皆さん、こんにちは。
「表現者クライテリオン」編集部です。
本日は『表現者クライテリオン』11月号より書評をお届けします。
国家が軍を創るのか、軍が国家を創るのか
久野 潤
竹本知行 著
『大村益次郎
全国を以て一大刀と為す』
ミネルヴァ書房、2022年3月刊
著者は幕末維新期の政治史や軍事史を専門とする歴史学者であり、現在は安田女子大学准教授。軍事史学会で阿南・高橋賞を受賞するなど大村益次郎研究に定評ある著者にとって、本書は集大成となるものである。大日本帝国陸軍の創始者とされる大村の評価は、戦後日本において一部学会やメディアが流布してきた〈日本軍=悪〉なる偏頗な歴史観に少なからず影響を受けてきた。
本書第一〜三章では、医師の家に生まれた大村が、漢学ついで蘭学を修め、西洋兵学研究に邁進する中で、国際社会を意識して国家的課題にアプローチするようになる過程が、書簡の紹介なども通して鮮やかに描かれている。
やがて出仕した長州藩での大村の活躍が紹介されているのが、第四〜六章である。中でも、盟友桂小五郎(木戸孝允)と大いに賛同し合ったという竹島(現在の鬱陵島)開拓論が目を引く。西洋列強がこの無人島を日本進攻の足場とする可能性が、往時海防上の現実問題であった。西洋を中国と置き換えれば、現今の竹島問題も単なる二国間領土問題ではないと先賢の慧眼に気付かされるものである。また同門の福澤諭吉とのエピソードなどから、大村の意識が「攘夷の無理を悟って開国・倒幕」といった単純なものではなかったことも分かる。
第七〜九章は、いよいよ国家の命運を握る大村益次郎の章である。著者による上野戦争の考察は詳細で、総指揮官たる大村の綿密な作戦計画にも関わらず現場では想定外の展開も多く、「計算通りの完全勝利」という通説に修正を迫る。また、会津攻略の戦後処理を急ぐ中、大村や木戸が会津人救済への配慮を惜しまなかったという行も、多くの読者が意外に感じるかもしれない。先の四境戦争で敵兵の死者を手厚く埋葬するのみならず、負傷者を手当てし路金まで渡して送り返した史実の紹介と併せて、近年明治維新否定論者等により歪曲されがちな“長州”の素顔を伝えたい著者の切なる願いを垣間見た思いである。また著者は「朝廷之兵制永敏愚按」の全文を紹介しながら、国民皆兵の提起だけでなく、軍隊に対するポリティカル・コントロール(政治の制御)の神髄を示すものと評している。
第十章では、国事に斃れた殉難者・戦没者を慰霊顕彰する靖國神社の参道に銅像が建つ大村について、彼自身の業績をどう顕彰(評価)すべきかという大課題が投げかけられている。ロシアのウクライナ侵略を目の当たりにした令和の日本人も、自国を守るとは、軍を建てるとはどういうことかという、百五十年以上前に大村が心血を注いで思考したテーマと無縁ではいられない。
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