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【施光恒】自由民主主義の終わり?

施光恒

施光恒 (九州大学大学院教授)

最近、雑誌などの論説で自由民主主義諸国の相対的地位の低下を論じる論考をよく見かけます。

近年、中国やインド、ロシアといった新興諸国の経済が急激に成長したこと、そして米国や欧州、日本などのいわゆる先進自由民主主義諸国の経済があまり好調ではなく世界に占める相対的地位が没落しつつあることが、こういう論考の生じる原因でしょう。

近い将来、自由民主主義諸国は、支配的な地位を世界で占めることができなくなってしまうのではないかという懸念が表明されることが多いのです。

たとえば、『フォーリン・アフェアーズ・リポート』誌の2018年6月号に掲載されているヤシャ・モンク氏とロベルト・ステファン・フォア氏の共著の論説「欧米経済の衰退と民主的世紀の終わり」(原題”The End of Democratic Century: Autocracy’s Global Ascendance” (「民主主義の世紀の終わり:専制政治のグローバルな台頭」)です。

この論説では、モンク氏らは次のように述べます。

北米、欧州、豪州、日本という戦後、ソビエトに対抗して西側陣営を結成した自由民主主義諸国は、19世紀末以降、世界の所得の大半を占有する地域だった。だが近年、これらの諸国が世界のGDPに占める割合は半分を割り込んでいる。国際通貨基金(IMF)の予測によれば、今後10年でその比率は3分の1に落ち込む。

他方、中国やロシア、イランやサウジアラビアなどの中東諸国といった非民主主義的な、いわゆる権威主義的国家の経済的地位は急激に向上している。1990年当時、人権団体フリーダム・ハウスが「自由ではない」と分類した国が世界の所得に占める割合はわずか12%だった。しかし、いまではそれが33%に達している。

モンク氏らはさらに、次のように続けます。

「世界はいまや大きな転換点に近づきつつある。今後5年以内に世界の所得に占める中国、ロシア、サウジアラビアなど「自由ではない」と分類される諸国の割合は、欧米のリベラルな民主国家のそれを上回るようになるだろう。逆に言えば、四半世紀の間に、リベラルな民主国家は先例のない経済的強さから、同様に先例のない弱体化の道を歩みつつある」。

「伝統的にリベラルな民主主義の中枢を担ってきた北米と西ヨーロッパ諸国では政治システムが危機にさらされ、世界経済に占めるウェイトも低下しており、かつての優位を取り戻せる見込みはますます遠のいている」。

モンク氏らの懸念は、自由民主主義諸国の経済や政治の面だけでなく、文化面での地位低下にも及んでいます。

戦後の自由民主主義諸国の経済的繁栄は、その他の諸国には政治や経済面だけではなく、文化面でも魅力的に見えていました。

例えば、モンク氏らが挙げている例ですが、米国のテレビドラマ『ダラス』は、1980年代の物質的窮乏に苦しむソビエトの人々に米国郊外の豊かさを見せつけました。ソビエトの人々にとって、このドラマが「なぜ自国の経済システムはかくも後れをとってしまったのか」と考える大きなきっかけになったといいます。自由民主主義諸国の豊かさとそこから由来する大衆文化の魅力が、ソビエトの民主化・自由化につながったのだと指摘します。

しかし、現在では、中国などの非民主的な国々の多くも急速に豊かになっています。おそらく現代の中国人にとって、米国の今の経済的状況を見ても、それほど自国との差を感じないでしょう。モンク氏らは、現代ではかつてのように経済面や文化面での羨望が、新興諸国の人々に自国の制度を改め、自由民主主義を採用しようという動機付けを与えることにはならないのではないかと危惧するのです。

モンク氏らは、このように論じ、自由民主主義の将来について悲観的な展望を提示します。近い将来、自由民主主義は、経済的にも人口動態的にも衰退する世界のごく一部でのみ続く、魅力のない政治形態として認識されるようになる可能性が少なくないというのです。

少々異なる角度ですが、欧州の先行きに対して非常に悲観的な見通しを示す本もあります。ダグラス・マレーという英国のジャーナリストが著した『ヨーロッパの奇妙な死――移民、アイデンティティ、イスラム』という本です(Douglas Murray, The Strange Death of Europe: Immigration, Identity, Islam (London: Bloomsbury, 2017)。

中野剛志さんの新刊『日本の没落』(幻冬舎新書)で紹介されていたので読んでみたのですが、衝撃的な内容です。(未邦訳ですが、中野さんの本(特に第四章)で全体の概要が紹介されています)。

著者のマレー氏は、欧州は、自殺しつつあると述べます。近年の大規模な移民・難民の受け入れにより、欧州はその文化的アイデンティティを喪失しつつある。ヨーロッパ人は自分たちの故郷を、近い将来、失うと警告するのです。

マレー氏は、本書を次のような文章で始めています(中野さんの訳文をかなり拝借しています)。

「ヨーロッパは自殺しつつある。あるいは、少なくともヨーロッパの指導者たちはヨーロッパを自殺に追い込むことに決めた」。

「私が言っている意味は、ヨーロッパとして知られる文明が自殺の過程に入っており、イギリスであれ他の西ヨーロッパの国であれ、どの国も、同じ兆候と症状を示しているので、この運命からは逃れられないということだ。結果として、現在生きているヨーロッパ人のほとんどの寿命が終わるころには、ヨーロッパはヨーロッパではないものになり、ヨーロッパの人々は世界の中で故郷と呼べる唯一の場所を失っていることであろう」。

マレー氏の本には、「英国をはじめとする西欧諸国がどのように外国人労働者や移民を受け入れ始め、そしてそこから抜け出せなくなったのか」、「マスコミや評論家、政治家などのインテリの世界では移民受け入れへの懸念の表明がどのようにして半ばタブー視されるようにいたったか」、「彼らが、どのような論法で、一般庶民から生じる大規模な移民政策への疑問や懸念を脇に逸らしてきたか」などが詳細に論じられており、非常に興味深いです。

モンク氏らやマレー氏の議論から私が思うのは、自由民主主義諸国は、新自由主義やそれに基づくグローバル化というイデオロギーに80年代以降、徐々に侵されてしまい、自由民主主義諸国が本来持っていたはずの良さ(利点)を失ってしまったのではないかということです。

たとえば、自由民主主義諸国の良さの一つは、各国の一般庶民の声を聴きつつ、彼らがいきいきと暮らすことのできる環境を作り出すことにあったのだと思います。多数の普通の人々が、落ち着いて自分たちの能力を磨き、発揮しやすいような環境を整え、彼らの力を最大限引き出し結集することを通じて、豊かで安定した社会を実現することにあったのだと思います。

ここで、多数の普通の人々の能力を最大限に引き出す環境というのは、当然ながら各国ごとに異なります。それぞれの国や地域の文化や言語、生活慣習や商慣習、あるいは発展段階に応じて、多様なものとなるはずです。

自由民主主義の政治の良いところは、本来、普通の人々の声に耳を傾けつつ、試行錯誤的に、彼らにとって暮らしやすい社会を模索していくところにあったはずなのです。いわば「各国の庶民ファースト」の政治です。それが自由民主主義諸国の豊かさや安定にもつながったのです。

しかし、新自由主義やそれに基づくグローバル化というイデオロギーの熱病に取りつかれてしまい、自由民主主義諸国は、いまでは、それぞれの国民の声よりも、グローバルな投資家や企業の声のほうに耳を傾けるようになってしまいました。

近年、米・欧・日の諸国は、多かれ少なかれ、各国・各地域の文化や言語、慣習、発展段階などを無視して、グローバルな投資家や企業が稼ぎやすい「グローバル市場」の創設を第一の目標とする構造改革を断行してきました。その過程で、かつては「日本型市場経済」「ライン型(ドイツ型)市場経済」「北欧型市場経済」などといった経済社会の文化的多様性も失ってしまいました。

そして、その行きつく先は、モンク氏らが指摘する「民主的世紀の終わり」であり、マレー氏が告発する「ヨーロッパの自殺」「奇妙な死」といった衰退現象なのではないかと思います。

こうした現状をどのように改善していくべきでしょうか。そもそも改善は可能なのでしょうか。

私なりに簡潔に述べれば、必要なのは、「自由民主主義」を捉えなおし、それと「新自由主義」やそれに基づく「グローバル化」との結びつきを断ち切ることではないかと思います。そして、「自由民主主義」のなかにナショナルなものの大切さをきちんと位置付けることではないかと思います。

また、いわゆる「ポピュリズム」をバカにしたり、敵視したりするのではなく、ポピュリズムと言われる現象のなかに庶民の至極真っ当な不満や反発が含まれていることを直視すべきなのではないかと考えます。

『表現者クライテリオン』は、今号はナショナリズム特集、次号はポピュリズム特集です。ぜひご覧ください。

長々と論じたわりに、最後はわかりやすい宣伝になってしまいますた…
f(^_^;)

失礼しますた…
<(_ _)>

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