『カッサンドラの日記』72
橋本 由美
身長の停滞、住居の縮小、そして人間関係や社会意識の「内向き化」──。
彼らはなぜ、リスクや選択を避け、家族や昔馴染みという小さな「安心」に回帰するのか。Z世代の心理から、縮小しつつある日本の現在地と未来への危惧を読み解く。
日本経済新聞のオピニオン欄に「『狭小ニッポン』と向き合う」というコラムがあった(2026.7.4 Deep Insight 中村直文)。Z世代が内向きだという話はよく聞いていたが、もう少し幅を持たせた若者層全体でも、あらゆる調査で小さく縮まっていく傾向が見られるという。読んでいて「小さく小さく小さくな~れ、小さくなってアリさんにな~れ」という幼児体操を思い出した。
記事で指摘されるまで気がつかなかったのだが、厚生労働省のデータでは、近年日本人の身長が下がり続け、男女ともに18歳時点の平均身長は中国や韓国に追い抜かれて久しいのだという。男子の18歳身長は、1990年代初めまでは日本人のほうが4~5cm高かった。90年代初めに韓国に抜かれ、2000年代初めに中国にも抜かれて、現在では両国の平均身長より5cmほど低い。この30年以上、日本人18歳男子の平均身長は170cmくらいで足踏み状態だそうだ。女子の平均身長は1985年時点で3か国とも155cmを少し上回る程度で同じだったが、日本人はいまでも変わらないのに比べて、中国でも韓国でも160cmを超えていて、日本人よりも5~6cmほど高い。
明治時代の日本人男子の平均身長は160cmに満たなかったという。戦前までの日本人の身長は低く、よくあの体格でアメリカと戦ったと驚くほどだったが、高度成長期には食生活の変化もあって、ぐんぐん伸びた。ところが、70年代生まれ80年代生まれになると伸びが鈍化して、いまではむしろ「縮まって」いく傾向にあるらしい。原因ははっきりしないというが、日本人のカロリー摂取量は確実に減っているそうだから、食生活に関係があるのは確かだろう。オオタニ・ショウヘイ夫妻の体格を見て、日本人も伸び続けているのかと思い込んでいたから、厚生労働省のデータには驚いた。
「この30年」ということは、どう考えても「国力」に関係がありそうだと疑ってしまう。日本経済が停滞していた間、日本人の平均身長も変化がないまま「停滞」していたことになる。最近では、都市部のマンション価格の異常な高騰で、ファミリータイプの専有面積は下がり続け、嘗て「ウサギ小屋」と嘲笑された頃の広さにも及ばない。賃貸物件も値上げが続き、単身者用の物件になると「人が住めるのか?」というレベルのキッチン・トイレ・シャワー付きで3畳という「独房サイズ」の部屋の情報が増えた。独房転じて、「おしゃれなロフト付き3畳」となり、トレンドになっている。まさか、小さくなった住居サイズに合わせて、身長が縮まったわけではないだろう。
住居の購入や住み替えは、住居に付随する家具や設備など多品種の消費を促進させるものだったが、ここまで小さくなると、寧ろ「捨てる」ことの方が重要で、なるべく物を持たないミニマムな生活になる。狭い空間を有効利用することをスペースパフォーマンスと言うのだそうだ。「スぺパ」は物の所有志向の低下とリンクして、家具も衣類も用途や目的に合わせて買い揃えるのではなく、使い回しの利く代用品で済ませ、レンタルがあれば購入しない。
所有志向の低下は、環境の変化も関係している。どの時代でも、若者は音楽が好きだ。しかし、音楽を聴くために何かを所有する必要がなくなった。音楽環境は、大昔はバカでかいラッパのついた蓄音機、そして、応接間に置くようなステレオセットの時代があって、やがてコンパクトなラジカセやCDになり、いまではスマホさえあればオンラインでダウンロードできるし、聞きたい放題の配信サービスもある。特にこだわりがなければ、無料の動画を渡り歩くだけで、けっこう音楽を楽しめる。何か特定の用途に限定された設備や道具を「所有」するが必要なくなった。テクノロジーやサービス形態が変化したために、所有のための消費活動が不要になったと言える。
日本人は、『方丈記』のような暮らしに憧れるように、昔からコンパクトな生活が嫌いではない。ただ、現代のコンパクト化は、人間関係にも及んでいるらしい。2025年に博報堂生活総合研究所がまとめた『Z家族』という本がある。30年前の若者との比較(データは1994年と2024年)によって、現在の若者層の生活形態や志向を捉えようとする試みで、30年前の若者はZ世代の親たちの団塊ジュニア世代に当たる。
家族関係のなかでも、中心になる親子関係は、時代によって大分様子が違うようだ。Z世代の親の団塊ジュニアたちが若者だった頃の親子関係は、高度成長期に育った団塊世代の親とのギャップがあった。団塊世代にとっての親は戦前の人間で、もっと劇的な価値観の断絶があった。社会・政治体制・通信インフラや世界情勢や経済発展などの違いが世代間のギャップを産み、ギャップは子供の「反抗」になって現れる。
ところが、Z世代には「反抗期がない」と言われる。親の団塊ジュニア世代が若者だった30年前には、バブルがはじけて既に日本経済が停滞し始め、いまとあまり変わらない状況になっていた。コミュニケーション・ツールの面でも、90年代にパソコンが普及して、インターネットの時代が始まっていた。Z世代の親子関係は、それ以前の親子関係に比べると共通の領域が広く、断絶が少ない。「反抗期がない」のではなくて、お互いに了解できる世界観があるために「反抗」する必要がないということらしい。
怖いお父さんやうるさいお母さんがいない。親も子も同じ世界観で暮らしている家庭は居心地がいいらしく、家族がリビングで過ごす時間が以前よりも長くなっているのだという。子供が自分の部屋にこもるのは昔の話で、リビングのソファでスマホのチャットをして、宿題もリビングのテーブルでやる。家族が揃って集まっているといっても、みんなで共通の話題で盛り上がったり、おしゃべりを楽しんだりするのではない。リビングになんとなく「居る」だけで、それぞれが勝手なことをしているのが、「幸せな時間」なのだという。何も言わなくても、自分をわかってくれる家族に囲まれているのは居心地がいい。リスクのない安心な場所が「家庭」である。
「メンター親」という言葉は、博報堂生活総合研究所の造語らしい。「メンター・ママ」は所謂「教育ママ」とは違う。団塊ジュニアである彼らの母親は、大学を出て、TOEICも受験し、就活・就職を経験して、社会の仕組みを知っている。なんでも相談できる頼り甲斐のある最強の存在なのだという。チャットアプリが親子の距離を縮める大きな要因のひとつだという。親子はチャットで常に繋がっていて、頻繁に日常の業務連絡をしている。その会話の中で、母親は子供の様子を「どうしたの?」と聞いてくれるし、子供は何かあるたびに「どうしようか?」「どっちがいい?」とアドバイスを受ける。何と言っても、自分をよく知っていて、自分の話を聞いてくれる母親には、何でも話せる(らしい)。
「自分のことを一番よく理解している相手」を「母親」と答えたのは、1994年には全体の3割弱であったが、2024年では半数以上を占めた。嘗ては「友人」や「恋人」が担っていた役割を、母親が奪った。とくに存在感を落としているのが「恋人」で、むしろ「一番気を遣う相手」の首位が「恋人」になったというのは驚きである。結婚は否定しないが「恋愛」は面倒だという傾向があるのは、そのせいだろうか。父親は、相談相手というよりも、困った問題の持ち込み先で、問題を「解決してくれる」頼れる相手である。とくに金銭的な相談相手は父親で、解決に一肌脱いでくれる。
家族が絶対的安全圏になると、外部に人間関係を求めなくなる。上司や先生よりも「親」が絶対で、上司や教師は「本人と親」をセットにして対応しなければならなくなった。「そんなことをしたら、先生に叱られますよ」というのは、もうありえなくなって、「そんなことを言う先生は、わかっていないのね」と相槌を打ってくれる。 先生や上司が何と言おうと、親は自分の理解者なのだ。
「友達は多いほうがいい」という若者は、1994年には30%以上いたが、2024年では10%に減少した。新しい友達を作るよりも、中学時代の同級生のような昔馴染みとのローリスクな付き合いが好まれる。「居心地がいい」のは、圧倒的に同性で、異性の友達ではない。「同性の友達」と答えたのは、1994年では25.5%だったが、2024年では64.8%に増えていた。親密な同性の友達がひとりかふたりいればいい。
勿論、いまでも新しい友達が欲しい若者も多いし、同性でも異性でも楽しく付き合える若者もいる。この調査結果は30年前との比較であり、Z世代の交友関係が親世代よりも、全体的に縮む「傾向」が見られるということである。
よく、最近の若者は「目立つことを避ける」と言われる。人前で褒められると目立ってしまうから、うっかり褒めると嫌がられる。仲間の輪の中の居場所にひっそり棲息しているのが「安心」なのだという。安心して身を置ける場所があることが「幸せ」で、いまの若者は「幸福感がとても強い」のだそうだ。上の世代にはなかなか想像しにくいが、冬の朝の布団のぬくもりから抜け出せない、あの感覚なのかも知れないな…と思ったりする。
彼らの特徴は、日本の将来や政治経済、世界的問題への関心が薄いことだという。博報堂生活総合研究所が20代から60代までの10歳ごとに、各世代の環境問題への関心を調査したところ、60代が最も強い関心を持ち、若年層になるほど関心が薄れることが明瞭に現れた。20代の関心は60代の半分の値しかない。グレタ・トゥーンベリという少女環境活動家が「大人たちが、若者が生きる将来の環境を壊している」と言って一大旋風を巻き起こしたが、意外なことに、当の若い世代ほど、環境問題に無関心だという結果が出た。環境問題は、彼らにとっては「大きすぎて」自分の身近な問題ではないからだろう。
但し、「地球環境の保護を考えている」と回答する人の割合は、1998年をピークに、すべての世代で年々低下していて、日本人全体の傾向でもある。ゴミの分別など、お金をかけず大して労力も必要のない範囲では、日本人は他国よりも真面目に行動しているのだが、社会ルールでなければ、個人の問題意識が低いために、積極的に参加し行動することは少ない。若者ほどでなくても、日本人全体が内向きに縮小していることになるのだろう。
Z世代は、やり甲斐や生き甲斐を敢えて求めないという。人生を自ら選択するということもなく、選択に必要な情報収集もしない。「なるようにしかならない」という達観というか諦観というか、投げやりにもならずに無理をしない若者像が浮かび上がる。選択は、消費活動に欠かせない要素だが、選択しないのだから消費も低迷する。選択しないでそのままでいられるのが幸せだというのは、選択することを「諦めて」しまっていることだと言えるだろう。余計な欲望を持たないから、彼らは「強い」。おそらく「失われた30年」の日本経済の停滞から導き出された、彼らなりの「解」なのだろう。
『Z世代』の巻末に掲載されているインタビューで、スタンフォードオンラインハイスクール校長の星友啓氏が興味深いことを述べている。若者たちは、日本の典型的な「安心社会」に回帰しているのだという。長く同じ集団に帰属していることで担保される「安心」に居心地のよさを感じるのは、「もし、相手が我々を裏切ったら、その人はムラから追放されるか村八分になる。だから(それを恐れて)誰も裏切らないだろう」という「集団による罰」への依存なのだそうだ。ムラの仲間の「個人個人」を信頼しているのではなく、「集団への帰属」がそれぞれにとっての抑止力として働いているために、裏切る者がいないのだという。
「ところが今の日本社会は、その『安心』を支えていた長期的な関係性——たとえば終身雇用や親会社と子会社の関係、契約書を交わさなくても成立する商慣習などが音を立てて崩れてきていて」「ムラがなくなり」阿吽の呼吸もなくなってしまったのだと、星氏は述べている。そんな不安な社会では、若者たちは家族や幼馴染みなどの「よく知っている集団」に回帰していくしかない、というのが「若者が内にこもる」理由ではないかという。
アメリカの新自由主義が、日本の社会が維持していた習慣を破壊してしまったために、残されたものは「家族」や「昔馴染み」だけになってしまった。30年もの長い停滞も、新自由主義によって、日本の文化や習慣に内在する回復力を壊されたことが関係しているように思われる。アメリカという国は自分たちの正義を疑わないから、相手の文化を破壊することを躊躇しない。(太平洋戦争後に既に日本の破壊を試みていたが、彼らは「そこ」に文化があるということにさえ気がつかないらしい。)アメリカに従属している経団連は、企業の利益を追求するだけで、自らを構成する働き手たちの絆を断ち切ってしまった。
その結果として生まれたのがZ世代であれば、「ムラ社会」がいいとか悪いとかいうことではなく、改めて日本の社会の方向性を考える上で、Z世代の心理がヒントになりそうだ。自立した「個人」は、自分で全責任を引き受けなくてはならず、そのための競争を強いられる。「自立」という「孤立」には耐えられず、そうかと言って、大勢の集団では気を遣う。気心の知れた少人数の仲間うちなら、無理をしないでもいい。アメリカの破壊力にも耐えて残された「家族」や「昔馴染み」にある「安心」が、日本人にとって非常に大きな意味を持っているらしいと、私たちは気づいたのではないだろうか。
しかし、いくら「安心社会」がいいといっても、日本は世界経済から無縁にはなれず、世界との交渉では、国内の慣習が通用しない。異なる文化圏には「安心」はない。「安心」ではない世界との関係には「信頼」が必要で、相手を知ることが重要である。鎖国が許されるような時代ではない。内向きで、世界の情報や社会や政治に無関心のままでは、日本は生き延びられない。自ら情報を集めて視野を広げる努力を放棄すれば、「安心」も破壊される。Z世代は、テレビや新聞だけでなく、ネットニュースも見なくなっているらしい。狭い世界しか見なくなった「狭小化する日本」は、やはり危うい。
『Z家族 データが示す「若者と親」の近すぎる関係』博報堂生活総合研究所 /光文社新書 2025
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