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【書評】近代的身体観からの自由――田中幸太郎

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

皆様こんにちは。
本日は現在発売中の『表現者クライテリオン』2022年9月号より書評をお届けします。

 

近代的身体観からの自由

田中幸太郎

 

光岡英稔・名越康文 著
『感情の向こうがわ 武術家と精神科医のダイアローグ』
国書刊行会、2022年6月刊

 科学的視座であらゆる物事を把握しようとする現代人が本書を読むと、荒唐無稽という感想を抱くかもしれない。武術家の光岡英稔氏と精神科医の名越康文氏が交わす身体論は、科学的な知の体系を容易に飛び越えるからだ。

人類の祖先や太古の生物の経験を自身の身体に見出し、「これから経験されるであろうこと」をも身体に組み込む「経験的身体論」や、薬物の影響は精神を経由して初めて身体に作用するという議論など、近代的思考の前提を覆すような話題が次々に披露される。

 

 こうした議論は、ともすればオカルトやスピリチュアルな方向に逸れるおそれがある。だが、そう感じさせないのは対話の土台に揺るぎない身体感覚があるからだ。この身体感覚を支えているものこそ武術である。

武術においては、本気で殺しにかかってくる敵と対峙する中で技が磨かれ、型を含めた技法が体系化される。ここにスポーツや格闘技とは異なる、武術ならではの死生観が生まれる。

そして「死」という一回性の世界を通じて形成された型を、繰り返しの稽古により我がものとすることで、何代も前の武術家の身体性と接続されるという。このように説明されると、「経験的身体論」は荒唐無稽なものではないと思えてくる。

 

 だが、確固とした死生観を持つはずの武術界は、新型コロナウイルスへの世間の過剰反応に対し驚くほど従順だった。

光岡氏は、「リベラル(自由)に従わせるための全体主義化」というリベラル派の論調に武術界が同調しているとして、憤りをあらわにする。名越氏が深くかかわる仏教の世界も似たような状況だったという。

本来、生と死の問題に真正面から向き合い、俗世の「空気」を相対化するはずの武術と宗教が、空気に飲み込まれてしまった事実は重い。武術と宗教の「世俗化」とでも言うべきだろうか。

 

 本書で唯一惜しむべきは、両氏が縦横無尽に語る身体論を、「本」という活字媒体だけでは正確に理解しきれない点である。

たとえば光岡氏は、古代の生物「ディメトロドン」の身体性にまで遡り筋肉を動かしてみせ、名越氏を仰天させる。また、武術者独自の絞め技をかけて疑似的に死の快楽を与えもする。

読み手はあくまでも、名越氏が抱いたであろう驚嘆や畏敬の念を想像できるに過ぎない。想像であるがゆえに、余計な観念が生まれ身体感覚を鈍らせるおそれすらある。

 

 とはいえ、科学的な思惟だけで身体や世界を捉えることの限界を、本書が突きつけてくれることは間違いない。論理や観念は、厳密性が高まるにつれ認識可能な世界の解像度を上げてくれる一方、視野狭窄に陥りやすくもさせる。頭脳のみで世界を認識し、身体感覚を置き去りにしがちな「知識人」は、特に気をつけなければならないだろう。

 

 

『表現者クライテリオン』2022年9月号 『岸田文雄は、安倍晋三の思いを引き継げるのか?』
https://the-criterion.jp/backnumber/104_202209/

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