いま、グローバリズムに世界各地で逆風が吹いています。経済的な国境をなくし、貿易や投資、人の移動を活発にしていこうという運動は、各地で政治的・文化的な反発に直面しているのです。
たとえば欧州全域で広がる反EU運動。この背景にはさまざまな事情がありますが、移民制限や財政拡張などを自由に行えないことへの反発や、経済統合の美名のもとに「ドイツ一人勝ち」が進行していることへの不信感などが、各国の反EU派に勢いを与えています。
グローバリズムへの不満は、これまでその推進役だったアメリカでも渦巻いています。トランプ大統領は、国連総会の演説でグローバリズムを批判。「この部屋にいる全ての国が、自分の伝統を追求する権利を、私は尊重する」「米国は皆さんにどのように暮らして働いて信仰すべきだと行ったりしない。ただその代わり、我々の主権を尊重するようお願いするだけだ」などと述べました。
https://www.bbc.com/japanese/45637431
もちろん、この言葉を字義通りに受け取るべきではない。現にトランプは、日本との交渉では自動車分野での高関税をちらつかせて、輸出の自主規制やおそらくは為替条項を飲ませようとしている。日本の主権は尊重してくれそうな気配はありません。
つまりトランプの批判は、現状のグローバリズムが必ずしもアメリカの国益になっていないという点に向けられている(そう考えている国内の支持層を代弁している)わけで、来たるべき秩序においてはもっとアメリカの利益が尊重されるべきだ、そのような二国間交渉をこれからしていくという宣言なのです。
その意味で、トランプを単なる反グローバリストと考えるべきではありません。ただし、アメリカの歴代政権が主導してきた従来型のグローバリズムのあり方に反対しているのは明らかです。
では中国のグローバリズムはどうでしょう。
最近何かと話題の「一帯一路」構想は、中国主導のグローバリズムを志向する動きと解釈できます。中国と陸続きの国々、またアジアからアフリカにかけての海沿いの国々との経済協力を促進して、貿易や投資を活発にする。主に中国の企業や投資家にとって有利な貿易・投資環境をつくろうというわけですが、その構想は、各地で大きな反発を招いています。
例えばパキスタンでは、中国主導のインフラプロジェクトへの警戒心が強まり、国益に反するとして合意の見直しや再交渉を求める声が噴きだしています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35158850Q8A910C1000000/
マレーシアでも、マハティール首相率いる新政権が中国の鉄道建設計画を中止。その他の中国主導のプロジェクトも見直すと宣言しています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53132
ミャンマーは中国の港湾計画の規模縮小を求め、ネパールは中国が建設する二カ所の水力発電用ダムの計画を中断するなど、中国への不信感をあらわにしています。
https://www.sankei.com/world/news/171228/wor1712280013-n1.html
このように中国主導のグローバリズムは、各地のナショナリズムを刺激しています。グローバルな取引はお互いにとって利益になるWin-Winの関係だというのは中国の主張ですが、他の国は必ずしもそうは受け取っていない。多額の債務返済を迫られることで、長期的には中国への従属を強めることになるという懸念を呼び起こしているわけです。
この点を踏まえて、政治学者のウォルター・ラッセル・ミードが興味深いコラムを書いています。
https://jp.wsj.com/articles/SB11409259661987013647204584482393453424528
かつてレーニンは帝国主義について、国内の過剰な資本と生産能力のはけ口を海外市場に求める動きと定義したが、中国の「一帯一路」はまさにこれにあたる。「一帯一路」は、中国国内の余剰品を売りつけ、大規模なインフラ投資に投じることのできる保護領を獲得するための手段だからだ。
多くのアナリストは、中国経済が成熟すれば、いずれ中間階級が分厚くなり内需型経済へと移行するだろうと期待していた。しかし、その未来は遠い。過剰投資と金融機関の野放図な融資は止まる気配がなく、国内の利益団体は現状維持を志向している。そのため政府は発展途上国への市場拡大へとむかって突き進んでいるが、これはまさにレーニンが指摘した帝国主義の構図そのものではないか、というのがミードの論説でした。
中国の固定資本形成(設備投資)が異様な高水準にある一方、国内消費が低水準にとどまっているのは、よく指摘される通りです。家計が消費しないので貯蓄が増える。その貯蓄が金融機関を通じてずさんな貸出に回り、無謀な設備投資をさらに加速させている。この悪循環を断ち切るには、中間階級を育成して消費を増やし、国内の経済循環を大きくするしかありません。
しかし、過剰生産能力の解消にはそれなりの代償を支払うことになります。工場や金融機関を清算・整理しなければなりませんが、当然、反発は大きい。普通は不況が半ば強制的にその種の整理を行いますが、不況が存在しない(すぐに政府がテコ入れしてしまう)中国ではそれが進みにくい。
無理に政府が国内の生産能力を削減して反発を買うよりも、海外販路を拡大して余剰生産力のはけ口をつくったほうが政治的には危険が少ない。その上、国内の中間層育成には富裕層から貧困層への所得移転が不可欠ですが、そのための政治的合意を富裕層から調達するのは至難の業です。
「一帯一路」構想には他にも軍事・外交的な思惑があるのでしょうが、経済的には国内の過剰生産問題への対応という意図が濃厚です。しかし、それはただちに周辺国の反発を招くことになる。各地でナショナリズムが燃え上がり、中国主導の「開発」プロジェクトへの抵抗が強まることになるわけです。
もちろん、こうした周辺国の反発には一帯一路を快く思っていない「アメリカの影」もあるのでしょう。それは欧州や米国の反グローバリズム運動に「ロシアの影」(あるいは「中国の影」)があると言われているのと同じことです。お互いがお互いの縄張りに手を突っ込みあっている。お互いのグローバリズムを邪魔しあっているわけですから、首尾良く事が進むはずもありません。しかしそれが、国際政治の現実であり、「多極化」に向かいつつある世界の姿なのです。
日本では、経済界を中心に、もっとトランプのご機嫌を取ろうとか、中国の一帯一路に一刻も早く参加すべきだといった趣旨の論調が続いています。しかし、グローバリズムはどの国でも、どの地域でも蹉跌を余儀なくされているという現実がどこまで見えているのか。いま一度、冷静に自分の足元を見つめ直すべき時でしょう。
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