。
また、一見関連性のなさそうな概念を組み合わせ、「やわらかい」論理によってその共通性、類似性を検討する「トポロジー」(位相幾何学)や「アナロジー」(類推)的視点も本書を特徴づけている。例えば、良心の呵責を感じずに自己利益を最大化できる「サイコパス」的人間が「勝ち組」になりやすい現代資本主義の性質を踏まえ、「経済成長至上主義」と「サイコパス」の親和性が指摘される(第二章)。
著者の柔軟な視点を支えているのが、「あそび」の感覚である。各章のタイトルは「民主とメソドロジー」のように、現代社会のキーワードと「『思考の道筋』を表す”logy”を語尾に持つ英単語」の組み合わせで構成されているが、これも一種の言葉あそびから生まれたアイデアであるという。この「あそび」の感覚が本書全体に通底しているためか、文体も柔らかくユーモラスであり、すでに「ておくれ」となった現代社会を論じているはずなのに、悲壮感は見られない。
「ておくれ」の現代を生きる我々は、ともすれば絶望感や無力感に打ちひしがれる。それでもなお活力をもって軽やかに生きるためには、「あそび」や「ユーモア」の感覚が不可欠だろう。それは決して現実逃避ではなく、どうにもならない現実を直視しても悲観することのない担力のある態度だと言える。こうした態度は、我々が現代社会の「敗者」であることを自覚することで立ち上がる。なぜなら、「ておくれ」となった現代に真の意味での「勝者」はおらず、ありもしない「勝利」を追い求める限り不安に苛まれるからだ。
著者は人類学者の山口昌男の議論を引用しつつ、「敗者」とは近代日本建設の過程で表舞台を去りながらも、「『勝者』とは全く異なる形で社会の担い手」となった柔軟な精神の持ち主たちであると定義する。そうだとすれば、我々は「敗者」としての生き様を堂々と(時にユーモアも交えつつ)示すことができるはずだ。一寸の虫にも五分の魂は宿るのである。
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