【森永康平】日本は内憂外患を転機に出来るのか

啓文社(編集用)

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本日は『表現者クライテリオン』2023年1月号より、森永康平さんの特集記事「日本は内憂外患を転機に出来るのか」をチラ見せ!
気になった方は是非、本誌を手にお取りください。

日本は内憂外患を転機に出来るのか

物価高騰に軍事緊張。
内外の危機にあって
増税の逆風を吹かそうとする政府とは何者か。

森永康平

 

 二〇二二年は近年稀にみる激動の一年となった。二〇二〇年から続くコロナ禍は今年も日本経済に大きな打撃を与え、中国によるゼロコロナ政策やロシアによるウクライナ侵攻の影響で原油をはじめとするエネルギーや、半導体、非鉄金属などの価格が軒並み上昇し、日本でもモノの値段が上昇した。賃金が上がらないなかでモノの値段だけが上昇し、国民は生活苦に喘いでいる。

国外に目を向ければ、北朝鮮は前例がないほど何度もミサイルを発射し、中国では習政権が異例の三期目に突入して明らかな独裁体制を確立した。経済安全保障の観点から日本は非常に危険な状態にあるが、どうも日本政府からは危機意識を感じられない。日本はこの内憂外患を転機にして明るい未来を迎えられるのだろうか。

 

経済指標が示す日本経済の実情

 日本銀行が発表した九月の消費者物価指数の刈込平均値は前年同月比プラス二・〇%となり、データを遡ることができる二〇〇一年以降で初めて二%台を記録した。刈込平均値とはウエイトを加味した品目ごとの上昇率分布で上下一〇%を機械的に除いた平均値であり、極端に変動した品目や一時的に大きく変動した品目を除いているため、物価動向の基調をみるのに適した経済指標といえる。

一時は一〇%近い物価上昇率を記録した欧米に比べれば依然として日本の物価上昇率は低いままといえるが、それでも前述の通り日本における足元の物価上昇率はこの二十年間のなかでは高いものとなっており、賃金の上昇がなかりせば国民の生活は苦しくなる一方だ。

 

 総務省が発表した九月の消費者物価指数において、生活必需品にあたる基礎的支出項目の伸び率をみてみると、前年同月比プラス四・五%と高い伸び率を維持しており、一か月に一回程度購入する品目の物価上昇率は同プラス八・二%となっている。刈込平均値が同プラス二・〇%といってもそれはあくまで一種の経済指標としての数値であり、これらの数字の方が国民の体感には近いだろう。

 

 モノの値段が上昇したとしても、極論をいえば賃金がそれ以上に伸びていれば、家計の観点からはさほど問題にはならないわけだが、厚生労働省が発表した毎月勤労統計調査によると、八月の季節調整済賃金指数は前年同月比マイナス一・八%となっており、五か月連続の下落となっている。残念ながら、賃金上昇率は物価上昇率に追い付いていないのが現状だ。

 

 賃金の伸びがモノの値段の上昇に追い付かなければ国民は節約のために消費を抑えるはずだが、総務省が発表した八月の家計調査をみてみると、季節調整済実質消費支出は前年同月比プラス五・一%と高い伸びになっている。この結果をもって「日本の消費は力強い」と評する向きもあるが、少し考えればこの数字には違和感が生じるはずだ。

そこには「統計マジック」によるミスリーディングが存在している。昨年の八月は広い地域でまん延防止等重点措置が発出されており、消費が抑制されていた。前述の伸び率は前年同月比であるため、何も発出されていなかった今年の八月と比較をすれば、当然数字自体は実態以上に強いものになる。現に同指標を前月比で算出してみると、マイナス一・七%と二か月連続のマイナスとなっている。やはり足元の物価上昇が国民の消費を抑制しているのだ。

 

 このようなミスリーディングを誘発する記事や論評は散見される。たとえば、二〇二二年四~六月期の実質GDPの結果が報じられた際、多くのメディアは「コロナ前の水準を回復した」と報じた。たしかにコロナ前を「二〇一九年十~十二月期」と定義すれば、この報道は間違ってはいない。

しかし、二〇一九年十~十二月期は二〇一九年十月に行った消費増税によって大きくGDPが落ち込んだタイミングである。実際に増税前の二〇一九年七~九月期の水準と比較すれば、日本の実質GDPの水準は大きく落ち込んだままであり、景気が正常化したとはいえない。統計結果を歪んだ形で読み解いて「コロナはもう終わった」として支援の手を緩めれば、多くの企業が倒産に追い込まれ、それに伴い多くの人々が職を失うだろう。

 

日本の外部環境は危険性を増す

 日本経済はモノの値段だけが上昇し、消費の原資となる賃金はなかなか上昇しない。このような苦しい環境にあるなかで、経済安全保障の観点からすると日本の外部環境における危険性もこの一年で格段に跳ね上がった。

 日本の周りの国を見回したとき、ロシアが今年二月下旬にウクライナに侵攻したことは記憶に新しいが、北朝鮮や中国も今年に入ってからその危険性を増している。北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)を含むミサイルを何度も発射しており、その回数は既に過去最多を記録している。

日本国民の多くがこの異様な事態に慣れてしまったため、「また北朝鮮がミサイルを撃ったのか」と平和ボケしており、その最たるものが日本政府による「遺憾砲」だが、筆者は北朝鮮の動向は軽視しない方がよいと考えている。

思い返せば北朝鮮は二〇二一年一月の朝鮮労働党大会で金正恩総書記が「国防五カ年計画」を示しており、そのなかで戦術核を開発する方針を明らかにした。筆者は北朝鮮から発射された様々なミサイルはこの五カ年計画に基づいた実弾練習をしていると捉えている。

闇雲に発射しているのではなく、計画的かつあらゆるシナリオを想定して発射しているのだ。この見方が正しければ、近いうちに北朝鮮は核実験をすると考えるべきだが、十一月に入り松野官房長官は北朝鮮が核実験などさらなる挑発行為に出る可能性もあるという考えを示した。

 

 そして、最大の脅威となりうる中国では共産党大会が終わり、習近平政権が異例の三期目に突入した。習近平を含む七人の政治局常務委員はチャイナセブンとも呼ばれるが、今回の人事では非常に独裁色の強い人事になったことが分かる。習近平を除く六人の経歴を確認すれば、誰もが習近平に異を唱えることはなく、いわゆるイエスマンの姿勢を貫くことは容易に想像ができる。つまり、習近平が暴走をしたときに誰も止めることができないのだ。

 

 筆者は党大会における活動報告や決議された文書を全て原文で読んだが、台湾侵攻の可能性は一気に高まったと感じた。昨年、米国のインド太平洋軍のデービッドソン前司令官が「二〇二七年までに中国による台湾侵攻の脅威が顕在化する可能性がある」と指摘したことは記憶に新しいが、今年の十月には米国の海軍制服組トップのマイケル・ギルデイ作戦部長が「中国による台湾侵攻が今年中か来年中にも起きる可能性を排除できない」とその脅威を前倒して警告している。

 

 デービッドソンが指摘した二〇二七年は習近平政権の三期目が終了するとともに、人民解放軍百周年のタイミングであるが、その前の二〇二四年に台湾では総統選、米国では大統領選がある。中国が台湾独立派とみなす民進党が勝利をおさめ、対中強硬派が多い共和党が米国大統領選で勝つことになれば、中国は台湾侵攻を二〇二四年以降はやりづらくなるだろう。そう考えれば、今年中または来年中と指摘するギルデイの指摘は必ずしも不安を煽るだけのものとはいえない。

 

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