【川端祐一郎】ビットコインの背後にあるイデオロギー

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

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さて、今日はビットコインの話をしたいと思います。
直近では少し価格が落ちてきているようですが、多くの方が指摘されているようにビットコインの値上がりは「バブル」そのもので、400年近く前のオランダで起きた「チューリップ・マニア」(チューリップの球根の価格が急騰し、暴落した事件)を凌ぐ、歴史上最も急激なバブルであるとも言われているようです。(参考記事

しかしバブルという現象自体は珍しいものではないし、ビットコインの価格が「バブル」状態にあるという認識は多くの人が共有しているでしょうから、今さら指摘するほどのことではありません。
それより考えてみると面白いのは、ビットコインがもてはやされた現象の背景にある、イデオロギーや空気のようなものです。

そもそもビットコインは、なぜこんなに注目を浴びるようになったのでしょうか。
ビットコインは、金融機関や政府機構(中央銀行を含む)によって管理されてきた決済や金融取引を、「個人対個人」の関係だけで完結させる仕組みとして考案されたものです。だからその仕組は、「中央集権的管理」から「分散的管理」へのパラダイム転換を起こすものだとも言われます。

詳しい説明は省きますが、「誰が誰にいくら送金した」という事実の確かさを、たとえば口座を管理する銀行が保証するのが「中央集権的管理」です。ビットコインの場合、取引が行われるたびにその事実がネットワークに参加している全員のコンピュータに配信され、みんなでその正しさ(たとえば保有額以上に支払っていないか等)を確認するとともに記録し、その記録を全員で共有するという仕組みになっているので、「分散的管理」と言われるわけです。
また、全員に記録が共有されるため、注意深く参加者の「匿名性」が守られるように設計されています。

しかし現実にビットコインの取引がどうなっているかというと、取引の正しさを検証する作業(その報酬として新規発行ビットコインがもらえるので「マイニング=採掘」とも呼ばれます)は、今では巨大なコンピュータを擁する一部の企業が寡占的に行う状況になっています。それに、ビットコインを入手するには「取引所」での購入が多くの場合不可欠で、取引所に会員登録をして、手数料を払い、本人確認まで行う必要があります。
また、一部の保有者が多額のビットコインを保有しているので、価格が意図的に操作される危険性もあると言われます。それもビットコインはまだマシな方で、他の仮想通貨ではもっと露骨に開発者が大半の通貨を保有しているといったケースもあるようです。

この状況を指して、筑波大学の落合陽一氏がテレビ番組で「サトシ的に正しくない」と表現されていました。このサトシというのは、我々に馴染みの深いあのサトシ編集長のことではなく、ビットコインのアルゴリズムを考案したサトシ・ナカモトという人物のことです。恐らくこれは偽名で、その正体は今も謎のままとされます。

サトシ・ナカモトの論文は今もウェブ上で読むことができるのですが(リンク先参照)、この論文の最初の1〜2ページで強調されているように、”trusted third parties”(信頼される第三者、つまり企業や政府)の監視に頼ることなく、”peer-to-peer”(個人から個人へ)の通信のみで安全に商取引を行えるようにしたい、というのがビットコインのもともとの開発目的です。
「サトシ的に正しくない」とは、この理想が実現しておらず、一部の有力なプレイヤーに事実上支配されてしまっている状況を指したものです。

しかしこの「サトシ的正しさ」そのものは、どこまで正しいと言えるのでしょうか。
ITの分野では、「政府や企業組織による管理を排除して、個人の自由を最大化すべき」といった価値観が強く主張される場面が多々あります。スティーブ・ジョブズがアップル社を創業した際も、コンピューティングの能力が大企業に独占されているのが許せないので、「パーソナル・コンピュータ」を販売して個人の力を解放するのだという理念が謳われていました。
初期のアップル社のCMには、コンピュータ産業を牛耳っていたIBM社を、ジョージ・オーウェルの『1984』に登場する独裁者ビッグブラザーになぞらえて批判するものもあり、あからさまに「反権力」的な姿勢を表明していたわけです。

これらが、1960年代から70年代にかけて盛り上がった、ベトナム反戦やヒッピーやロックンロールに代表される「カウンターカルチャー」の影響下にあることは間違いありません。リチャード・バーブルックというイギリスの社会科学者らは、カウンターカルチャーが技術的ユートピア主義と結びつき、アメリカ西海岸を中心とするIT産業を方向づけることになったこの個人解放思想のことを、「カリフォルニアンイデオロギー」と名付けています。(彼らの議論は少し複雑で、カウンターカルチャーと新自由主義がじつは「アンチ国家」などの点で類似していたため接近し、結果的に西海岸のIT産業も、個人の力を解放するどころか単にエリートを豊かにしただけで、新たな格差社会を生み出す結果になってしまったのだ、と批判したのでした。)

サトシ・ナカモトの論文自体は、ビットコインが「小規模な取引のコストを下げる」という点を強調しているもので、あからさまに「反権力」的な志向を表現しているわけではありません。しかしその「みんなで確認する」仕組みは、善意の参加者が多数を占め、特定の参加者に力が集中することはないだろうというユートピア的楽観に基づいていて、やはりカウンターカルチャー的なものの残り香を感じるところがあります。
また、ビットコインを礼賛する声の中には、「国家や大組織というのは、基本的に邪魔ものである」という、イデオロギーというよりもそれが薄められて気分と化したものとしての「空気」が漂っていたように私は思います。

重要なのは、それにもかかわらず、現実のビットコインは「サトシ的に正しくない」方向に傾いていったということです。こういう矛盾が起きたのは、サトシ的理想(カリフォルニアンイデオロギー的な空気)において、人間や社会に対する洞察が不足していたからでしょう。

第一に、そもそも「政府や大企業に管理されたくない」という願望自体がある種偏屈なもので、一般の人々はそんなことに強いこだわりは持っていないのです。普通の人が決済手段に求めるのは、「手数料が安く、簡単に決済できること」でしょう。ちなみに今のビットコインは、「みんなで確認する」という仕組みの都合上、決済に非常に時間がかかる状態になってしまっており、また取引所に払う手数料まで考慮すると大して安価な送金手段でもなくなっています。
根っからのアナーキストやマネーロンダリングを必要とするような闇社会の人々にとっては、サトシ的に正しいビットコインが必要だったかもしれませんが(実際、初期にはそういう動機に支えられて普及したのだと思いますが)、多くの人にとってはそれは理想たり得ないのです。

第二に、政府や企業組織というものは、邪悪な意思を持った権力者が我々を搾取するために作り出したものではなく、我々自身が社会関係を上手くコントロールしていくのに必要とし、作り上げているものだということです。だからこそ、決済システムをどのように設計しようとも、その運用に当たっては、必ず「権力」的なものや「組織」的なものが関与してくると考えるべきでしょう。
取引を台帳に記録する事務がいかに「分散的」なシステムで自動化されようとも、取引そのものは「人間と人間の関係」なのであって、どうしても文化性、権力性、道徳性などから逃れることはできないのです。

ビットコインが残念な代物になっている背景には、落ち着きのない金融市場の問題や、非効率な実装になっているという技術的な問題もあるとは思います。しかしそれらと並んで、「それを牽引した思想が、じつは陳腐なものだった」という可能性を考慮しておくのは、有益だと私は思います。
人間や社会をめぐる「思想」というのは、ビジネスにおいてもエンジニアリングにおいても大事なものです。なぜなら、どのような製品や技術が役に立つものとして受け入れられるかは、人間の「価値観」に拠っているからです。

人間観や社会観が歪んでいると、技術が持っている可能性を過大評価したり過小評価したりするでしょうし、投資の判断を間違えることもあるでしょう。そう考えると、この現代の技術社会を率いているエンジニアや投資家の方々にとってこそ、社会科学や人文学の素養が重要になるのかもしれません。

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