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【柴山桂太】崩れゆく専門家「神話」

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

日銀の黒田総裁が再任されました(任期は2023年まで)。メディアでは、次の課題は「出口戦略」だと盛んに言われています。果たしてそうでしょうか。

むしろ、懸念すべきは次の金融危機であるように思われます。グローバル化した経済では、世界的な金融危機が周期的に起こる。これは、もはや疑うべくもない事実です。

前回のリーマンショックは、アメリカの景気後退が引き金になりました。「次の景気後退」がいつ起きるかは予想できませんが、2023年までには起きて不思議ではありません。その時、どんな対策があり得るのか。

悪いシナリオは、日本が「出口戦略」に入ろうとしているときに、次の金融ショックが起きるというものです。いまは安倍政権と日銀は緊密な連携を取っていますが、次の政権(やその次の政権)が同じような関係を築けるという保証はありません。黒田総裁の二期目は、一期目以上に難しい舵取りを迫られることになるでしょう。

今月号の『中央公論』に興味深い論文が載っていました。アナリース・ライルズ「中央銀行の正当性が世界中で問われている」です。著者は人類学者で、経済学者とは違う視点から、最近の欧米社会で広がる、中央銀行への不信を分析しています。

2016年のアメリカ大統領選挙で、トランプはFRBのイエレン議長(当時)を盛んに「口撃」しました。意図的な低金利で、オバマ政権を側面支援しているというわけです。トランプだけではありません。議会にはFRBの強い権限への不満が渦巻いており、金融政策の決定過程を議会が監視せよとの声も高まっています。

欧州でも、EU・ユーロ体制への不満が、ECBへの批判となって現れています。「誰の監視下にも置かれていない顔の見えない官僚たち」が、各国の国情などおかまいなしに政策を実行している、というわけです。

中央銀行の金融政策は、高度な専門性が要求されるため、政治的な独立が保証されています。金利をどの水準に定めるか、量的緩和を継続するか否かなどの決定は技術的な問題であって、その時々の政治・文化状況とは無関係だというのがこれまでの考え方でした。

ところが最近は様子が変わっています。金融危機時に銀行を優先的に救済したのは、中央銀行とウォール街に癒着関係があるからではないか。危機時に外国政府に対して準備資金を融通しあう通貨スワップは、何か特定の政治的思惑に基づいているのではないか。ポピュリズムの波が高まるなかで、そのような疑念や陰謀論が大っぴらに語られるようになったのです。

これを、専門知識に対する無理解と批判するのは簡単です。しかし著者は人類学の観点から、この状況を、専門家と一般市民の間で広がる「文化的分断」と捉えています。高度に専門的な事柄は、政治的に中立な専門家集団の決定に任せたほうがよいという前提が崩れてしまった。そして、いったん揺らいだ正当性を、元に戻すのは容易ではない。この認識から出発して、専門家と市民の間をつなぐ新たな「語り」(物語)が必要だと訴えるのです。

専門家の「神話」は崩れてしまった。そして、いったん崩れたものを元に戻すことはできません。それを著者は次のように説明しています。

「神話について、人類学者がよく知っていることが一つある。近代化、改宗、占領、あるいはその他の理由で神話に説得力がなくなった時、その権威を回復させるのは容易ではない、ということである。」

専門家不信は、これは日本でも起きていることです。原発行政に対する反発の高まりはその好例でしょう。あるいは、官僚主導から政治主導への転換を目指した、この間の行政改革も、個別政策は官僚という専門家に任せるべしという「神話」が、説得力を失ったことの表れと考えることもできます。

中央銀行の独立性を脅かすような動きは、まだ欧米ほど顕著ではありません。しかし、専門家不信の風潮は、早晩、この領域にも及んでくることでしょう。「次の金融危機の解決法は、2008年の危機以上に政治的に複雑なものになるであろう」という著者の警告は、日本にも当てはまります。

中央銀行と一般市民の間に広がる溝を埋めるには、市民が金融市場のガバナンスに知識や関心を持つだけでなく、中央銀行が非専門家の意見を幅広く取り込む改革が求められると結論づけています。確かに、それが穏当な結論でしょう。しかし、現状ではその道のりは遠いと言わざるをえません。

繰り返される金融危機の中で、中央銀行の正当性が徐々に掘り崩されていく。一昔前の専門家システムには戻れず、かといって新しいシステムには移行しきれないという不安定な宙づり状況が、まだまだ続くものと思われます。

現代の危機は、専門家が正しい解決を導けないところにあるのではなく、専門家が正しいとする解決を一般市民が信じることができなくなったところに生じている。ポピュリズムは、この不信を養分として生長していく現象です。なぜ、こうなったのか。私には、専門家の側に(以前の原稿で用いた言葉を用いれば「エニウェアーズ」の側に)より多くの責任があるように思えますが、この問題をここで詳述する余裕はありません。

ただ、専門家不信の風潮が、政策の効果を削ぐ方向に作用するのは確かでしょう。この問題にどのように介入するかは、これから日本でも重要な課題となります。

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