改題第5号(通巻第83号) 読者からの手紙

私のこゝろの不安の原因、ネオリベラリズム

 「人間は“自由”ではなく“役割”を求める」旨を福田恆存が述べ、三島由紀夫は「文化表象賞としての天皇」を説いた。此等と本誌No.11を読み、他に三橋貴明氏のコンテンツを見た事に依り、私が欲していたのは祖国(国家)であり、国民としての自分だったのだと感得した。此を自覚して言動するようになってから、私の心は初めて安定し始めた。

 山形市郊外に育った私は高校二年次に鬱状態を発症し、空虚に閉塞していた地域と家庭から必死に逃れる思いで病を押して都内の大学に進学した。在学中から歴史・政治・経済等に於ける欺瞞の情報を得ては口にしたので、周囲から一種孤立して以後も断続的に精神を患った。就職後も5回休職したが、転職はしていない。我社は敗戦直後創立の伝統的に頗る面倒見の好い中小企業であり、休職を繰返す私にも「折角縁あって入社して呉れた仲間だから」と、依然正社員待遇の儘就労を認めて呉れる有難い会社である。

 我社社員は概ね親切な人々だが、然し中には思考がネオリベに乗取られたような人も居る。然乍ら、皮肉にも私が専ら致命傷を受けたのは寧ろ、ネオリベ的言動に動揺して精神耗弱した折(漱石や朔太郎のように私は生来並外れて神経質である)、親切にも慰めて呉れる人の言葉だった。其の親切な言には何処かネオリベ(特にニヒリズム)の感が伏流していた。私個人の能力を評価して呉れたり、「貴方のような人が居てもいい」と字面としては尋常な事を云って呉れたりしたが、其の伏流からは折々「個人の自由を尊重するのは“絶対に当然”」という臭いが立上り漂っていた。此の伏流はいつか弱い私を殺すと感じた。此れに遭遇する度毎に途轍もなく慄然とした。必ず 寂しさを感じた。昔のアナログアニメのセル画ならば、同場面に居る筈の人物達が、実は別々のセルの上に居る如き無交渉の感を覚え、其処から絶望、虚無に苦しんだ。而して此は同時に、私自身も又ネオリベの侵蝕を免れなかった次第である。(余談だが、私は中学~大学生頃、所謂アニメオタクの傾向があった。今でも二次元系作品に触れる機会はあるし、又云わずもがなアニメ作品には示唆に富んだ超越的な作品も多い。但し当時の私は、何か自分が凡てを懸得る絶対の価値のもの、且つ其の内側に「在る」事に依って必ず安心出来る世界を欲し、意図してオタクになりたがった節があった。其程に不安で寄辺なく虚無的だったのだが、斯様の心理は昨今明らかに「オタク」の規模が広く浅く一般化してきた事 と全く無縁とは思われない。)

 処で私は心の安定を得始めると共に、十五年来引掛かっていた漱石の小説『こゝろ』に就て、一つ自分なりの解釈を得た。作中「先生」が明治(の文化、及び其と等号であり得る天皇)に「殉死」した(然も安らかに)心境が理解された。明治の間「個人」たるに苦しみ続けた後、崩御と共に「過去の人間」となり、歴史を手渡す側になって初めて、先生は「個人」から解放された。「個人」という座敷牢に幽閉され、実家との関係は自ら分断し、婿入りした「家」や学友等あらゆるコミュニティに表面的にだけ(少なくとも主観的には)繋げられ、然も自分の実子を作る事は「できっこない」。横軸も縦軸も絶たれ「呆んやり」していた折、次世代たる「私」が現れ、先生は 先人(詰り「先生」)になり漸く「日本」(或いは「日本国家」)の一員として受容さる安息に至ったのだ。登場人物名が「たった一人の例外」(「先生」の妻、静)を除き匿名、即ち非「個人」性である事は、他の漱石作品には粗無い事からして、意図的であろうと思う。

 元来「個人」は欧米語である以上、厳密には「個人」は欧米にしか居ないと云えよう。日本人は気候風土・歴史文化等様々な条件から、日本人の一人(語源的に「自分」は「自然から分かれたもの」から、「私」は「渡す」から来ていると聞いた事がある)として生きる事は出来ても「個人」として生きるには限界がある、少くとも欧米に於るよりも限界が往々にして早く訪れ得るのではないか。私は個人主義の「個人」という寂しい存在としてよりも、特に現代に於いては、日本国民として、日本の縦軸横軸と共に且つ其の中に在り続け、日本国家の中で生きて死にたい。而るに戦後の思想改造に端を発する現在のネオリベは、斯様な「個人の自由」等許さないのだろう。

投稿者 : 

  • 橋沼千佳(29歳、東京都、会社員)

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