『表現者criterion』メールマガジン

【川端祐一郎】憲法とは何なのか?

From 川端 祐一郎(京都大学大学院助教) 

先日ある弁護士の方から、憲法改正についてどう思いますかというメールを頂きました。政府が昨年来、現行の9条を残したまま自衛隊の存在と活動に正統性を与える条項を追加するという案に言及していて、そんなけったいな改正案では戦後日本が抱えてきた矛盾がそのまま明文化されるだけであって、問題の解決には全くなっていないという批判が、護憲派からも改憲派からも出ているようです。

この憲法改正問題について考える時、私を含めて憲法の専門家ではない人間にとって一つの難点だと思うのは、「憲法で何をどこまで規定しておくべきなのか」があまりはっきりしていないということです。最近、井上達夫・堀茂樹・伊勢崎賢治・吉田栄司・伊藤真・今井一・楊井人文各氏らの討論を収めた『戦争、軍隊、この国の行方――9条問題の本質を論ずる』という本を読んだら、その討論会でも「安全保障について憲法にどこまで書き込むべきか」が議題に挙げられていたのですが、あまり明示的には言及されていませんでした(討論会全体としては興味深い内容です)。

憲法のレベルで安全保障政策をどこまで統制すべきなのかということを明確にするためには、安全保障をめぐる各論の前に、そもそも「憲法とは何なのか」についての理解が広く共有されている必要があります。憲法改正について国民的な議論を起こすのであれば、各論ももちろん大事なのですが、憲法や法律の専門家の方々にはそういった原理論的な話題についても詳しく論じて頂く必要があるのではないかと思っています。

ここ数年、「立憲主義」という言葉がよく聞かれるようになりました。もちろん立憲主義という言葉自体は古くからあって、中高の公民の教科書にも出てきたと思いますが、もともと一般的な報道等にはほとんど出てこない用語でした。実際に新聞報道を集計してみたら、2013年から突然頻繁に登場するようになっているのですが、これは安倍首相が「憲法96条の改正」、すなわち憲法改正のハードル自体を下げてしまえという提案をしたのに対して、「それはさすがに立憲主義に反するのでは」という批判が起きたのがきっかけです。

それ以来「立憲主義」を語るのがここ数年のあいだブームのようになっていて、「立憲」を党名に掲げる新党まで誕生しましたが、その意味は何なのかというと、「憲法とは、国家権力を縛るためのルールである」という考え方のことだと説明されることがほとんどです。それは欧米で生じた市民革命の歴史的経緯としてよく分かりますし、憲法学の教科書を見てみれば、現代の民主主義社会にあってはそれは「多数者の専制」(多数派の暴走)を防止することをも意味するのだとしっかり解説してあって、なるほどと思います。

しかし私のような非専門家から素朴に見ると、憲法には「権力を縛るためのルール」という特徴づけには収まらないのではと思われる側面もあって、今ひとつこの立憲主義の説明が腑に落ちないところもあります。憲法学の教科書も何冊か読んだことがあるのですが(手元にあるのは芦部信喜『憲法 第六版』、野中俊彦ほか『憲法 I・II』、安西文雄ほか『憲法学読本 第2版』)、まさにその教科書に書いてある内容自体に、「国家権力を縛るためのルール」とは思えないようなものが含まれていたりします。

たとえば、憲法は「授権規範」、つまり「権力を授けるための根拠」でもあると言われます。憲法に基づく手続きを経て初めて、たとえば安倍晋三氏という人物は一国の首相として権力を行使することができるというわけです。しかしそうなのであれば、憲法を「権力を縛るためのルール」と呼ぶよりは、「権力に根拠を与えるとともに、それを統制するためのルール」と言っておくほうが正確でバランスが良いように思います。

また、日本に限りませんが、憲法にはいわゆる「社会権」に関する条項、つまり社会保障・福祉政策の根拠となる規定があります。近代民主主義の成立の歴史を見ると、まず最初は「権力からの自由」の確保、つまり君主の権力の制限が必要であった。その後は次第に市民による政治参加、すなわち「権力への自由」の実現が目標となった。さらに20世紀に入って、国家が福祉政策を通じて国民の社会権を担保すること、すなわち「権力による自由」が求められるようになった。
教科書にそう書いてあるのですが、「権力による自由」というようなものが憲法に書き込まれているのであれば、それはやはり「権力を縛る」というコンセプトの枠からは外れているように見えてしまいます。

他にも、たとえば日本国憲法には、「勤労の義務」「納税の義務」「(子供に)教育を受けさせる義務」という3つの国民の義務が規定してあります。しかし憲法学の教科書ではこれらをほとんど解説しないことになっているようで、上述の教科書では唯一、野中らの教科書に少し説明がありましたが、1000ページ以上あるうちのたった5ページでした。日本国憲法の特徴は人権を強く保障する点にあるので国民の義務を強調することの意義は乏しいとか、義務は法令で個別に規定するのが相応しいというのが理由らしいのですが、条文として現に書いてあるものを「意義が乏しい」と言って済ませてよいというのは、一般に分かりやすい話ではありません。
また、その野中らの教科書では、勤労の義務については「働かざる者食うべからず」という「社会国家の根本原理」を定めたものだと解説されており、これもどうも「国家権力を縛る」という趣旨には沿っていないように思えます。

私は、「憲法は権力を縛るためのルールである」という理解そのものに反対したいわけでもないのですが、「憲法とは何なのか」についての考え方次第で「各条文がどのような規定であるべきか」も変わってくるわけですから、その種の議論がもう少し活発であってもいいのではないかと感じています。たとえば、憲法には国民の義務もしっかり規定してあるべきだと構えるのであれば、9条改正の議論と合わせて「国防の義務」のようなものを書き込むことの是非も論点になり得ますが、権力を統制するのが本旨なのであれば「意義が乏しい」ということになります。

安倍政権下で改憲が実際に提案されるのだとすると、現実の政治的な動きはそうした悠長な議論の余地を許さないものになるのかも知れません。しかし総論が曖昧なままで各論に入るのが妥当であるとも思えないし、憲法改正の議論が盛んになりつつある今だからこそ、憲法に関する基礎的・原理的な理解を掘り下げるような検討もあわせてしっかり行われるべきではないかと思っています。

 

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