イタリアでEU懐疑派の政権が誕生したことで、EU・ユーロの未来に再び暗雲が垂れ込めています。
最新の世論調査でも、反EU派の「同盟」と「五つ星運動」の支持率を合わせると58%。今後、世界経済の景気が悪化に向かった段階で、イギリスのような国民投票が行われると、ふつうに離脱が選択されるのではないかという気がします。
私は以前から、ユーロ離脱の一番乗りになるのはイタリアではないかと考えていました(昨年出版した、中野剛志さんとの対談本『グローバリズム その先の悲劇に備えよ』でも簡単に言及しています)。経済状態が悪すぎるからですが、それ以外にも個人的な経験から、あの誇り高きイタリア人がこの不名誉な状況に耐え続けることは不可能に思える、ということもあります。
イタリア経済は、ユーロ参加以後、低迷を続けています。2016年の実質GDPは2001年の段階とほぼ同じ。現在も、金融危機による経済の落ち込みから回復できていません。若年失業率は35%ときわめて高い状態にあります。不良債権の処理も進まず、大手銀行が経営危機に陥ったというニュースもありました。
同じ危機を体験したポルトガルやスペインの経済が上向いているのに、イタリアの低迷が続いているのは財政収支を絞られているから、と見ることもできるでしょう。財政収支赤字の対GDP(2016年)は、スペインは4%を超えているのに、イタリアは3%以内に抑えられています。
これはイタリアの累積赤字が大きいためですが、大きなGDPギャップが存在し経済の低迷も続いている以上、財政拡張の余地はもっと認められて良いのではないかという不満が出てくるのも無理はありません。
ユーロ参加国の政府は、金利や為替レートによって景気を調整することができません。残された唯一の手段が財政政策ですが、これも(主としてドイツが主導する)厳格なルールに縛られていて、思うように使えない。ユーロ体制の下では、国民の生活に責任を負うべき政府が、国民生活よりユーロ圏全体の安定を優先しなければならないわけです。
高失業が続くと熟練労働者は国外に流出してしまいます。その上、中東やアフリカからの移民・難民は、イタリアのような境界線上の国々に押し寄せる。重債務で国民の生活を保障することもままならないのに、移民・難民にも寛大であれと命令されるわけですから、反発が大きくなるのは避けられません。
興味深いのは、この体制に反対する声が政治的右派からも、左派からも起きているということです。右派は「ブリュッセル体制」から国家主権を取り戻せといい、左派は「銀行家の支配」から民主主義を回復せよという。政治的には右派の「同盟」と、ベーシックインカムの導入など左派の政策を取り込んでいる「五つ星運動」が連立を組んでいるのは、実に象徴的です。
ダニ・ロドリックの「世界経済の政治的トリレンマ」仮説によれば、グローバル化と国家主権、民主主義の三つを同時に達成できることはできない。ロドリックの見立てでは、EUは、グローバル化による市場統合と(EUレベルでの)民主主義の実現を追求し、国家主権を犠牲する道を進んでいるということになりますが、現実にはEUの政治統合は進まず、EU全体での民主主義的な意思決定システムも出来ていません。
反EUの声が、国家主権を取り戻せという側から起きるのは当たり前です。しかしそれだけではない。国家単位での民主主義を回復せよという声や、欧州共同体全体での民主主義の実現にもっと積極的に取り組めという声が、左派の側から上がることになる。
右派と左派は、信奉する価値にズレはあるものの、経済統合だけが先行している現状に「No」を言う一点では、共通しているわけです。マスコミは、反EU運動をまとめて「ポピュリズム」だの「反自由主義」だのとレッテルを貼って貶めていますが、実体はもっと入り組んでいると考えるべきでしょう。
もちろん、イタリアの連立政権がうまくいくという保障はなく、政治の不安定化はこれからも続くものと思われます。EU・ユーロからの離脱が予想もつかない混乱を引き起こすことはいうまでもありませんが、現状が改善しないかぎりその選択肢が消えることはないでしょう。EU・ユーロ体制が現状のまま続く限り、イタリアの抱えている爆弾はいつ火がついてもおかしくない状態にあるのです。
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