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【柴山桂太】普通の市民が英雄になるとき

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

良い映画を見ました。クリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』です。

この映画は、2015年に起きた銃乱射事件を描いています。アムステルダム発パリ行きの高速列車でイスラム過激派の男が発砲。大パニックになった列車内で、たまたま乗り合わせていたアメリカ人の若者三人組が、見事に男を取り押さえたという事件です。

三人は幼なじみで、たまたま欧州を仲良く旅行している最中でした。物語は、彼らの幼少時代、大人になってからの話、欧州の旅行、そして当日の出来事と進んで行きます。

面白いのは、三人を演じているのが本人たちということ。つまり、この物語の主人公を演じているのはプロの俳優ではなく、本当にその場に居合わせた三人の、まだ二〇代のあんちゃん達なのです。

なので、画面に華がない。三人とも、なかなかいい顔をしているのですが、そこはやっぱり役者と違って、存在感が希薄です。母親役の女優と一緒の画面に映ると、画面の輝き方が違うので、女優の方にばっかり眼がいってしまいます。

なるほどプロの役者とは凄いものだな、と妙なところで感心してしまったのですが、しかしここに監督の狙いがあったと考えることもできるでしょう。この映画は、三人を、特別な英雄として画面に焼き付けていない。現代社会のどこにでもいる、「ごく普通のあんちゃんたち」として描くことに徹しているのです。

実際、三人はどこにでもいそうな若者たちです。学校では問題児で、親に心配ばかりかける子供でした。でも、心根は正直で、いずれは人の役に立ちたいと素朴に思っている。『表現者criterion』の原稿でも扱った「エニウェアーズ」「サムウェアーズ」の分類でいくと、後者の典型のような青年たちです。

三人のうち二人は軍隊に入り、うち一人(それがこの物語の実質上の主人公です)は、人を救いたいと空軍の救護兵になります。そんな三人組が、たまたま乗り合わせた車内で起きた、突然の禍々しい出来事と向き合う羽目になった。そして三人の中でも一番冴えない、大柄で鈍重な青年がもっとも活躍することになるのです。

などと書くと、「平凡な青年が勇敢に戦う物語ね」と思われる方もいるかもしれません。確かにそう言えるのですが、この映画はそんな単純な要約では収まらない、もっと深い仕掛けが張り巡らされているように思えます。

イーストウッドの映画は何本か見ていますが、この監督は、登場人物に降りかかる運命を浮かび上がらせるといいますか、人生で起きた「偶然」が、物語の進行を通じて「必然」へと転換していく様子を描くのが本当に巧みです。その本領は、この作品でもいかんなく発揮されています。

ごく普通のあんちゃんが、どこにでもある旅行でありふれた楽しみを満喫している最中に、突如、巨大な危機に出くわす。すると、それまでの華がなかった画面が一気に転換して、希薄だった三人の存在感が強烈に際立ち始める。その瞬間の描写は感動的で、何度も見返したくなるような魅力がありました。

実は、犯人を取り押さえるときに、ある「奇跡」が起きます。結果的にそれが生死を分けました。しかし、この映画はその奇跡を、いかにもな奇跡として仰々しく描いていない。観客が「え?」と思っているうちに、あれよあれよという間に話が進んで犯人が取り押さえられてしまいます。

見終わって気づくのですが、実はここに映画の主題があったように思えます。最後のあれが「奇跡」だというなら、三人がこの列車に乗ったのも、(元々は旅程になかった)アムステルダムに立ち寄ったのも、そもそも欧州旅行を三人ですることになったのも、全ては偶然の産物、つまり奇跡の連続でした。

もっと言えば、主人公が軍隊に入ったのも、あるいは学校でたまたま出会ったのも友達になったのも、彼らの人生のあらゆる断片はすべて偶然の連続だった。この映画は、それらが列車テロの現場に居合わせた場面で、一気に「必然」へと転換していく物語なわけですが、考えてみれば、このような転換は何も映画の世界だけで起こる特別なものではありません。

誰の人生だって、微細に観察すれば偶然や奇跡の連続で出来ています。この三人の場合は、たまたま大きな事件で活躍したことで「英雄」になりました。しかし、本当に大事なのは結果ではなく、そこに至った経緯です。

人生のあらゆる偶然が、危機を経験することで、全てが「意味」あるものに転換していく。その人の人生の歩みが、ある決定的な場面で一気に凝縮して現れてくる。振り返れば、誰の人生にも似たような事は起きうるし、現に起きているのではないか。そんなことを考えさせられる映画でした。

プロの俳優が演じていれば、そんなことは考えなかったでしょう。良く出来た英雄的な物語として楽しめるものになったはずです。しかし監督は、おそらくそうしたくなかった。列車テロはかなり特殊な事件ですが、本当に描きたいのは事件そのものではなかった。普通の市民のどの人生にも起きうる「限界状況」と、そこでの振る舞いを観客に考えさせるものとして、この物語に普遍性を持たせようとしたように思えます。

調べてみると、この作品を傑作という人もいれば、駄作という人もいるなど、賛否が分かれているようです。そのどちらが正しいのかを確かめるためにも、映画館に足を運んでみてはいかがでしょうか。

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