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【柴山桂太】大地震の後で

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

まだ肌寒さが残るポルトガルの首都リスボンを訪れました。高台から見渡すと、市街地のオレンジ色の屋根が青い空に映える、美しい街です。

欧州債務危機を体験したポルトガルですが、いまは最悪の状態を脱しています。GDPは2013年頃から回復に向かい、ようやく危機前の水準に戻ってきました。失業率も、ギリシャやスペインに比べれば低く、PIIGS諸国の中では恵まれた方と言えるでしょう。

ポルトガルは、大航海時代を先導した国として知られています。リスボンは中継貿易の拠点として世界中の物産が集まり、「世界の倉庫」と呼ばれていました。貿易の富は建築に惜しみなく使われ、今もこの時代の建造物をいくつか見ることができます。

よく知られているように、ポルトガルの商業大国としての地位は、オランダやイギリスによって脅かされていきます。18世紀に入るとポルトガルの落日は決定的なものになっていましたが、そこに追い打ちをかける事件が起こります。1755年のリスボン大地震です。

リスボン大地震は、1755年11月1日に起きました。この日は、ちょうどカソリックの祭日であったことから、教会にたくさんの人が集まっていたと言います。地震発生で建物は倒壊、倒れたろうそくが燃え移って広い範囲で火災を引き起こしました。

その後、今度は10メートルを超える津波がやってきて低地を飲み込みます。リスボンはいくつもの丘で構成された、坂の多い街ですので、津波が街全体を飲み込んだわけではなかったようですが、それでも数多くの市民(それも地震で避難していた市民)を飲み込みました。

地震、火災、津波がもたらした惨劇のニュースは、二週間から一ヶ月をかけて欧州全体に広まり、当時の知識人層に大変な衝撃を与えました。悪徳栄えし商業都市への神罰だという者もいれば、なぜ神は敬虔な信者に罰を与えたのかと神意を疑う者もいるなど、この事件の解釈をめぐって活発な論争を呼び起こしたようです。

ヴォルテールの『カンディード』には、主人公が体験する受難の一つとしてリスボンの大地震が登場します。そもそもこの作品は、大地震の衝撃からヴォルテールが執筆を構想したものでした。他にも、地震研究が盛んになり、それらの研究がカントの崇高論に影響を与えたなど、当時の啓蒙主義思想にも巨大なインパクトを残したことが知られています。

今回、リスボンに行って初めて知ったこともありました。地震による壊滅的な打撃の後で、迅速な復興が行われていた、ということです。中心になったのは、一人の政治家でした。

セバスティアン・デ・カルヴァーリョ、後のポンバル侯爵は当時すでに、国政の実権を握る有力政治家でしたが、リスボン地震をうけて迅速に行動を起こします。

パニックに陥った国王(閉所恐怖症になり、400もの部屋を備えた仮宮殿をつくらせてそこで一生を終えたそうです)を尻目に、破壊された市街地を視察。食糧配給と治安確保に邁進します。悪党対策として窃盗犯を取り締まり、また盗品の持ち出しを防ぐため港の監視も強化しました。

そのすぐ後には、都市再生のプロジェクトを立ち上げ、地震から3年後の1758年には、新しい市街地を再建します。海に面した広場と碁盤目状の街路で構成された地区(バイシャ地区)は、近代都市計画のモデルとも言われ、他の都市計画のモデルともなりました。その町並みは今も残り、リスボンの中心地として毎年たくさんの観光客を集めています。

また、この大地震では、イギリスやフランス、ドイツ、オランダ、そして(ポルトガルの植民地だった)ブラジルからもたくさんの義援金や、都市計画の専門家が集まりました。リスボン復興は、国際的な「人道主義」の先駆けでもあったわけです。

以上は、たまたま訪れたリスボンの歴史を展示する博物館(Lisboa Story Center)で学んだことです。印象に残ったのは、リスボン大地震のすさまじさより、復興のドラマの方でした。この時、陣頭指揮をとったボンパル侯爵の決断があまりに早かったので、「地震を予知していたのではないか」との噂がたったそうです。

現実には、地震を予知していたわけではありませんでした。リスボンでは一八世紀に入って大きな地震が3度起きていたことから、いつ起きてもおかしくないと備えていたのではないか、と言われています。

東日本大震災から7年が経過し、震災の記憶も徐々に薄らいでいます。日本では今も、大都市に人口が集中し続けていますので、東京直下地震や南海トラフ地震が発生すれば、被害がとてつもなく巨大なものとなるおそれがあります。

地震の予知は人知の限りではありませんが、地震災害の被害を小さくすること、起きた場合の復興を迅速に行うことは人知の範囲です。その当然の原則を確認した、リスボンの一日でした。

 

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