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【小幡敏】「偽善と感傷の国」日本ー理念なき国家

憲法,日本国家,中国

From 小幡敏 

現在販売中の『表現者クライテリオン
2021年3月号の特集は「抗中論」です。

今回はその「抗中論特集に掲載されている小幡敏先生の記事を一部特別公開します。

以下が内容です。

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 このところ“親中派”という言葉をよく耳にする。代表選手は二階俊博であろうか。(中略)

どうもこの言葉の使い手の方が気に入らない。それは簡単なことで、なぜ親中派というとそのまま否定的な意味合いを持たねばならないのか、その点が腑に落ちないからである。より端的に言ってしまえば、親米がよくて親中は悪い、というのが解せぬ。—

偽善と感傷の国

 この日本の置かれた状況を問題ともせず、現実はそういうものだからと受け入れていられるのは、福田恆存が言うように日本が「僞善と感傷の國」であるからだろう。福田の筋からは外れるが、日本における民主主義ほど偽善にまみれたものは存在しまい。

(中略)

 その証拠に、我々は常に偽善と感傷によって現実を処している。偽善とはすなわち、民主主義の原則に忠実であることに道徳的な評価を混入させることであり、感傷とはそれに引き続いて起こる問題、つまり、単なる問題解決の手段である民主主義を道徳的な目的と見做すことにより当然に引き起こされる現実の障害や困難については、それが民主主義の原則に従った結果だからといって情状酌量する甘さである。この時、我々が為すべきは問題の解決であるという当たり前の事実は、既に背景へと退いてしまっている。

 言わば、日本において課題とは解決すべきものですらない。それは常に予め中絶されてしまっている。日本とは、性的な乱脈(安全保障上の怠慢や無節操な憲法解釋)を繰り返しておきながら、その妊娠の事実(破滅の脅威)と関係なしに中絶手術(平和の叫び)を繰り返している不埒な臆病者であり、彼らにとって望まぬ妊娠という不都合で不愉快な事実は、全て予め、何等の苦痛も、何等の倫理的な葛藤をも通り越して回避されてしまっている。妊娠したかどうかなど分かりさえしない。そしてそれは我々の道徳的な感覚を衰弱させ、終いにはあらゆる問題解決から疎外されてしまう。

 果たして日本人は、日々の状況の中で慰めならぬ言い逃れとしての努力(あらゆる日本人の善良さと献身とは、このあまりにも小さな器に殺到しているが、大学受験に臨む者がいくら漢字計算ドリルを熱心にこなしたところで意味を成さないように、頑張りや動機の純粋さは全てを贖わない)を自動的に繰り返す新たな“兎小屋の働き気違い”となり、出荷され、清算されるその瞬間まで繰り返される徒労の道をただひたすら歩む。ひょっとするとこの道は破滅への道ではないか、そう立ちどまる者は、感染症騒ぎで自粛という努力に熱中する仲間のヒステリーによって村八分にされた如く、抹殺される。

 そういう国を生きる人間は、為さねば生存が脅かされる他国との闘争を猶予されているが故に日本の輪郭を認識できず、自分が日本という国家の一員であり、祖国を愛そうが憎もうが、その一人として生きることから逃れられないことが決して理解できなくなる。
言うなれば彼は、自立していない。なぜなら、自立とは親から離れるだけでなく、親と自分との新たな関係の構築を必要とするから。彼は自由に考え、あらゆる相手と交渉し、自らの生存を懸けて生きているつもりかもしれないが、それは親の金で賭け事をするようなもので、如何に目の前のカードやスロット台に血眼になろうが、それは言わば負けても構わぬお遊びに過ぎず、ディーラーも店も、彼を一人前の客と扱うことはない。言ってしまえば日本人は今もなお、口では一人前になった気でいる少年に過ぎない。

 そしてそんな風だから日本人は、マッカーサーに“十二歳のガキ”だと嘲笑されてもニコニコと笑っていられる。自衛隊のようなもっとも国益に直結する活動に従事し、国家の輪郭を肌で感じられる場所に居る日本人でさえ、その振る舞いを一人の日本人としてふさわしいものにはし得なかった。
一番腹が立ったのは、幹部候補生学校時代に米海兵隊から講師が来るというので、歓迎の意味をこめて海兵隊の歌を英語で練習し、歌わされたことだ。私は腹が立ってしらばっくれていたが、下手な英語で歌う連中を見ていたら気が抜けてしまった。あるいは”God Bless America”を共同演習の際に歌ったなどという話も聞くが、ここまでくれば米兵に“海ゆかば”を歌わせるようなものであり、もはやお寒いギャグとしか思えず、米兵の苦笑いが目に浮かぶ。

 だが、それを自衛官の無知と軽薄であると嗤わないでほしい。これこそ日本人の性向なのである。であるからこそ、マッキンゼーだかチンパンジーだか知らぬが、交渉上手と評される茂木外相は、中国の王毅に尖閣は中国領であると面前で宣言されてもなお、へらへらにやにやとやり過ごすくらいのことしか出来ないのだ。なぜなら、それが思想を持たない日本人にできる精一杯の社交術であるのだから。

我々が直面する時代

 (中略)何より、我々が直面する時代は、国家という概念が溶解し、旧国家勢力がその一体性を自明のものとして用いることが困難になる中で、如何にして国民概念、公共概念を吊り支えていくか、ということが最重要の課題となっているが、これに自覚的である者は思いのほか少ない。
国家という古臭い枠組みがグローバル化によって希釈され、自由で明朗な新しい個人主義の時代を夢見た楽天家一同には悪いが、グローバル化の後に現れた混沌の中に生じたのは、国家という概念の再構成の必要に過ぎない。それは、心情的紐帯を当てにできなくなった国家が、如何にして住民の気を引いて国家間競争に引きずり込めるかという問題であり、現状この課題をもっとも有効に処理している中国が国際競争の先頭を走っていることは当然である。

 少々想像が難しいかもしれないが、軍事領域を見ればこの必要は明瞭な事実であり、中国人民解放軍の将官による『超限戦』では、現代の軍事環境は次の様に描かれる。

かつて全く隔離されていた領域は何もかも打ち破られ、いかなる空間も人類によって戦争の意義を付与されてしまう。場所、手段、目標を問わず、攻撃を仕掛ける能力さえあれば、そこは即座に戦場となる。コンピュータールームや証券取引所にいても、敵国に致命傷を与える戦争を引き起こすことができる。こういう時代になればいったいどこに非戦争空間があるというのだろうか。

指摘するまでもないが、人類が平和の呼びかけや戦争の阻止に多くの注意力を集中しているときに、もともとわれわれの平和的な生活の一部だった多くの事物が、平和を傷つける狂気へと次々と豹変しているのだ。

 軍事と非軍事の境界さえ消滅する斯様な状況下で国家同士が繰り広げる競争に、均衡はあってもルールはない。それはこの著者自身が、「ルールを無視する敵に対応する上で、最良の戦法はただルールを破ることだけである」と述べている通りであり、この無法に抗し得るのは現状では国家しか存在しない。
そこではすべての要素が戦争の手段となり、すべての住民が戦争の担い手となり得る。そしてそれがこの困難な時代の戦争様式であり、現にその様式に対応しつつある国が存在している以上、我々とてそれに無関心でいられるはずがない。日本に求められているのは国民国家の再設定であり、誤解を恐れずに言えば、日本国民全員の戦力化であり、国民の構成員化である

 そのように言うと多くの日本人は戦争には反対と叫ぶが、恐れるべきは戦争ではなく、戦争になった時に何も出来ないその無力である。妻子が蹂躙されているのを指をくわえて見ているというなら好きにすればよいが、私は御免蒙る。平和のためにこそ戦争の備えが必要だというのは本来子供でも分かる道理であり、そのためにも、まずは国家と国民の関係を改めて適切に規律していく必要がある
この点たかだか商業施設の営業云々を巡って国家権力がどうのと遊んでいる有様を見れば、戦争など夢のまた夢である。健全な国家概念の導入こそが、国境が取り払われてしまった現代における最重要事であるというパラドックスを理解しなければならない。

中国には如何に向き合うべきか

 では、これを認識した我々は何をすべきか、如何にして中国という新時代競争の一番手と伍してゆくべきだろうか。

 人はこれに具体的な手段をもって立ち向かうことを説くだろう。それは核保有かもしれないし、新たな同盟関係の模索かもしれない。
しかしながら、既にお分かりの様に、我々の追っているものは得ようと思って得られるものではない。戦後日本人は軍部の圧政から逃れて自由を勝ち取ったと喜んだが、それが単なる新たな軛の始まりとなったように、我々が真の成果を得るためには、日本は何を目指すのか、戦争をするにせよ、一体何を守る為に戦争さえも辞さぬのか、その理念を改めて迎え入れねば、あらゆる努力は次なる敗北の先送りにしかなるまい。
 それでもなお、一つ目標を挙げるならば、やはり我々はあの偽善と感傷の殿堂である憲法を…(続く)

(『表現者クライテリオン』2021年3月号より)

 

続きは『表現者クライテリオン』にて

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コメント

  1. 菅沼実千代 より:

     封建時代には主君への忠義 戦前には天皇への忠誠という明確な生き方の柱があったのですが戦後アメリカに負けると、一転日本を焼け野原にした敵国アメリカがもたらした民主主義というものにこぞって傾倒し、マッカーサーから日本人は12歳の精神構造と軽蔑される話は有名でした。敵地を滅茶苦茶に破壊したのちに、どさくさ紛れにインフラの利権を占拠し、時には物資の飴玉で歓心を買うやり方は欧米の常套の覇権主義では無いでしょうか?
     ところで私はこんな経験を持ちます。
    50年前に、海外で、戦後アメリカは日本にララ援助物資(衣服、粉ミルク等)を送り、援けけたではないかと中年のアメリカ人に言われた時に私は何気なく「日本人は勤勉だから別にアメリカの援助が無くても私達だけで立ち上がって復興しましたよ」と言い返したのですが、当のアメリカ人は初めて意見を聞いたよと感心し、「君をガールと呼ばない」と握手を求めファーストネームで呼ぶと言ってくれた。それからも海外できっちりと自分の意見を述べると、欧米人は心を開いてくれる経験を重ねた。
     で私は日本人のアイデンティティを考えるようになった。
    そして日本人は自立していない。自我を確立せずまま人生を終えているのではないかと思うようになりました。
     自分の生き方の哲学というか、prinnciple-主義というか、己を見つめてしっかりと胸を張って生きるスタイルを作れないまま、左右を眺めて多数の真似をして安心感を得ているのではないだろうか? 己を見つめることや社会を分析することはとても勇気を要する。自分の意見を述べるのになぜ躊躇するのだろう。自分に自信がないのだ。
    真実を見ることは怖い。真実に直面する恐怖から逃れ廻っているように見える。
     誰も教えてくれない。自尊心も無く主義も持たない教師に果たして生徒に自尊心や自立心を教えられると思っているのだろうか?
     明治時代夏目漱石の師でもあったドイツ人のケーベル先生はその著「ケーベル先生随想録」で日本の若者は「試験のためだけの無益な記憶ばかりして脳細胞の無駄遣いしている」と批判しているが、150年経た現在はさらなる能力の無駄遣いをして、教育の荒廃が進んでいると私は見ています。
     幼いころから型にはめられて「みな同じ」スタイルで安心を感じる日本人には他人の多様性を認めるのは最も苦手な分野でしょう。だから少しでも異質なものに出会うと「苛めと虐め」を始める。若い生徒が苛めで命を絶つのは酷い話だが、大人が苛めるから子供が真似をしているに過ぎない。
     現在羅針盤を持たない日本人が生き方の柱にしているのは「損か得か」「儲かるか儲からないか」ではないか?最近では「ポイントがつくかつかないか」だろうか?
     「正しいか正しくないか」「良いか悪いか」「美しいかそうでないか」を生き方の主義にしている人に会いたいものだが。
     

  2. 大和魂 より:

    まぁ~東北の大震災を受けて十年間がこのザマですから、ここまで来ると庶民の意識改革を求めるよりも、知識人や政治家の常識を求める方が遙かに賢明じゃないかと考えています。

    特に先の敗戦に受けたショックドクトリンたちの常識は、とても看過できるものではなく、それはまさしく近代史の常套手段から散見されることからも現状のコロナ禍にも通底しており、先ずは知識人や政治家たちの常識とメンタルの強靱化を先決に為されるべきです。

    もちろんインテリの方であれ人間ですから、利点もあれば欠点もありますから、そこは常識の範囲で判断されるべきで最近は奇妙なクラウドファンディングでの政治参加に腐敗の香りが漂いますから、維新関係者や名古屋の河村たかしはアウトなわけで、それは単なる数集めの為の音喜多駿の経歴から見事に浮かび上がりました。

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