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【柴山桂太】グローバル企業の苦境

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

トランプ大統領が中国向けの新たな制裁関税を示唆するなど、米中の貿易戦争に一段と拍車が掛かっています。

今回、アメリカは1000億ドル規模の中国製品に10%の追加関税を課すとしました。中国は猛反発し、対抗措置を講じるとしています。ただ、中国の対米輸入はそれほど多くないため、かわりに中国で事業を展開するアメリカ企業を狙い撃ちにするのでは、と言われています。

たとえば大手コーヒーチェンのスターバックスは中国事業が好調で、「15時間に1店」の割合で新店舗が開業していますが、貿易戦争がエスカレートすると、今後はこうした事業が狙い撃ちにされるかもしれません。

これからグローバル企業は苦境に立たされる場面が出てくるものと思われます。しかし、統計を見るとこれはトランプ関税が原因ではないことがわかります。トランプが登場するもっと前から、世界の投資(直接投資)は減退傾向にあったからです。

直接投資が世界のGDPに占める割合は、2007年には5.4%でした。それが2016年には2.6%と、半分に落ち込んでいます。先頃国連(UNCTAD)が発表した直近の統計だと、2017年の直接投資は前年比で23%のマイナス。グローバル企業の外国向け投資(企業買収や生産拠点の移転など)は、金融危機後、ずっと低調のままなのです。

これは歴史の潮目が変わりつつあることを意味しています。ベルリンの壁が崩壊した1989年からサブプライム危機が発生した2007年までの約20年間は、企業が積極的に海外に進出した時代でした。人件費の安い中国などの国に生産拠点を移し、最適なサプライチェーン(供給網)を組んで事業を展開する。

貿易の主役も企業内貿易になり、ビジネス上の人の行き来も活発になるなど、多国籍企業はグローバル経済の「司令塔」の役目を果たしてきたわけです。ところが、金融危機後の10年で状況は変わりました。

直接投資が落ち込んでいる理由はいくつも考えられます。よく指摘されるのが、中国の人件費の高騰ですが、それだけではありません。欧米の税当局の目が厳しくなり、企業の節税目的での投資が難しくなってきたこと。また、グローバル企業よりもリーチが短い「ローカル」企業が力をつけてきたという点も重要です。

今週号の英誌エコノミスト(6月16日号)に、グローバル企業の収益の柱が、国外から国内へと移行しているという記事が出ていました。同記事によると、2015年以後、グローバル企業上位500社の収益は、国外部門が12%増だったのに対して国内部門は30%も増えています。

また、多国籍企業の収益の伸びが11%だったのに対して、ローカル企業は12%の伸びだったという統計も紹介されていました。この数字は何を意味するのか。まず、グローバル企業は以前ほど、海外事業で稼げなくなってきたということ。そして、規模の大きい多国籍企業より、ローカルな国内企業の方に勢いがある産業分野が増えてきた、ということです。

もちろん、これは統計数字から見えてくる大ざっぱな傾向に過ぎません。個別に見れば、海外事業の方がまだまだ稼げるという業種もあることでしょう。しかし、グローバルな投資が以前ほど高い収益を上げなくなってきたという事実は、経済の今後を考える上で重要な判断材料となるはずです。

その上、これからは政治要因が加わります。トランプは、外国企業による半導体大手のクルアコムの買収を、安全保障を理由に拒否しました。カナダも、国内最大手建設企業エーコン・グループの中国資本による買収を、やはり安全保障を理由に拒否しています(中国は報復措置を示唆)。企業買収に国家の監視が入るのは、今や避けがたい趨勢です。

グローバル企業にとって恐ろしいのはトランプ関税そのものではなく、トランプ政権が(また他国の政権も)今後どんな措置をとるか分からないという点にあります。関税をさらに引き上げるかもしれないし、あるいは別の手を打ってくるかもしれない。ある日突然、政策が変更されて元の路線に戻るかもしれない。この不確実性こそ、グローバル企業がこれから直面する最も高い壁です。

一方、国内のローカル企業はこれから各地で勢いを増してくるものと思われます。各国政府は国内投資を促進する産業政策を相次いで打ち出しています。ここに有効なインフラ投資が加わると、一〇年後~二〇年後の世界経済の地図は、今とはまったく違ったものになっているかもしれません。

先に直接投資は世界的に減退傾向にあるとの統計を示しましたが、日本は例外です。金融危機後も、海外への直接投資は伸び続けています。一方で、国内投資は低調のままです。人口減少で内需は期待できない、これからは外の市場を取り込むのだ、という固定観念が今なお幅を利かせているためでしょう。

しかし、世界のトレンドは明らかに変わってきている。経済社会の構造変化と、短期の効率性を犠牲にすることも厭わない政治勢力の台頭で、世界経済が「フラットな競技場」であるかのように見なされる時代は、確実に終わりつつあるのです。

この潮流変化でもっとも打撃を受けるのは、日本となるでしょう。好調な海外事業で今は高い収益を叩き出している日本の大企業も、いずれ始まる世界的な景気後退と、主要国の政治リスクの更なる高まりで、苦境に立たされるところが続出することになるでしょう。それは、歴史の趨勢を読み間違えたことの、当然の帰結なのです。

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