本日は8/16発売の最新号『表現者クライテリオン 9月号 財務省は敵か味方か?』より、巻頭コラム「鳥兜」をお送りいたします。
石破政権はトランプ米国大統領が提示した二五%の相互関税を、各種の米国を利する条件を飲むことを前提に一五%に引き下げることに合意した。国内メディアではこれを概ね好意的に評価しているが、この合意は日本に大きな損害を与えるものであることは間違いない代物だ。
そもそも米国政府が合意後に公表した「ファクトシート」には、「日本は米国の指示の下、米国の基幹産業の再建・拡大に向けて五五〇〇億ドル (約八〇兆円) を投資する」「 (その投資による)利益の九〇%は米国に還元される」と明記されている。その上でラトニック商務長官は、この合意について「それは、日本企業が米で工場を建てるという話とは全然違い、投資内容は全てアメリカが決定し、日本は資金を提供するだけだ」と解説している。日本側はこの点について「日本企業が自身で計画して投資することもあり得る」と説明しているが、仮にそうであったとしても、実に恐ろしい話であることには変わりない。
第一に、日本側がこの八〇兆円をこの合意のためでなくより自由に活用できたなら日本はより大きな利益を得ることができる。なぜならこの合意による投資の内容は「米国の意向」に (一〇〇%か否かはさておき)基づくものだからだ。米国は日本の利益のためでなく米国の利益のために投資する以上、日本が日本のために決定する投資計画より日本への利益が小さくなるのは当然だ。
第二に、この投資事業が首尾良く「成功」したとしても、米国の公表内容通りの運用が図られるなら、もし仮に日本企業が投資しても当該企業の利益は、当該「合意」を盾にした米国側が (粗利の大半を米国内に再投資せよなどの)何らかの圧力等をかけることで十分の一にまで圧縮されるリスクがある。だから当該投資に主体的にかかわる日本企業が限定的となるという事態が危惧される。
第三にもし当該投資が「失敗」に終われば、当然その融資は利益を得るどころか元本すら回収できない事態となる。そしてその投資内容は米国の意向に濃密に (あるいは一〇〇%)依存する以上、「ハイリスク」な投資がこの枠を占めるリスクが高い。なぜなら「ローリスク」な事業については米国の企業・政府は容易く資金を調達でき、この枠を利用する必要がないからだ。かくして八〇兆円の融資の多くが所謂「筋悪事業」に差し向けられ、結果としてその多くの部分が「元本割れ」 (つまり単なる持ち出し) になるリスクが高い。
以上よりこの八〇兆円の日本の巨大マネーは、日本側が自由に投資内容を決定すれば大きな利益を産み出す可能性がある一方、今回の合意のせいでそれができなくなる、しかも八〇兆円の融資の多くにおいて「元本すら回収できない」という事態が生じるリスクも大きい。
したがってこれはもはや「不平等条約」と言う他ない代物なのだ。そして無論、米国側の説明通りであった場合にはその不平等性はさらに拡大することになる。
要は一〇%の関税引き下げのためには高すぎる代償なのだが、日本側が提示した条件はこれだけではない。例えばトランプは、この八〇兆円よりも米国にとってより大きな利益をもたらす合意は日本の市場開放だと発言している。無論ブラフである可能性はあるがそれがブラフか否かを確かめる術はない。なぜなら今回の合意は恐るべき事に文書なき合意、つまり単なる「口約束」に過ぎないからだ。いずれにせよ石破政権のこの合意は結局、消費減税等による国債発行増を前提とする内需対策を忌避した「緊縮財政」の帰結だ。かくして今日本は、緊縮財政という軛を取り払った上でトランプ大統領と関税交渉を再度改めて始めることが可及的速やかに求められているのである。
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皆さまのご参加を、心よりお待ちしております。
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