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【柴山桂太】自由貿易 vs. 民主主義

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

トランプ関税をめぐって、わが国でもたくさんの評論が書かれています。しかし、そのどれを見ても納得できるものは少ないのが現状です。

例えば、トランプ関税は11月の中間選挙をにらんだものだ、と誰もがいう。それはその通りでしょうが、では中間選挙でトランプ(共和党)が負けたら、関税は撤廃されるのでしょうか。あのトランプが、おとなしく負けを認めて関税を止め、中国に頭を下げて制裁関税を撤廃してもらう? 

また、関税措置が選挙対策なのだとすれば、それはアメリカ世論が関税を望んでいるということでしょう。世間ではトランプの一人芝居のように言われていますが、トランプは大統領選挙の期間中も大統領就任後も、ずっと貿易保護の必要性を訴えていた。それで当選し、公約を実行に移しているわけです。

だからこの問題で真に論じられるべきは、自由貿易とトランプの対決ではなく、自由貿易とアメリカの民主主義の対決、ではないか。

自由貿易と一口に言っても、いまトランプ政権が問題視しているのは、この数十年間で形成された「国際的な自由貿易体制」のことです。GATTやWTO、また種々の経済協定などの国際合意の下、関税を撤廃し、非関税障壁を削減していく。

トランプは、この体制がアメリカに不利に働いていると主張しています。工場は消え、ラストベルト(錆び付いた地域)の労働者の仕事が失われた。一方、中国は輸出主導型成長で成功し、最近は半導体などの先端産業の分野でもアメリカの優位を脅かし始めている。

そうした不満を持つ人々の割合が増えてきたことが、トランプの出現を後押しした。つまりアメリカの世論の少なからぬ部分が、既存の国際自由貿易体制に背を向け始めているわけです。その大きな流れに目を向けることなく、トランプの「クレイジー」な性格や、「ディール」(取引)を好む戦術だけを論じるのは、あまりに表面的ではないか。そのように思われます。

そもそも自由貿易と民主主義は、いつも両立しうるものなのか。理論的に考えても歴史を見ても、この二つは決して相性のいいとは言えない関係にあります。貿易による不利益を被る層が、圧力団体を組織して政治に保護を求めるのは当然のことで、民主主義体制においては何の不思議もない、ごくありふれた現象です。

また自由貿易が社会的利益を増やすのが事実だとしても、その利益が国家間や国内の異なる階層間でどのように分配されるかは、状況次第と言えます。利益の大半が中国に、また国内の一部の階層に行ってしまっている「と感じる」人の割合が増えてくれば、現状の是正を政治に求める動きが強まるのは避けがたい事態です。

したがって民主主義はいつも自由貿易を選択するとは限りません。現に、今から一〇〇年前のグローバル化の時代も、各国で民主化が進み選挙権の範囲が拡大するにつれて、保護貿易の機運が高まりました。私が以前から、「反グローバル化」の機運が先進各国(特にアメリカ)で高まると予想していたのも、そうした歴史を踏まえてのことでした。

もう一つ、日本で不思議なことがあります。それはトランプ関税に対して、対抗措置をとるべきだとする声が、世論からも政府内からまったく聞こえてこないことです。

アメリカの鉄鋼・アルミニウム関税の対象は、世界全体に及んでいます。そのためEUは対抗関税措置をとり、カナダもメキシコも制裁を発表、インドも8月に制裁措置をとるといい、ロシアも検討中と報じられています。主要国で制裁措置をとっていないのは日本だけ、と言ってもいいでしょう。

安倍政権は自由貿易を外交の柱にしてきたのですから、これに背を向けるアメリカを包囲しようとする国際的な流れに、率先して加わらないとツジツマが合いません。少なくとも、制裁関税を「検討している」姿勢を見せなければ、安倍政権が守ろうとしているのは自由貿易ではなくトランプのご機嫌ではないか、と言われて仕方ないでしょう。

私は、アメリカの保護貿易の高まりは必然と理解していますが、貿易戦争で世界の経済秩序が急激に不確実化していく状況を座視すべきとは思いませんし、アメリカの一方的な関税措置に唯々諾々と従うべきとも思いません。既存の国際自由貿易体制の修正がこれから始まるのだとしても、それは秩序立って行われるべきです。

トランプは、日本の産業に致命的な打撃を与えかねない自動車関税の引き上げ(25%)の検討を指示するなど、さらなる関税措置の可能性を示唆しています。もちろん、これは「脅し」の部分が大きいのでしょうが、その脅しに一方的に屈しないためにも、日本にも制裁の用意があることを宣言しておく必要があるのではないでしょうか。

トランプの虎の尾を踏むまいという消極姿勢だけで、これから始まる日米二国間交渉を切り抜けられるとは到底思えません。トランプ関税に対する制裁関税案は、実施するかどうかは別にして、準備すべきですし、国民も声を上げるべきでしょう。

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