【柴山桂太】経済学の本質は「診断学」にあり

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

その昔、経済学者のジョーン・ロビンソンは次のように書きました。

「経済学を学ぶ目的は、経済学者にだまされないようにするためである。」

この言葉は、有名になりました。あまりに有名になりすぎたため、元の文脈を離れて一人歩きしている感もあります。

この文章が出てくるのは、「マルクス、マーシャル、ケインズ」と題された1955年の講演録(”Contributions to Modern Economics”という本に収められています)なのですが、その結論部分でロビンソンは、おおよそ次のように述べています。

経済学で大事なのは、一つの経済理論を信じることではなく、その時々の状況に応じて適切な経済理論を当てはめることだ。

どんな状況でも一つの経済理論を当てはめるべきだ、というのは科学ではなくイデオロギーである。

例えばケインズの経済理論は、あくまで生産能力が十分に備わった国々で発生する失業にについて当てはまるものである。この考え方は、生産能力が欠如している国々で生じる失業問題には当てはならない。

生産能力が欠如している状況で需要を拡大しても、インフレが昂進されるだけだからだ。「つまり、出来合いの答えを与えてくれる経済理論などないのである。盲目的に従ってしまうと、どんな理論もわれわれを迷わせるだけである。」

つまり大事なのは状況の判断であり、その状況に見合った経済理論を適切に選び出して、われわれの政治目的(例えば失業を減らす)と結びつけることである、というのがロビンソンの講演の結論でした。

そして最後に出てくるのが、冒頭の言葉です。正しくは次のように書かれています。

「経済学を学ぶ目的は、経済問題についての出来合いの答えを得るためでなく、経済学者にだまされるのを避けるためである。」

これを分かりやすく言いかえると、次のようになるでしょう。

経済学者は、その時々に支配的な学説を、唯一の正しい科学的理論であるかのように言いがちである(さらに言うと、世論もそのように受け取りがちである)が、それが間違いのもとだ。

経済問題に出来合いの答えなどない。その国の状況によって、取りうる解は違う。経済学には、タイプの異なるさまざまな理論がある。重要なのは、現実の問題にそのどれを当てはるのが適切であるかを考えることだ。そこに経済学を学ぶ目的がある。

あの有名な言葉の裏側には、そのような意図が込められていたのです。そしてこれは、実に健全な考え方のように思えます。

この2月、ダニ・ロドリックの新刊の日本語訳が出ました。

『エコノミクス・ルール ― 憂鬱な科学の功罪』
(柴山桂太・大川良文訳、白水社、2018年)

(Amazon)https://www.amazon.co.jp/dp/4560095981/
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この本のテーマは、経済学はどのような意味で科学と言えるのか、です。

現代社会は、その中に暮らす誰もが経済問題に関心を持たざるをえない社会です。国家の政治問題は、その多くが経済に結びつけられ、時に世論を二分する論争を引き起こします。

したがって経済を専門に扱う経済学者の地位は、他の社会科学者に比べて高くなる傾向にあるのですが、ここに大きな問題が生じる。「経済学者はよく間違える」(本書14頁)という問題です。

そのため自然科学者は、経済学をまともな科学ではないと見なしています。世間の人々は、経済学が複雑な現実を単純化しすぎていて、視野が狭く、世の中を間違った方向に誘導していると非難しています。

一方、当の経済学者は専門誌に論文を書くのに熱心で、大半が現実の経済問題に発言しようとしません。だからどんなに批判されても、どこ吹く風と聞き流す傾向にある。

この現状にメスを入れたのが本書です。非経済学者のよくある誤解をときつつも、主流派の経済学者が陥りがちな罠を指摘して、経済学に本来課せられていた「診断学 diagnosis」としての役割を取り戻そうとするのです。

重要なのは、経済学のモデルが現実を単純化しすぎているという批判は、批判になっていないという指摘です。科学は複雑な現実のある一面を切り出して、単純化するところに真価を発揮します。現実の多様性をすべてモデルに取り込もうとすると、縮尺1:1の地図のようになってしまうため、社会問題の解決に役立ちません。

なので、単純化それ自体は科学の宿命なのですが、問題は、「あるモデルを唯一のモデルとして、どんな状況にあっても関連づけたり適用したりしようとする間違いを犯しやすい」(15頁)ところにあるのです。

この問題意識は、そうと言及されているわけではありませんが、先に挙げたジョーン・ロビンソンのそれを踏襲するものと言えます。

いつの時代にも、経済学者は(そして世論も政策担当者も)、一つのモデルに過ぎないものを「唯一の」モデルだと錯覚しやすい。ここに、経済学を取り巻く不幸の源泉があるという本書の主張は、ジョーン・ロビンソンが60年前に行った警告と、深いところで響き合っているように思えます。

著者のロドリックは、前著『グローバリゼーション・パラドクス』(白水社)で、グローバル化の実現には国家主権か民主政治のどちらかを犠牲にせざるを得ないとする「世界経済の政治的トリレンマ」仮説を提示して、世界的に話題になった経済学者です。

社会通念上は見落とされているが、言われてみればその通りと思える「常識」を、鋭い論理で浮かび上がらせる手練の筆裁きは、本書でも健在です。

最近の政策論では、必ず経済学の理論が持ち出されます。しかし、それが本当に唯一無二の理論であるのか、別のもっと適切な理論がないのか、よくよく疑ってみなければならない。経済学に何が出来て、何が出来ないのかを考える上でも、本書は有益な内容になっていると思います。

*なお、白水社のHPで「はじめに」が立ち読みできます。ご関心の向きは、是非、参考にしてみてください。
https://www.hakusuisha.co.jp/book/b345228.html

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