詳細に論ずることはできなかったのですが、前回の記事(注1)で「我が国にとって最も効果的な『防衛・安全保障体制』は『専守防衛』と『核保有』という『攻撃的防衛』(但し、予防的先制は否定し、あくまでも報復目的に限定する)の組み合わせである」と考えている旨を明らかにしました。それを契機に、改めて「核の問題」について考えてみたいと思い、『沖縄と核』(注2)と西部邁著『核武装論 当たり前の話をしようではないか』(注3)を読み直してみることにしました。
『沖縄と核』のもとになったのは、2017年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組であり、2015年に米国防総省が「沖縄に核を配備していた事実」を初めて公式に認めて機密を解除し、極秘文書の開示が相次いだことを受けて、1972年の日本復帰までアジアにおける米軍の「核拠点」とされてきた「核の島・沖縄」の実態を描いていました。
米軍統治下の沖縄については、極秘として現在に至るまで機密が解除されずに秘匿されている資料が多く残されている一方で、既に機密が解除されて公開されている公文書も多く、関連書籍も数多く出版されています。
同番組には周知の事実と言えるような内容も含まれていましたが、当事者である沖縄県民も知らずにいた事実も多く取り上げられており、初放映時には視聴した人々に驚きをもって受けとめられて話題となっていたのでご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。
例えば、海兵隊と核との繋がり、当初は日本本土に駐留していた海兵隊が核兵器とともに沖縄に移転して集中的に配備されていく経緯など「核」の存在こそが沖縄への米軍基地集中をもたらす要因になったという事実、那覇市内のミサイル発射基地で発生した核弾頭を搭載したミサイルの誤発射事故、伊江島で発生して島民が犠牲となった“模擬”核爆弾の爆発事故など、沖縄県民が知らないままに「核」の危険に晒されていたという事実、キューバ危機(1962年)の際に臨戦態勢をとる沖縄の核ミサイル基地指令室の緊迫した状況など、冷戦下で東西陣営の緊張が高まるたびに、沖縄が危機的な状況に置かれていたという事実、日米政府間での沖縄の核配備に関する折衝や沖縄返還合意に伴って交わされた「核密約」等について、公開された極秘文書や関係者の証言を元に明らかにしており、冷戦下における「核戦争の最前線」としての沖縄の実態を抉り出しています。
沖縄への核兵器の配備は、1953年にアイゼンハワー大統領が共産主義陣営との冷戦で積極的に核兵器を用いる方針を打ち出したことを契機としています。当時はまだICBМ(大陸間弾道ミサイル)やSLBМ(潜水艦発射弾道ミサイル)が開発されておらず、核兵器を前線基地に配備する必要がありました。そのため、朝鮮戦争や台湾海峡危機といった共産圏との対立を抱えた地域に近く、米軍統治下にある沖縄が「核の拠点」に選ばれ、アジア太平洋地域で最も多い最大約1,300発もの核兵器が配備されることとなったのです。
1969年の佐藤栄作首相とニクソン大統領による沖縄返還合意を受けて、沖縄から全ての核兵器が撤去されることとなりましたが、返還合意と同時に結ばれた「核密約」で、米国政府が「緊急時に核兵器を沖縄に再持ち込みすることと、沖縄を通過させる権利」と「嘉手納、那覇、辺野古の核兵器貯蔵地を何時でも使用できる状態に維持しておき、重大な緊急事態の際に活用することができること」を求め、「核持ち込み」に関する事前協議が行われた場合には、日本国政府が遅滞なくそれに応える旨が合意されています。
沖縄の日本復帰を機に全ての核兵器が撤去されたことになっていますが、「核密約」が結ばれていた事実や米軍が(日本が掲げる)「非核三原則」に従う合理的な理由が何ら存在しないということから、米軍が秘密裏に沖縄の米軍基地に「核兵器を配備し続けているのではないのか」あるいは「核の持ち込みが常態化しているのではないのか」との疑念を払拭することができません。ICBМやSLBМなど長距離核攻撃能力の向上によって、沖縄に核を常設配備する必然性が低下しているということを考慮したとしても、少なくとも後者の「核持ち込みの常態化」については非常に蓋然性が高いと考えざるを得ないのです。
日本外交史や日米関係論の専門家である我部政明氏は、「ICBМやSLBМの開発によって、復帰の時点で沖縄に戦術核を配備する軍事的意味が薄れていた上、発覚した時の政治的なリスクの大きさを考えると、アメリカ軍が今も沖縄に核兵器を常時配備しておくメリットがない」「常時配備の可能性は低いものの、核兵器を搭載した戦略爆撃機が給油や悪天候回避のために、沖縄の基地に着陸するといった『一時立ち寄り』の可能性は否定できない」との見解を示しています(注4)。
西部邁氏は、『核武装論』で「非核三原則」について「『三原則』というのは明らかに偽りで、正しくは『二原則』と名づけるべきでしょう。つまり、『持たず、作らず、持ち込ませず』のうち最後の『持ち込ませず』は嘘話なのだ、と常識ある者ならば承知してきたはずです」「極東米軍が日本に『核』を持ち込まないわけがありません。どこか外国の港か飛行場に原爆をあずけてきてから我が領土に入って来る、そんなポンチ絵めいた振る舞いを極東米軍がしているというのなら、そんなものを頼りにして国防をやっている戦後日本人の愚かしさは途轍もない、という話にもなるでしょう」と論じています(注5)。
NHKの取材に対して、米国防総省は「沖縄における核兵器の有無は回答しない」としていますが、これは「核兵器の所在については肯定も否定もしない」とする米国政府のNCND(Neither Confirm Nor Deny)政策の一環であると理解することが可能です。
前述の我部政明氏は「アメリカは、沖縄だけでなく世界中の国々に核兵器を配備してきたのであり、仮に『沖縄には核兵器が全くない』ということを明確に宣言した場合、他の国からも同じような『非核保証』を求められる可能性がある。『沖縄に核がない』という明確な保証はNCNDに反する事例を作ることになり、アメリカ外交の障害となり、結果的に核抑止力を低下させることにつながりかねない。それ故、沖縄返還にあたっても核撤去については曖昧な表現を貫くことにしたのであろう」と読み解いています(注6)。
その一方で、日本の外務省はNHKの取材や沖縄県からの問い合わせに対して、米軍統治下における米国軍隊の核兵器の配備等については「日本政府として承知していない」とし、沖縄の日本復帰以降については「核密約は現在無効であり、我が国は『非核三原則』を堅持している」「当然のこととして沖縄も『核持ち込みの事前協議』の対象であり、いかなる場合にも核の持ち込みを拒否する」「現時点において沖縄に核兵器が存在していないことについては何ら疑いの余地がない」と回答しています。
しかしながら、「非核三原則」のうちの「持ち込ませず」が全くの嘘話であることは火を見るよりも明らかであり、外務省の回答は説得力がないと言わざるを得ません。
現在、「普天間飛行場の辺野古移設」を巡って、辺野古が普天間飛行場の移設先として多くの問題点を有していることが明らかにされており、軍事基地としての機能も現在の普天間飛行場よりもかなり劣ることが指摘されています。それにもかかわらず、日本政府は、他の選択肢を検討することなく「唯一の解決策」として辺野古に固執し、強引に移設工事を推し進めています。そして、米国側も日本政府による嘘話を否定せずに同調しているのは、辺野古に新たな基地が完成した後も、「返還条件が満たされていない」として普天間飛行場を返還せずに継続利用することを意図しているものと考えられます。
それに加えて、日米両政府が辺野古に固執する理由として、日米間の「核密約」が現在も有効であり、辺野古の核貯蔵施設機能を整備拡張して、より容易に沖縄に「核」を持ち込むことができるようにするためではないのかとの疑念が根強く存在しています。
現在、私たちにその真偽を確かめる術はありません。
そもそも「非核三原則」と同時に「核の傘」を唱えられるはずがないという至極当たり前のことに思い至ったとき、日本の外務省の回答は、米国の「核の傘」に頼りつつも「非核三原則」の看板を下ろすことができない我が国の自己欺瞞の顕れであると看做さざるを得ないのです。
北朝鮮の核保有と実戦配備がもはや時間の問題となり、中国の軍事侵攻による「台湾有事」が現実味を帯びて語られるようになるなど、東アジア情勢が急速に緊迫化してしまっている現在、我が国の「防衛・安全保障体制」を再構築する上で、かつて米軍の「核の拠点」であった沖縄の経験について改めて検証してみることは決して無駄な作業にはならないものと思えます。
2017年のノーベル平和賞は「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」(注7)が受賞しました。2017年7月に国連総会で122か国・地域の賛成多数により採択された「核兵器禁止条約」(注8)の成立に向けての努力が評価されたものです。その後、同条約は2020年10月に発効に必要な50か国の批准に達したことによって2021年1月22日に発効しています。
「核兵器禁止条約」とは、核兵器を「非人道的で違法である」とした史上初の条約であり、核兵器を完全に廃絶することを目指して、核兵器の開発・保有・使用・威嚇・援助など全てを禁止しており、一部の国に核兵器の保有を容認する「核不拡散条約(NPT)」とは大きく異なるアプローチです。
核兵器の全廃と根絶を目的として起草された「核兵器禁止条約」には、当然のことながら、米英仏露中などの核保有国や北大西洋条約機構(NATО)加盟国など約40か国が反対し、参加を見送ることとなりました。NATО加盟国と同様に米国の「核の傘」の下にある日本は、同条約の交渉会議について「核兵器国の出席は一国もなく、『核兵器のない世界』に対して現実に資さないのみならず、核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で逆効果にもなりかねない」「『核兵器のない世界』の実現のためには、核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)等の核兵器国と非核兵器国の双方が参加する枠組みにおいて協力して進めるべきである」との見解を述べて不参加を表明しています。
その一方、日本は被爆国として1994年から毎年国連総会に「核兵器廃絶決議案」を提出し、各国が連帯して「核兵器のない世界」を目指すことを訴え続けています。
直近では2023年12月に核兵器廃絶決議案「核兵器のない世界に向けた共通のロードマップ構築のための取組」を提出して「(ロシアによる)ウクライナの主権及び領土一体性に対する進行中の行動並びに地域的及び国際的な安全保障に影響を及ぼす無責任な核のレトリック(核による威嚇)を含む国際安全保障環境の悪化により、冷戦のピーク以降これまでになく核兵器の脅威が高まっている」ことに懸念を表明し、不透明な形で核戦力を増強する中国などを念頭に「世界の核兵器貯蔵数の減少傾向が反転するリスクが高まっている」と警告し、中国などの核保有国に対して「核兵器数の透明性について非核保有国との意味のある対話」を要請しています(注9)。
日本が提出した決議案に対して、核兵器保有国である米国や英国を含む148か国が賛成、中国やロシア、北朝鮮など7か国が反対、事実上の核保有国であるインドやイスラエルを含む29カ国が棄権し、賛成多数で採択するに至りました。国連総会で日本が提出した核廃絶に向けた決議が採択されるのは30年連続のこととなります。
しかしながら、日本が「核兵器禁止条約」に賛同していないことや「決議案」において同条約に関して条約発効(2021年)や締約国会議開催(2022年)について「認識する」と言及するにとどまったこと、以前の「決議案」の「核兵器の完全な廃絶を達成」を目指すという「明確な約束」を再確認する文言から「(核の使用を禁じている訳ではない)NPTの完全履行」という核兵器使用を完全に禁ずるのではなく容認するとも解釈できる文言への変更を行ったことなどについて、核保有国である米英仏からの支持が得られた半面、裁決で棄権もしくは反対した国のみならず賛成した国からも批判が相次ぎました。
日本が「核兵器禁止条約」に参加しないことについては、これまで唯一の戦争被爆国として「非核三原則」を国是とし、国際社会に対して自ら核兵器を保有しないことを誓約するとともに核兵器廃絶を訴え続け、核不拡散にも積極的に取り組んできたことと矛盾するのではないかとの批判の声が上がっています。
国際社会において、核兵器廃絶を求めながらも「核兵器禁止条約」に参加しない日本の「核政策」の整合性が問われているのです。
(後編は9月13日に配信します)
—————-
(注1) 【藤原昌樹】「理想」と「現実」の狭間を彷徨う「平和学」 -『日本人のための平和論』再考- | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)
(注2) 『沖縄と核』 松岡哲平 | 新潮社 (shinchosha.co.jp)
同書は、NHKスペシャル『スクープドキュメント 沖縄と核』(2017年9月10日初回放送)とBS1スペシャル『沖縄と核』(2017年12月17日初回放送)という2つのドキュメンタリー番組の内容に未放送情報を加えて書籍化したものです。
・核、本土拒否で沖縄に集中 「NHKスペシャル」制作者 今と重なる構造、告発 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・NHKスペシャル、「沖縄と核」を読み解く | Bee Media (bee-media.co.jp)
・『沖縄と核』圧倒的な当事者証言の重み – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)
・沖縄と核、アメリカ統治下の知られざる真実 那覇近郊で核ミサイルが誤発射されていた | 安全保障 | 東洋経済オンライン (toyokeizai.net)
(注3) 西部邁『核武装論 当たり前の話をしようではないか』講談社現代新書、2007年
(注4) 松岡哲平、前掲書。
(注5) 西部邁、前掲書。
(注6) 松岡哲平、前掲書。
(注7) 核兵器廃絶国際キャンペーン – Wikipedia
(注8) 核兵器禁止条約 – Wikipedia
・核兵器禁止条約とは?条約の意義、日本の参加は?ノーベル平和賞受賞団体の運営委員に聞いた。 | ハフポスト NEWS (huffingtonpost.jp)
・核兵器禁止条約 日本の立ち位置は? 来年初めにも発効、識者に聞く:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
(注9) 我が国核兵器廃絶決議案の国連総会本会議での採択|外務省 (mofa.go.jp)
・第78回国連総会 「核兵器のない世界に向けた共通のロードマップ構築のための取組」決議(仮訳)100590799.pdf (mofa.go.jp)
・「核使用の恐れ」に警鐘 国連で廃絶決議、30年連続 – 日本経済新聞 (nikkei.com)
・本記事は、拙稿「『核兵器のない世界』の悪夢と防衛体制の再構築」『表現者』76号(2018年1月号)に大幅な加筆修正を加えたものとなります。
(藤原昌樹)
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