皆様こんにちは。
本日は現在発売中の『表現者クライテリオン』2022年9月号より書評をお届けします。
前田龍之祐
大澤真幸 著
『経済の起源』
岩波書店/2022年1月刊
カール・ポランニー以来受け継がれる経済システムの類型として、〈互酬的贈与・再分配・商品交換〉の三区分があることはよく知られているが、しかしこれらの間の移行がどのような論理に従っているのかと問えば、途端にその問いは「経済の起源」をめぐる謎に突き当たらざるを得ない。
まず共同体内の贈与(互酬)関係が支配的な交換様式だったのだとすれば、いかにそれは商品交換が支配する交換様式へと転換したのか、そして国家的再分配の契機は何故発生するのか、またそもそも何故人は贈与へと駆り立てられるのか。以上の大きな問いを前提に本書の議論は深められていく。
交換様式の変化についてまず本書が注目するのは貨幣である。それは単なる交換の道具なのではなく、原初的には贈与(負債を与えること)の証として出現する借用証書にほかならない。
例えば、誰かがモノを受け取ったときにその便宜的な決済としてある証書(手形)を渡し、またそれが誰かに譲渡されるというように連鎖が続いていく過程で次第に貨幣として認められていくのであるが(信用貨幣論)、だとすれば、貨幣の流通を支えているのは最初の贈与だということを意味する。
つまり、等価交換の前提には不等価交換としての贈与が先行しており、「負債としての貨幣」が商品交換の連鎖を可能にしているのである。
しかし、だとすれば、そのような性格を持つ貨幣は何故永続する支払いの連鎖を形成するのか。だが、ここで注目すべきものこそ再分配システムとしての国家の存在である。
本書の理路に従って、貨幣流通のために最初の負債は返され切ってはならないのであれば、ここには元々の贈与者に対する負債の意識は残り続ける一方で、しかしその返済は不要であるがゆえに、贈与が一方的に受け入れられるという奇妙な現象が現れる。ここでこの謎は国家の出現によって解消されるという。
つまり、無数の贈与交換=貨幣発行を担う「他者」を単一の中心(国家)が統合することで、個々の負債の意識をこの第三者に肩代わりさせる「中心の析出」のプロセスによってである。
重要なのは、この過程で導出される国家こそが最大の債権者(貨幣発行者)にほかならないという認識であり、その共通認識のある限りですべての人(国民)は無意識に国家に対して「お返し」をするのだ。そしてここでの返礼とは、〈特定の貨幣を支払い手段として使用すること≒徴税〉を措いて他にない。
このような国民国家の関係は、贈与への衝動という思想的問いにも示唆を与える。個人の行為が常に〈不定の他者=国家〉への依存(負債)を孕むのなら、その関係がある限り私たちは贈与の要請に応えざるを得ない。
なるほど、本書が最後に提示するのは純粋な贈与に基礎を置くコミュニズムの希望だが、むしろ問うべきなのは適切な互酬性に基づいた国家の役割のほうではないだろうか。少なくとも本書は(著者の意図とは別に)経済学的な国民国家論となり得ている。
『表現者クライテリオン』2022年9月号 『岸田文雄は、安倍晋三の思いを引き継げるのか?』
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