【巻頭コラム鳥兜】台湾に学ぶ「グレーゾーン行為」の可視化

表現者クライテリオン事務局 (規準社)

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こんにちは。『表現者クライテリオン』事務局です。

本日は、今月発売の最新号、
『表現者クライテリオン 3月号 「中国の限界」は幻か?ーその強さの裏にある“歪み”』より、巻頭コラムの「鳥兜」を公開いたします。


台湾に学ぶ「グレーゾーン行為」の可視化

巻頭コラム:鳥 兜

平時でも有事でもない「グレーゾーン」の脅威。曖昧な事態を司法の力で可視化する台湾の対応に、日本は何を学ぶべきか。

 昨年、中国の船舶科学研究センター(CSSRC)とその傘下の深海有人潜水艇国家重点実験室の研究者が、水深四〇〇〇メートルにまで対応する「海底ケーブル切断装置」を発表した。鋼やポリマーで被覆された光通信ケーブルを物理的に切断可能な機能を持つとされていて、中国側の公式説明では「海洋資源開発や海底作業向け」とされているが、どう考えても軍事目的や準軍事目的に転用可能なもので、周辺国にとっては大きな懸念となる。

 海底ケーブルの切断・損傷自体は、世界中で毎年何百件も起きていて、ほとんどは漁船や貨物船が引き起こす不慮の事故である。しかし中には、中国船による攻撃だと疑われているものが何件もある。

 二〇二五年二月には台湾近海の海底通信ケーブルが攻撃された事件で、台湾当局が中国人乗組員の船舶(船籍は第三国を偽装していたと見られる)を拘束したことが大きく報道された。検察は四月に「故意の損壊」として船長を起訴したとされ、さらに六月には裁判所が懲役三年の実刑判決を言い渡したと報じられている。またつい最近も、台湾・馬祖沖のケーブルが損傷を受ける事件があり、こちらは過失として処理されているが、台湾当局は加害者を処罰(罰金・賠償支払い)のうえ中国へ送還したと発表した。ヨーロッパでも、たとえばバルト海で二〇二四年から二〇二五年にかけて海底ケーブルの損傷が相次ぎ、ロシア船や中国船の関与が疑われている。

 通信技術に関心がない人にはあまり知られていないが、たとえば日本とアメリカの間の通信の九九%は海底ケーブル経由で行われている。太平洋のようなバカでかい海にさえ、長さ八〇〇〇から一万キロメートルに及ぶ光ファイバーなどの物理ケーブルを数十本這わせて、それをインターネットや電話や銀行送金のために使っているのである。我々がユーチューブの動画を見るのも、グーグルで検索するのも、手元のパソコンやスマホから出たリクエスト(要求)が、海を渡ってアメリカのどこかにあるサーバに届き、それに対するレスポンス(応答)がまた海を渡って我々の端末に届くという手順で可能になっている。

 海底ケーブルは同じ区間に何本も敷設されているのが普通であり、インターネットなどの通信はいつも決まった経路を通るわけでもなく、「通れそうな経路をその都度見つけて通信する」仕組みである。そのため、たとえば日米間の通信ケーブルが一本や二本切られたところで、破局的な事態にはならない可能性が高い。

 ただ、通信インフラに対する攻撃というのは、安全保障の用語で「グレーゾーン行為」と呼ばれるものの典型で、非常に「鬱陶しい」タイプの脅威であると言える。事故などとの区別がつかないので戦争だと断定しにくいが、放置すれば確実に実害が積み上がっていく。誰が加害者であるかも、本当に悪意があったのかも立証することは難しく、国際法に基づく報復や制裁を発動することはできない。要するに、一方的な「やられ損」となるわけである。

 台湾当局は単なる抗議や不快感の表明ではなく、司法手続きを取って「故意のインフラ破壊」を可視化した。グレーゾーン行為に対して国家が取り得る対抗手段は多くないが、こうした係争はその一つとなり得る。グレーゾーン行為は、曖昧なまま放置されるほど常態化しやすい。もちろん、この程度の措置で十分な抑止が効くとは思えないが、「単なる事故」で片付けない姿勢を取り続けることには意味があるはずである。


本誌では、このコラムに続く特集や連載を通じて、
現代の中国の本質を浮き彫りにしています。

表現者クライテリオン 最新号
目次(抜粋)

【特集座談会】

  • 中国の「膨張」にどう向き合うべきか?
    藤井 聡 × 柴山桂太 × 浜崎洋介 × 川端祐一郎

【特集論考】

  • 眠れる獅子は永遠に目を覚まさない
    大場一央
  • 間違いだらけの“中国崩壊論” 現実乖離した中国論を正す
    遠藤 誉
  • 「中所得国の罠」を突破できるか 中国の長期衰退について
    髙橋洋一
  • 長期停滞する習近平主席の中国
    近藤大介
  • 限界に来た中国膨張 迫るトランプ政権の圧力
    田村秀男
  • 高市政権への威圧は「前哨戦」か 経済の論理が動かす対日強硬姿勢
    高口康太

【文学座談会】

  • 「中国」とはいかなる国か? 孫文『三民主義』、魯迅『阿Q正伝』を読む
    藤井 聡 × 柴山桂太 × 浜崎洋介 × 川端祐一郎

巻頭言

日本の論壇では長らく「中国崩壊論」が消費されてきた。しかし、かの国はこの間に経済・軍事面で飛躍的な進歩を遂げ、米国一強の世界秩序に楔を打つ存在にまで成長した。欧米の一部では「中華未来主義」なる言葉さえ囁かれ、「権威主義」はリベラル体制の閉塞感を打ち破る甘い誘惑の響きさえ持ち始めている。

一方で、二桁を誇った名目成長率は四%程度にまで下落。国力源泉たる人口は減少に転じ、不動産バブルも崩壊した。若年失業率は二割に迫り、消費も低迷するなど、いよいよ「限界」の兆候を見せ始めているように見える。果たして此度の「中国の限界」論は、現実に即したものなのか。

トランプ復活で国際環境が激変し、日本の自立的外交が問われる今、我々に真に求められるのは、単なる「嫌中」「媚中」や安易な「願望」としての限界論を排し、冷徹な現実を見つめるリアリズムの知性である。

こうした認識の下、本特集では、中国の「強さ」とその背後に潜む経済・社会・地政学・思想・文明的な「限界」の実相を見極めんと、徹底的かつ多面的に論ずることとした。

表現者クライテリオン編集長 藤井 聡

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