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【松林薫】キーワードが映す世相の変化

松林薫

松林薫 (ジャーナリスト・社会情報大学院大学客員教授)

こんにちは。フリージャーナリストの松林です。

前回は新聞の縮刷版で「平成元年」の世相を振り返り、30年前と現在の世相が驚くほど似ているという話をしました。これだけでも「もしかすると時代は一周して元に戻りつつあるのでは」という印象を受けるのですが、実際にそうなのか、この30年の「流れ」を振り返ってみることにしましょう。

今回は縮刷版ではなく、過去記事を収めた「日経テレコン21」というデータベースを利用します。有料なので個人が気軽に使えるものではありませんが、大学生なら学校の図書館などが契約しているケースが多いので調べてみてください。

データベースで世相の移り変わりを知るには、時代を表すキーワードを検索するのが手っ取り早い方法です。例えば「外国人労働者」がどのような文脈で報じられているかを時代ごとに調べていくと、様々な気づきが得られます。

ただ、今回はそのような「文脈」は無視して、キーワードが登場する「頻度」に注目してみましょう。言い換えると、あるキーワードがどれくらい頻繁に使われるかを数値で比較するわけです。

具体的には、データベースの期間を1年に設定し、同じキーワードを暦年で検索していきます。記事の本数(ヒット件数)が表示されるので、その変化を観察するわけです。

ただし、データベースに収録されている記事の本数自体も毎年変化するので、比べるには少し工夫が必要になります。私は句点(。)で検索して、そのヒット件数で割るという方法をとっています。あるキーワードが「記事全体」にどれくらい含まれるのかを調べるわけです。

実際にやってみましょう。平成元年の新語・流行語大賞には「セクシャル・ハラスメント」が入りました。今年は「me too」が話題になったので、これも「一周した」感があるキーワードですね。そこで実際にどうなのか「セクハラ」で検索してみます。

グラフにするとこのようになります。ここではデータが長期で揃っている日経新聞と朝日新聞を検索しました(赤が朝日、青が日経。以下同じ)。なお、学術的に分析するなら、収録されている記事の偏りなども補正する必要がありますが、今回は「お遊び」ということでご容赦いただければと思います。

いずれにせよ、やはり80年代の終わりから問題になり始め、2000年代にいったん下火になった後、足元でリバイバルしていることがわかります。

前回、平成元年にも「働き方改革(=週休二日制の導入)」が注目されていたと指摘しました。そこで、「休暇」を検索してみましょう。

ここからも、職場や働き方の問題が30年を経て再注目されていることが伺えます。おそらく、人手不足が深刻化すると職場環境の改善が課題として浮上するということなのでしょう。

一方で、そうした改革の先頭に立つべき「労働組合」の存在感は、この30年で薄れてきた印象があります。そこで、この言葉も検索してみます。

これも印象通りだということが分かります。このグラフで面白いのは、朝日と日経の差です。1980年代は朝日の方が「労働組合」という言葉の登場頻度が高くなっています。組合が「経済のプレーヤー」というより、野党の支持母体という「政治のプレーヤー」だったことを示していると言えるかもしれません。

この間、日本経済の構造はどう変わったのでしょう。いろいろキーワードを検索してみて興味深かったのが「ものづくり」です。

日本経済の構造は、長期的には第二次産業(ものづくり)中心から第三次産業(サービス)中心へと転換しているはずです。ところが「ものづくり」という言葉の使用頻度は一貫して増えているのです。解釈は難しいところですが、製造業が海外勢に押され始めたころから、逆に「日本はものづくりの国だ」というアイデンティティーが意識されるようになったのかもしれません。

ちなみに「サービス」で検索すると以下のようになります。比較のため、「ものづくり」と「サービス」のヒット件数の比率もグラフにしてみました。こうすることで、両者の相対的な関係を見ることができます。

経済紙である日経より、朝日の方が「ものづくり」の存在感が相対的に高くなっているのが目を引きます。これも解釈が難しいのですが、日経が経済実態、朝日が一般市民の意識を反映しているのだとすれば、面白い結果です。

以上は紙面に表れた日本社会の変化ですが、国際関係はどうでしょう。まず「米国」を検索してみましょう。

予想通り記事への登場頻度が減っています。ただ、朝日が2000年代に入って横ばいになる一方、日経は低下傾向が続いています。これも、日経は米国の経済的没落、朝日は国際政治における地位低下を反映していると解釈することができるかもしれません。

米国の覇権を脅かす「中国」はどうでしょう。

意外なことに、朝日の方はそれほど使用頻度が上がっていません。中国の台頭は経済分野が主であり、まだ国際政治のなかで大きな存在感は示せていないということかもしれません。

では、米国と中国の存在感を比べると、変化はあるのでしょうか。「中国」のヒット件数に対する「米国」のヒット件数を比率で表すと次のようになります。

朝日、日経とも「1」に収斂しつつあるように見えます。新聞記事をみる限り、日本にとって米中の存在感はあまり変わらなくなっていると言えそうです。

いかがでしょう。新聞記事は記者が書くものですが、記者は「読者が何に関心を持っているか」を忖度して題材を選びます。その意味で、キーワードの登場頻度は「時代の無意識」のようなものを映し出しているとは言えないでしょうか。

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