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【小浜逸郎】マクロ経済はなぜ関心を持たれないのか

From 小浜逸郎(評論家/国士舘大学客員教授) 

日本が凋落の一途をたどっている今日、これを食い止めるには、どんな考え方が必要でしょうか。
凋落の原因は、財務省の緊縮路線と竹中平蔵氏らの規制緩和路線にあることは、心ある人々の間では、すでに明らかになっています。
しかし心ある人々がいくらこれらの路線を批判したり、関係者(官僚、政治家、財界人、学者、マスコミ)に働きかけたりしても、彼らは一向に聞く耳を持とうとしません。
それぞれのポジションで、頭がかちんかちんになっているのですね。

そこで筆者は、せめても、と思って、次のようなことを考えました。
これは、日本人の知性が劣化して、ごく広い意味での「学問」が受け入れられなくなっている事態だ、と。

しかし、社会科学系に限って言うなら、学問には、やはり「よい学問」と「悪い学問」があります。
「よい学問」とは何か。
これはきわめて明瞭です。
ふつうの生活者の安寧(あんねい)と仕合せを保証してくれる考え方を提供するのが、「よい学問」です。
ふつうの人々が、物質的・精神的な豊かさとゆとりを維持するにはどうすればよいかを教えてくれる考え方と言い換えてもよい。
そうした考え方に直結しなくても、ある専門知をそこにつなげられる道筋をつけてみせることができるなら、それは「よい学問」です。

「よい学問」の定義は簡単ですが、「悪い学問」の定義は難しい。
なぜなら、「悪い学問」には、まさに学問を悪くしてしまうさまざまな個人的・組織的な感情や動機がからんでいるからです。
それらは、学問という体裁のために、その悪い要素が見えにくくなっているのです。
一般に、次のような人たちが学問をしている場合、それは悪い学問です。

・自分(たち)だけの利益のために都合よく屁理屈を用いる者
・自説が間違っていたことが明らかなのに、いつまでもそれを認めようとしない者
・自説に固執して、他人の意見を聞き入れようとしない者
・肩書などの権威主義に居直る者
・権威主義に額づく者
・金銭目当てに自説を立てる者
・現実をよく見ずに整合性や純粋性にこだわり、現実と乖離(かいり)してしまう者
・清廉潔白なだけの思想を学問と勘違いしている者
・いたずらに難解さを気取ってそれ自体が価値であるかのごとく思い込む者
・公共性への配慮がまったくなく、ただのオタク趣味に耽る者

どうでしょう。
いまの日本の「学問」で、これらのどれかに的中するものがいっぱいあるのではありませんか。
では、「よい学問」がそのよさを保つためには、どんな条件が必要でしょうか。
以下に列挙してみましょう。

①現実の危機を深く自覚する
②既成の権威に阿(おもね)らない
③右顧左眄(うこさべん)せず、自分の考えをしっかり固める
④間違った考えを徹底的に糺(ただ)す
⑤自分が間違った時には率直に認め、自説やそれに基づく言動を改める
⑥流布されている「常識」を疑う
⑦自分の考えをわかりやすく公表し、その拡張に絶えず努める
⑧批判者、反論者を恐れず、彼らと堂々と議論する
⑨危機克服のための処方をデザインし、できればそれを自ら実践に移す

これほど日本が衰退の一途をたどっている以上、いまこそ上記のような条件を満たす新しい「学問」の構えが必要です。
「家貧しくして孝子顕(あら)わる」と言います。
これをもじって言うなら、「国貧しくして賢者顕わる」ということができます。
実際、いま日本は、戦後最大の危機にあります。
この局面にあって、いま、上記のような条件を満たす「よい学問」が切に求められています。
ところが、MMTのように、せっかくよい学問が紹介されて、根付きそうな気配があるのに、ほとんどの人は、これをまともに相手にしようとしません。
これはいったいなぜでしょうか。

それは、「経済」という領域が持っている特性にかかわっているのではないか。
エコノミーの語源はオイコノミアです。
これは「家政」を意味する古代ギリシャ語です。
古代ギリシャでは哲学、幾何学、自然学、天文学など、多彩な「学問」が花開きました。
それらは、もっぱら自由市民男子によって担われました。
しかし「家政」は学問の対象になりませんでした。
それが女や奴隷の手に任されていたからです。
そもそもオイコノミアがきちんとしていなければ、学問など「暇なこと(スコラ)」に手を出せないはずなのです。
にもかかわらず、担い手が女や奴隷だというだけで、それは軽侮のまなざしで見られていました。
それは私的な問題であり、公共性にかかわらないと考えられていたのです。

近代になって、人々の私生活上の動きが全体としては、重要な公共的意味を持つことに気づかれました。
それにもかかわらず、オイコノミアに対するこの軽侮の念はいまだに残されています。
人々は一般に、経済について考えることに対する軽侮、ではないまでも、ある種の敬遠の意識を抱いています。
これに比べて、一見経済とは自立した政治問題(ポリティカ)に関しては、昔から多くの人が関心を持ち、時には興奮した感情をあらわにして意見を述べたりします。
いまでもそうですね。
たとえば韓国が反日感情をむき出しにした振舞いに及んだとか、アメリカがISの指導者を死に追いやったとか、安倍内閣の閣僚の失言と辞任が相次いだとか。

いっぽう、人々は、金儲けにからむミクロ経済には強い関心を示します。
それなのに、公共性にからむマクロ経済にはあまり関心を示しません。
こうしたみんなの無関心が、間違った「経済学」を平気で呼び込んでしまうような気がします。
その無関心のうちには、歴史的に培われてきたオイコノミアに対する軽侮・敬遠の念が無意識に作用していないでしょうか。
近代以降は、ポリティクスのなかに不可避的にマクロ・エコノミーが組み込まれているのですが、それでも相変わらず、それは人々の関心から遠ざけられる傾向のうちにあるようです。

次のようなことも考えられます。
政治現象は見えやすく、毎日のニュース報道として直接耳目を刺激します。
これに対して、経済現象、特にマクロ経済は、「誰それが何々をした」というような物語としては現れません。
それは、力も意志も異なる世界の膨大な人々の複雑な思惑や活動の乱反射状態としてしか現れません。
つまり眼前にはっきり像を結ばないのです。
それははっきりした物語性を持たず、いわば無人称・無人格の水面下の蠢(うごめ)きとしてしかとらえられません。
だから、マクロ経済のからくりを視野に収めようと思ったら、いったん身辺の関心事を離れる必要があります。
そのうえで、直線的な因果関係論理(「こうであればこうなる」)だけを武器にして、人々の活動の乱反射状態の中に突入していかなくてはなりません。
生活を根底のところで規定しているのが経済であることは疑い得ない事実です。
にもかかわらず、その全体のからくりについて考えることから手を引いてしまいがちなのは、そうした像の結びにくさをまるごと引き受けて論理的に把握しなくてはならない手続き上の面倒くささに原因があるでしょう。
経済現象を学問的に解明しようとする人たちは、この像の結びにくさを十分わきまえずに、人間活動に対するある仮説を立て、自然科学が見出したのと同じようにこの現象のうちに普遍法則を発見しようとします。
しかしその初めの仮説が幼稚なものであったり間違ったものであれば、元も子もありません。
ここでは詳しく述べませんが、いわゆる主流派経済学は、この部類に属する学問です。
それは、どの人間も利益最大化を目指して生きているという仮説に依拠しています。
また、どの人間も同時刻に等しい経済情報を手にしているという仮説にも依拠しています。
この幼稚な人間仮説への固執が主流派経済学を生んだようです。
その固執を捨てないことにおいて、主流派経済学は「悪い学問」です。

そこでまず、経済について考えることに対する敬遠の意識を拭い去ることにしましょう。
また主流派経済学が植え付けた間違った仮説から自由になりましょう。
そして経済についての「よい学問」(よい思想の構え)を貫くことにしましょう。




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