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【平坂純一】産業的な、あまりに産業的な 保守とロックバンド文化 

From 平坂純一(雑文家) 

 テレビディレクターの思想が理解でき次第チャンネルを変える(故・西部邁先生は数秒だったらしい)ため、ルーチンで観るテレビ番組がありません。よって、年末の漫才のショーレース番組と音楽番組を批評的に観ることで、吾が民族の一年の傾向を理解した気でいます。ある音楽番組で愕然としたことがあります。それは「まったくロックバンドが出ない!」ことです。私が没頭した90年代のまでの音楽番組には、必ず1組バンドが出演していました。彼らは既に大御所としてコンサート会場を埋めるため、宣伝としてテレビに出る必要もないようです。そこに映るのは、小柄で痩せた生意気そうな若い男たち、日焼けサロン店長のようなオジサンのダンスサークル、下手なマスゲームみたいな女子の群れ、余りにも稚拙な出し物で閉口しました。彼らには大衆の消費物である自覚がないのか?なにがアーティストだ。この気分を掬い上げるのは、英国のロックバンドOASISのノエル・ギャラガーが日本の音楽番組に出演した直後のインタビュー記事です。

I was on with a load of Japanese acts one of which was a manufactured girl group called AKB48.I kid you not. There was maybe 30 of them all between the ages of 13-15! I suddenly started to feel very old.
(沢山の日本人出演者の一組が【産業的なガールグループ】のAKB48だ。
 30人ぐらいいて、皆が13~15歳ぐらいなんだ!俺が凄くジジイに思えたよ)

 この人はマンチェスターの下町育ち、たいへん口が悪いことで有名なのでAKBファンの方は看過して下さい。さて、本場の不良からのこの「a manufactured girl」は重たい、つまり「オッサンが企画したゲイシャ」くらいのニュアンスです。考えてみれば、上記の三種の芸人は、有力な所属事務所に培養され、芸が幼い20代前半で売れねばなりません。私が観たいロックバンドは、ライブハウスで下積みを重ねた、不健康そうな30デコボコの陰気な男の4,5人が、大人を恨む目で退廃的な歌詞を叫び、なぜか勢いだけは感じる演奏をする姿なわけですが。Manufactureでない自生的な友達の集団、素人の乱たるバンド文化は廃れたのでしょうか。

 この件はもっとマクロに考えたい。総務省の「平成28年度の社会生活基本調査」(https://www.stat.go.jp/data/shakai/2016/kekka.html)によると楽器人口は増加傾向にあり、30代〜シニア世代では年々増えているそうです。「楽器の演奏」が趣味である人口は1,240万人。平成23年の調査時では1,092万人ですから微増しています。一見して景気との相関関係はなさそうですが、要注意。シニア層が欲しかった楽器を手にする、いわば趣味の範囲で軽音楽を嗜む傾向にあるようです。したがって、若者のバンドマンは減少傾向にあります。

 このブログは、あるイベントにおいて学生バンドが集まらない苦悶を具体的に記しており、たいへん説得力があります。
http://www.xn--l8js3gtc.jp/archives/10045161.html
 ゼロ年代前半に社会学者の宮台真司氏が「(80年代からの)バンドブームの流れは終わった」と発言したと記憶しますが、それ以降のBUMP OF CHICKEN系統の流れ、あるいは漫画「けいおん!」が少々回復に寄与する程度で、この20年バンドブームがないこととも呼応します。皆さんも好きなロックバンドや名ギタリストで浮かぶ顔が「全員おじさん」であることに気づくはずです。

 これには少子化や不景気による若者の楽器人口の低下問題のみならず、むしろパソコンで作成できることやウェブ上で発表の場があることを考えれば、単純に「趣味の細分化」の問題と片付けることも可能です。日本各地でフェスが盛り上がる現実から見ても、悲観する必要はないのかもしれません。ですがそれは産業的に(!)問題がないだけで、ハッキリ申しますと、上のブログで挙げられたバンドと曲目に我々年長者がロックを見出すかといえば、ノエル・ギャラガー的に蚊帳の外にいる気分になります。憧れるべき対象が無害で本質から外れていれば、人々が感化されることもないのです。

 そも、故ムッシュかまやつ氏が進駐軍のラジオから黒人音楽を傍受することから日本のロックが萌芽して以来、本質的に無くなくなってもいい、小泉某の様にプレスリー宅で「バカ騒ぎ」(ロックンロールの語源です)されても困る、という言い方も可能です。ですが、若者にとって重要である、感化や模倣の形のひとつが不景気やパソコン如きに奪われる時代は大問題です。

 私にもバンド体験がありまして、時節柄、お化粧して舞台に出る「バカ騒ぎ」をしたものです。ギターケース担いで学校へ、放課後にはスタジオに行き、先輩の吸う煙草の紫煙に目をシバシバさせながら、会話の機微や上下関係を学び、政治や文学の議論の一つでもすれば一丁前になれた気がしたものです。

 …などと、体験の優位性を論じると、このごろは「昭和くさい」と云われます。私のティーンエイジャー期は世紀末なので思い切り平成なのですが。つまり「ウェブとスマホ登場以前の情報化されていない人間による、滑稽なまでに体験至上主義の画一化された態様」を言いたいらしい。画一的なのは私なのか?否、一時「若者の〜離れ」が、流行りましたが、彼らは一様に「お金がない」と言います。不景気で若者の経験値が奪われ、人とのリアルな交流(ネットよりも情報量が違います)が減り、それによる生産物の質量が低下する…つまりロック史は終焉したのでしょう。ポリティカル・コレクトネス化により反社会的な歌詞も書けない。初期フォークロックのようにラディカルに政治や社会と関係できなければ、心象風景と恋愛くらいしか叫ぶことがなく、ロックの激しい音を媒介とする必要もありません。

 この事は日本の保守界隈にも通底していて、怒りと反骨の精神がなければ思想は必要ありません。保守がいつの間にか忘れたのは、子供の頃なら中指を立てたであろう、勝ち馬に乗りさえすればよしとする醜い大人への叛逆心です。もっといえば主体としての自己への懐疑や、理想とする社会への渇望もあるのでしょう。大抵、若い時期の判断は間違っていたり、陳腐な理想だったりしますが、自らが大人になって理性が身に付けば、反骨の精神を持って判断というもの。たとえサブカルチャーでも、ロックンロール的態度の有無は莫迦にならないのです。
 先述のノエル・ギャラガーにはこんな発言がありました。

「(RadioHeadに対して)美大出のインテリがバンドなんかするんじゃねえ」

 この意味は「本来ホワイトカラーの人間が、ブルーカラーの夢・ロックスターのパイを奪うな」と云ったところ。ギャラガーの発言に素直に従うならば、吾が国においてバンド人口の増加と隆盛が再び来るとすれば、「バカ騒ぎ」が常態化する移民と格差の社会が形成されて本格的に殺伐とする頃だとする仮説も成り立つでしょう。現代日本とは、戦後復興後の文化的貯蓄の穀潰しを終えた時代かもしれません。

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コメント

  1. シュン より:

    自分も20代の若者ですが、今の若い子は男女問わず不良の音楽はロックよりもヒップホップだという認識だと思います。
    アメリカでもビルボード上位にくるのはロックバンドではなくラッパーばかり。
    昔ならロックバンドをやっていた反骨精神のある若者はラッパーを目指していると感じますね。
    まあロック自体が権威化していますからね、もはや反骨の音楽でもアウトサイダーの音楽でもなくなってしまっているのが現状かと、

  2. 通りすがり より:

    音楽にはほとんど詳しくないのですが,紅白歌合戦で欅坂46の「不協和音」という曲がありました。
    若い女の子数十人が,『同調圧力に屈したりはしない』と歌いながらゾンビみたいな踊りを踊るというものです。鬱屈した反抗的な声を代弁したもののようでしたが,どうなのでしょうか。

    「同調圧力」という言葉ですが,なんだが言葉の使い方が違っているような気がします。
    同調圧力がいい方向に向かっていればいいのですが,悪い方向に向かう場合は危険である。そういう意味で用いられるべき言葉だと思います,
    今の日本なり,英国なりに存在するのは,同調圧力ではなく権力への「忖度」でしょう。

    「忖度などに屈したりはしない」と言えばまともだと思うのですが,まあNHKだからありえないでしょうね。

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