【川端祐一郎】陰謀論に取り憑かれる人々

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

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画像:Adobe Stock

2016年に行われたイギリスの「ブレグジット」に関する国民投票や、トランプ氏が当選したアメリカ大統領選挙において、SNSなどオンラインでの宣伝合戦が大きな役割を果たしたのではないかという議論があります。

特に有名なのは、「ケンブリッジ・アナリティカ」というイギリスのコンサル会社が、フェイスブックなどから取得した数千万人分にものぼる個人データを用いて分析モデルを構築し、これがブレグジット推進派やトランプ陣営の選挙作戦に投入されたという話です。米大統領戦では、トランプ陣営が同社の分析に基づいてターゲットを定め、ヒラリー陣営の100倍の費用をかけてフェイスブック広告を展開したらしい。

このケンブリッジ・アナリティカ社については、

「フェイスブックなどの個人データを違法に利用したのではないか」
「ヒラリー・クリントンを中傷する虚偽広告の流布に関わったのではないか」
「ロシア当局による選挙への介入をサポートしたのではないか」

といったいくつもの疑惑が指摘されていて、同社は法的・倫理的な責任が問われる中、2018年に破産しました。

最近、ケンブリッジ・アナリティカ社で選挙戦に携わった後、不正行為の内部告発を行った元幹部やエンジニアらに密着した『The Great Hack』というドキュメンタリー映画を見ました。当事者本人たちがインタビューに答えているので、どんな経緯や戦略で選挙戦に臨んだのかがよく分かって興味深いですし、恐らく同社が法的・倫理的に問題のある行為を行っていたのは本当なのでしょう。「ビッグデータ」「洗練された解析技術」「虚偽情報」の組み合わせによる世論操作が、民主主義を危機に陥れるという問題提起も重要だと思います。

ただ、この映画を観ていて違和感も覚えました。オンラインでの宣伝合戦の裏には「ダーク・ワールド」(闇の世界)が広がっていると言ったり、フェイスブックのような巨大企業を「デジタル・ギャングスター」(デジタルやくざ)と呼んだりしていて、これらが民主主義に対する深刻な驚異になっていると主張するのですが、冷静に考えるとオンラインでの情報戦の効果を誇張しているようにも思えるからです。

映画の中でも説明されているように、ケンブリッジ・アナリティカがターゲットとしたのは、「EU離脱か残留か」「トランプかクリントンか」について態度を決めかねている数%の人々のみのようです。つまり、浮動票を相当程度動かしたのが事実であったとしても(その効果についても疑問視する声はあるようですが)、それ以前に、少なくとも国民の半数近くがEU離脱やトランプ氏を支持していたことは間違いないわけです。

この違和感については、イギリスの哲学者ジョン・グレイ氏が今年の8月に詳しい記事を書いていました。

ジョン・グレイ:リベラルはなぜ陰謀論を信じ込むようになったのか(英語)
https://www.newstatesman.com/politics/uk/2019/08/why-liberals-now-believe-conspiracies

リベラル派の人たち(ここでは政治思想上の左派だけでなくネオリベ経済人なども含んでいると思います)は、人間の「理性」こそが歴史を進歩させるのだと唱え続けてきたはずなのに、トランプ大統領、EU離脱派、反移民政党などの台頭を目の当たりにして、「闇の勢力がこの世界を裏で操っている」という物語に飛びつくようになったとグレイ氏は言います。彼らの姿は、ユダヤ陰謀論を唱えたナチス、スターリンの失敗を認めなかった親ソ派ジャーナリスト、あるいは中世の魔女狩りや異端審問のようであるとも。

1930年代にソ連で大規模な飢饉が生じた際、欧米から派遣されていたジャーナリストの一部には「スターリンの失政が原因ではないか」と指摘する者も存在したが、彼らは反ソ的陰謀勢力であるとのレッテルを貼られ、現地の外国人記者のコミュニティからも迫害を受けた。それと同じように、トランプ大統領を支持したりブレグジットを推進したりする人たちは「右翼」や「人種差別主義者」のレッテルを貼られている。そして、「その背後には、人々を操る闇の世界が広がっているのだ」とリベラル派はしきりに主張する。

もちろん、ケンブリッジ・アナリティカのように不正な手段で選挙戦を支援したグループは存在したであろうし、プーチン大統領が欧米の選挙に介入を試みていたとしても何ら不思議ではない。しかし、いま欧米の先進国を悩ませている政治経済上の混乱は、リベラルなエリートたちが財政緊縮を唱えて公的サービスを弱体化させてきたことや、移民を過剰に受け入れて労働者の不安を招いてきたことによってほとんど説明できるのであって、陰謀論など必要ではない。

欧米のリベラルな社会が崩壊しかかっていることは間違いないが、崩壊の危機を招いたのはリベラルエリート自身の失政である。しかし彼らが過ちを認めることはない。それどころか、「闇の勢力が人々を操り、リベラルな社会を破壊しつつある。だから今こそ我々は、より一層リベラルにならねばならない」と繰り返すばかりで、救いようがない——とグレイ氏は批判しています。

人間の心は、「他人の意図」に強い関心を持つようにできています。そのせいで我々は自然現象についても無意識のうちに「何者かの意思」を読み取ろうとしてしまいますし、この心性は宗教や神話の源泉の一つでもあるでしょう。だから、「陰謀論」が魅力的な説明に見えてしまうことが多いのは確かです。

日本の場合、今のところ欧米ほど移民問題が深刻化していないこともあって、分かりやすい形の極右政党が台頭しているわけではなく、「あれは右翼の陰謀だ」というようなセリフを公の場で聴くこともありません。ただ、文脈はかなり異なりますが、ここ数年で左派知識人の一部が「安倍政権の背後には日本会議の思惑が~」などと語るようになったのは、少し似た現象かも知れません。実際のところ彼らは、「日本会議の陰謀」とやらを過大視していると思います。ちなみに余談ですが、我々の『表現者クライテリオン』も、海外の知識人から「日本会議と関係をもつ極右雑誌」ではないかと一時的に疑われたことがあります(笑)。[コメント欄で指摘をいただいたのでこの段落を追記しました]

もちろん全ての陰謀論が不合理なわけではないのですが、陰謀論は往々にして一面的な説明になりがちです。これは、グレイ氏の話とは逆の「新自由主義者の陰謀」についても同様でしょう。新自由主義的な政策を「陰謀」的に推進する人々は、もちろんたくさんいるはずです。しかし同時に新自由主義というのは我々の「時代精神」のようなものでもあると考えるべきで、「一部の悪人が闇の世界から我々を操っている」という説明だけで満足するわけにはいかないと私は思います。

謀(はかりごと)の存在を否定する必要はありません。しかし、たとえば「他の陰謀を試みる人もいたはずだが、なぜそれは成就しないでこの陰謀だけが成功したのか」と問うてみると、「社会の構造」や「歴史の趨勢」といった別種の問題が浮かび上がってきます。不安定な時代だからこそ我々は、そうやって慎重に物事を観察するよう心がけるべきではないでしょうか。右も左も、ナショナリストもグローバリストも、「あの陰謀勢力を追放しさえすれば全てが好転するはずだ」という安易な処方箋に走るようでは、問題の解決は遠のいてしまうはずです。

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コメント

  1. exempty より:

    陰謀論とか関係なく国家工作組織などがそれぞれの意図で
    情報工作などやりまくっているのが近現代社会です。
    その中で日本は自国の国益や国民を守るための最低限の
    法律も組織もないスパイ天国。
    他国にとってはやりたい放題の工作漬け日本社会なんでしょう。
    それこそ国民の拉致さえ好きにやりたい放題だったほどの。

  2. 旅人 より:

    たしかに、陰謀論がおかしいというのはわかるのですが、欧米はそうかも知れませんが日本のメディアにおいて陰謀論が言われることはあまりないようにも思えますね。
    日本のメディアは欧米よりもまともだということなのか、それとも僕たちが陰謀に慣れすぎていて気にならないのか・・。

  3. シノハラカツヒコ より:

    私はトランプを排除しようとする勢力の陰謀論は有ると思う。何時の時代でも政治や経済を正常の状態に戻そうとするとそれを阻止するために陰謀を行うのだ。美辞麗句で大衆を操り洗脳し改革者を攻撃する側に回らせようとする。日本のメディアは完全に陰謀実行者に洗脳されていてその術中に嵌っている。彼等は日本国民を陰謀実行者の狙い通りに洗脳してトランプは悪人であると言う方向に誘導している。

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