沖縄から米軍基地がなくなる日

藤原昌樹

藤原昌樹

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沖縄から米軍基地がなくなる日

藤原 昌樹

「日米同盟は永遠に不滅である」――そんな甘い幻想が崩れ去る日が近づいている。アメリカの保守系シンクタンクが提言する「日米同盟の解消」と「沖縄からの米軍撤退」は、最早机上の空論ではない。
見捨てられることを恐れすがりつくリアリストと、平和主義という夢物語に浸る人々。対米従属というぬるま湯から放り出された時、日本は「自分の国は自分で守る」という独立国の当たり前の気概と覚悟を持てるのか。

日米同盟の解消――米国にとって現実味を帯びた選択肢

「近い将来、米国が日米同盟を解消し、沖縄から米軍基地がなくなるかもしれない」と言われても、日本人の多くが「俄かには信じ難い」と思うのではないでしょうか。

しかしながら、橋本由美氏が、米国の保守系シンクタンク『Defense Priorities』に掲載されたJennifer Kavanagh(ジェニファー・カヴァナー)という女性研究者の論文「A Second Island Chain Strategy For Asia(アジアの第二列島線戦略)」を読み解くことを通して、「日米同盟解消」が米国にとって現実味を帯びた選択肢であることを示してくれています(『カッサンドラの日記』77 日米同盟解消の現実性-アメリカ保守系シンクタンクの報告を読む)。

この「アジアの第二列島線戦略」は、あくまでも一研究者による提案であり、トランプ政権の「米国のアジア戦略」を決定づけるものではありません。しかし、トランプ大統領の後継者として有力視されているヴァンス副大統領の「国益」の考えと矛盾するものではなく、「研究者が考えた机上の空論である」と切って捨ててよいものではありません。

沖縄から米軍がいなくなる?

カヴァナー氏の論文で「沖縄」について詳しく言及している訳ではありませんが、台湾有事と関連づけて「台湾も米国にとって死活的に重要な利益ではなく、万が一の台湾有事の想定においても曖昧戦略を採らずに(中国との対決を避ける)不介入政策に置き換えるべきである」「ペンタゴンにとって、沖縄は台湾に関して重要なのであって日本のための駐留ではない。台湾を放棄するのであれば、沖縄への駐留は不要になる」と述べています。

橋本氏は、米国が第一列島線からの撤退を計画している背景には、米国が中国との不要な摩擦を避けて戦争を回避することを意図しているというだけではなく、ドローンや認知戦などコンピュータ・テクノロジーの飛躍的な発展によって戦闘方法が大きく変わった(=技術が戦略を無効化した)ことがあると論じています。
この橋本氏による読み解きは、前々回の拙稿で言及した政治ジャーナリストの今野忍氏の「ドローンや無人機が発達したことで、戦争のやり方が変わってきている」「現行の『辺野古移設計画』が既に時代遅れになってしまっている蓋然性が高いのではないか」との指摘と軌を一にするものです。

すなわち、カヴァナー氏が提言する「アジアの第二列島線戦略」では、これまで私が拙稿で提示してきた沖縄の「近未来予想図」――「辺野古の代替施設が完成しても普天間飛行場が返還されることなく、両施設を米軍が自由に使い続けている」という、より米国への従属度が増した我が国の姿――とは全く異なる沖縄の「近未来予想図」――沖縄から米軍基地が無くなる――を描いているのです。

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「日米同盟は永遠に不滅である」――我が国の依存心が生み出す幻想

「日米同盟や日米安保に対する米国の判断が覆るはずがない」と決めてかかり、防衛・安全保障において米国に従属している現状に甘んじて安穏としていられるのは、我が国の米国に対する強い依存心の顕れでしかありません。
米国が日米同盟や日米安保体制を維持しているのは、現時点において米国の国益に合致していると判断しているからに過ぎないのであり、同盟関係をシビアな「損得勘定」で測るカヴァナー氏の提言は、「日米同盟や日米安保体制が永続する保証等はどこにもない」ということの証左の一つであると言えるのです。

我が国が米国への依存から脱却し、真の意味での「独立国家」となるためには、米国がどのような選択をしようとも揺らがない自主防衛を基軸とする安全保障体制を構築することが必要不可欠であり、米国が「日米同盟を解消したい」というのであれば、寧ろ好都合です。

しかし残念ながら、「米軍普天間飛行場の辺野古移設」をはじめとする「沖縄の基地問題」や「日米地位協定」をめぐる我が国政府のこれまでの振る舞いを見る限り、米国側から日米同盟を解消することなど夢にも思わず、「日米同盟さえ維持していれば安泰である」と思考停止に陥ってしまっているのではないかとの疑念を拭うことができません。

現在の「沖縄の基地問題」をめぐって繰り広げられている「リアリズム」と称して我が国の「対米従属状態」を追認する言説と「平和主義」に基づく「夢物語」とは、そのいずれもが「日米同盟及び日米安保が永続すること」を何ら疑うことなく前提としており、「日米同盟が解消すること」や「沖縄から米軍基地が無くなること」など全く想定していないと言って過言ではありません。

もし米国政府がカヴァナー氏の提案を採用し、「日米同盟解消」へと舵を切ることが明らかとなったとしたら、現実主義者(リアリスト)を自称し、「日米同盟は永遠に不滅である」と妄信する人達が狼狽し、「日本を見捨てないでくれ」と米国に必死にすがりつく無様な姿を晒すのではないかと想像してしまいます。
その一方で、平和主義者達もまた日米同盟が解消することを喜ぶのではなく、「自分達が求めてきたことが現実になった場合に何がもたらされるのか」ということに初めて気がつき、その相手が日米両政府であるのか、中国であるのかは定かではありませんが、自らの庇護を求めて右往左往するのではないかと思えてなりません。

平和主義者達が「高邁な理想」を語ることができるのは、ガンディーのように危機的な状況においても「非暴力・不服従」を貫く「覚悟」を有しているからであるという訳ではなく(拙稿「私たちはガンディーにはなり得ない─沖縄の『平和主義』は『非暴力』主義に耐えうるか─」)、我が国が中国、北朝鮮、ロシアという核を保有する「侵略的国家」に囲まれており、北朝鮮が核実験を繰り返し、中国が台湾及び沖縄周辺地域の軍事的覇権の確立を目指す意図をあからさまにして「台湾有事」が現実味を帯びてきているという現実を等閑視すると同時に、「日米両国が日米同盟を解消するはずはない」「いざという時には、(自衛隊とともに)米軍が助けに来てくれるに違いない」と高を括っている(もしくは無意識にでもそれを当然のことと思い込んでいる)からこそであるのです。

ようやく見えてきた「当たり前の話」をする兆し

これまで機会ある毎に「沖縄の基地問題を解決する(=沖縄から米軍基地を撤退させる)」ためには、我が国の軍隊である自衛隊を強化することを通して、現在、我が国の「防衛・安全保障」において米軍が担っている機能と役割を自衛隊へと移行して「独立した主権国家に相応しい防衛・安全保障体制」の構築を目指すべきであると論じてきました。
これを言い換えると、沖縄が「地政学的に戦争及び軍事の問題から自由になれない場所」であり、平和主義の「高慢な理想」が成り立たない以上、米国の側から「日米同盟の解消」と「沖縄の米軍基地撤退」を突きつけられた場合、我が国には自衛隊を強化することを通して「国民の生命と財産」を守るために十分な「防衛・安全保障体制」の構築を目指すことしか生き残る途が残されていないということになります。

以前の拙稿で、我が国が目指すべき「防衛・安全保障体制」は「核保有」と「専守防衛」の組み合わせである。具体的には、我が国が目指す「核保有」は、あくまでも「報復にのみ使用すること」を目的とするべきであり、より正確には「核による先制攻撃を受けた場合には、確実に報復する旨を予告することによって相手からの先制核攻撃を防ぐこと」を、その第一義的な目的と位置づけるべきであるということを提起しました。

現在、衆院及び参院の予算委員会において、年末に予定する「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の改定をめぐって「非核三原則」について議論されており、高市早苗総理は「表現ぶりに検討の余地がある」と言及して、「非核三原則」そのものは変えないものの、3文書で示す政府方針の見直しを示唆しました。
また、小泉進次郎防衛相は国会での答弁や記者会見、テレビやインターネットの番組などで、中国やロシアの核戦力や北朝鮮の核開発に触れながら「あらゆる選択肢を排除せずに議論をしなければ、もはやどの国も一国で安全保障を確立することはできない」「我々に対する脅威を拒否する力をしっかりと持たなければならない」などと発言し、「核兵器や原子力潜水艦保有に関する議論を排除すべきではない」との考えを重ねて示しています。

かつて西部邁氏が「当たり前の話をしようではないか」との副題がついた著書『核武装論』で、「非核三原則」について「『持たず、作らず、持ち込ませず』のうち最後の『持ち込ませず』は嘘話なのだ、と常識ある者ならば承知してきたはず」「極東米軍が日本に『核』を持ち込まないわけがありません。どこか外国の港か飛行場に原爆をあずけてきてから我が領土に入って来る、そんなポンチ絵めいた振る舞いを極東米軍がしているというのなら、そんなものを頼りにして国防をやっている戦後日本人の愚かしさは途轍もない、という話にもなる」と語っていましたが、極めて不十分な内容ではあるものの、ようやく国会の場で「当たり前の話」をする兆しが見えてきたことは喜ばしいことであるように思えます。

米国が「日米同盟解消」を言い出した千載一遇の好機を逃してはならない

「非核三原則」の見直しが議論の俎上に上がり始めたとはいえ、我が国が「核保有」を含めた形での「防衛・安全保障体制」を構築するためには、越えなければならない数多くの高いハードルがあることが容易に想像できます。
国内的には、国民の間に「核に対するアレルギー」が広く存在しており、「核保有」に関するコンセンサスを得ること自体が極めて困難だと思われます。また、憲法改正も避けて通ることはできません。

国際社会においても様々な困難が待ち受けています。
現状では我が国の同盟国である米国が、我が国の「核保有」を望まないということを想定しておかなければなりません。さらには「核兵器禁止条約」や「核拡散防止条約(NPT)」「包括的核実験禁止条約(CTBT)」等の条約が成立しており、少なくとも表向きには「核廃絶」や「核軍縮」を目指すという国際的な合意が存在していることから、我が国が「核兵器を保有しないことを誓約するとともに、世界に対して核兵器廃絶を訴える」といった従来の態度を翻して「核保有」を目指すことを宣明した場合には、国際社会からの非難の集中砲火を浴びせられることを覚悟しておく必要があります。

これら数多くの高いハードルについて思慮したとき、我が国が「核保有」を基軸とする「防衛・安全保障体制」を確立することは、現時点で「その実現可能性は限りなく低い」と判断せざるを得ないように思えます。
しかしながら、我が国では政府をはじめとして国民の多くが「危機」と捉えているのかもしれませんが、米国側から「日米同盟解消」の可能性が示されたことは、我が国が「対米従属状態」から脱却する千載一遇の好機であることは間違いありません。

戦後80年もの長い期間を通して米国に従属し続けた結果、独立国としての矜持を無くしてしまった我が国が「対米従属状態」というぬるま湯からの脱却を望まなかったとしても、我が国を取り巻く国際情勢の変化が、我が国に対して否応なく「自分の国は自分で守る」体制の構築を迫ってくることになるのではないでしょうか。

我が国が越えなければならない数多くのハードルの中で、私たち国民一人一人が最初に取り組むべきは、独立国として「当たり前」に備えていなければならない「自分の国は自分で守る」という「気概」と「覚悟」を取り戻すことなのであり、それさえできれば、その他のハードルは必ずや越えることができるでしょう。

「世界の方程式が恐ろしく複雑」(橋本氏)となり、混迷の度合いを深める国際社会において、我が国がサヴァイヴしていけるかどうか、いま日本と日本国民が問われています。

(藤原昌樹)

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コメント

  1. ホリウチ より:

    一研究者の撤退論を根拠に、米国が近い将来、日米同盟を解消して沖縄から撤退する可能性が高いかのように論じるのは、いささか短絡的ではないか。

    あれほど欧州に冷淡なトランプでさえ、NATOから脱退していない。米国が同盟国に負担増を要求することと、同盟そのものを放棄することは別問題だ。

    そもそも米国の歴史を見れば、台頭する競争相手が自国の覇権を脅かすことを座視してきたわけではない。中国の台頭を前に、第一列島線を放棄して自らの影響力を後退させることが、本当に米国の国益にかなうのか。むしろ台湾や沖縄の戦略的重要性は、中国の軍事的拡張によって増している。

    もちろん、100年単位の長期的な将来まで日米同盟が不変だと断言するつもりはない。しかし、少なくとも今後5年、10年という時間軸で、米国が中国との競争を放棄し、東アジアから戦略的に後退すると考えるのは早計だろう。

    無論、カヴァナー氏の提案を無視する必要はない。米国の関与が将来変化する可能性を想定し、日本の防衛力を強化することは当然必要だ。しかし、それは自主防衛を強化する理由にはなっても、米国が近い将来に日米同盟を解消するという予測の根拠にはならない。

    同盟が永遠ではないことと、近い将来に崩壊する可能性が高いことは全く違う。 一研究者の戦略提案を米国の将来の政策と同一視し、そこから「日米同盟解消は千載一遇の好機」とまで結論づけるのは、現実主義というより、願望を現実の予測にすり替えているように見える。

  2. 北脇 肇 より:

    【特集座談会】「神なき時代のAI教」、興味深く拝読しました。一点質問させてください。
    AIを「道具」でも「人間」でもない「異なる知能」として捉える見方を、どうお考えでしょうか。事例を整理した資料を置いておきます。
    資料のリンク:https://claude.ai/artifact/J72dYvbDrG7xPyNvFD4MSq#slide-3dd33bdac6c2

    結びで三宅先生は「学習とは偏りを持つこと」、浜崎先生は「偏ったAIは絶対に道具にはならない」と述べられました。一方、今の言語AIは強化学習で好みや価値の偏りを与えられています。
    また、7月にOpenAIのエージェント約700体が自ら掲示板を作って連絡を取り合い、Hugging Faceに侵入した件は、事後報告を読む限り「ちょっとした暴走」以上のものに見えます。

    • 表現者クライテリオン事務局 (規準社) より:

      コメントありがとうございます。
      内容的に本記事のコメント欄で議論しにくい話題かと思いますので、他の記事(本特集関連の記事)にあらためてコメントいただけますと幸いです。

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