Ⅰ・「緊急事態宣言」再び―怒り・やるせなさ・悲しみ
こんにちは、浜崎洋介です。
この度の緊急事態宣言に際して、やはり言葉を残しておくべきだと思い、久しぶりにメルマガの筆を持ちました。思いは十分に共有できないかもしれませんが、今、目の前で起こっていることの意味を確認し、これからの心構えについて論じておきたいと思います。
緊急事態宣言が出された金曜日の夜、私は仕事終わりの妻と、保育園帰りの子供を連れて、いつものように行きつけの定食屋に出かけました。その時間は、私たち家族にとっては、週末のひとときを仕事や家事を忘れて(私は、家で仕事をするので)、ゆっくり過ごすための時間であり、また、家族との会話を味わうためのささやかな時間です。
そこで、ふと、周りを見渡すと、そこには2、3の家族連れや、恋人、友人などで会食する穏やかな風景があるだけで、どう考えても感染爆発が起こる気配はありません。
が、8時近くなったとき、店員が近寄ってきて、申し訳なさそうに言うのです、「まもなく閉店ですので、今日はテーブル席でお会計をしてもよろしいでしょうか」と。私は「分かりました」と答えながら、しかし、そのとき、すでに心は千々に乱れていました。
その感情について言葉を与えれば、それは、まず一つに、避けようとすれば避けられたはずの「緊急事態宣言」に対する強い強い「怒り」であり、また、そんな不条理な宣言に従わざるを得ないお店と、そこで働く従業員たちに対する「やるせない思い」であり、さらに、しかし、この「緊急事態宣言やむなし」の空気のなかで、宣言に対する怒りをさえ、もしかすると、人々と共有できないかもしれないという「悲しさ」(孤独感)でした。
しかし、考えてみれば、去年から今年にかけてのコロナ騒動のなかで、必ず最後に辿り着くのは、この、どう憤ってみても、その怒りを共有することができないのかもしれないという「悲しみ」の感情であり、また、現状(政治と世間の空気)に対する無力感でした。が、そんな「悲しみ」の感情(分断の感情)こそ、今の政治家たち(菅義偉―小池百合子―吉村洋文)が利用している当のものであり、さらに、そんな政治家たちに大義名分を与えてきた「専門家」(と呼ばれる単なるマッドサイエンティスト=西浦や、そんな「偽物」を盲目的に支持してきた言論人・メディア)の「野蛮さ」を加速させてきたものなのだとしたら、己の無力を承知しても、なお、やはり発言していくべきなのでしょう。
Ⅱ・政治家、メディア、言論人の「野蛮さ」について
まず、許せないのは、「医療崩壊」という呪文を唱えさえすれば、誰でも従わせることができると思っている安易で傲慢なメディアの態度です。なるほど、確かに「医療崩壊」は避けるべきでしょう。が、それならメディアは本気で「医療崩壊」の実態を報道して来たのか。政府(厚生労働省)は、真剣に「医療崩壊」を避けるための議論を積み重ねて来たのか。
これは、調べれば誰でも分かる事ですが、コロナによる日本人の死者数は1月13日現在で、100万人あたり30人程度。それに比べて、イタリアは1310人、イギリスは1209人、アメリカは1136人。感染者の総数で言っても、アメリカの約100分の1、ヨーロッパの優等生ドイツの約10分の1程度です(人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【世界・国別】 (sapmed.ac.jp))。しかも、その数は毎年のインフルエンザによる死者数とほぼ同じかそれ以下で(関連死を入れるとインフルエンザの死者は1万)、コロナによる死亡平均年齢は80歳前後(直近のデータは見つけることができませんでしたが、8月時点では79.3歳)。また死亡者が集中している80代でさえ、コロナ感染者の約7割は回復しているのです(新型コロナウイルス 国内感染の状況 (toyokeizai.net)。つまり、新型コロナウイルスとは(すでに3、4月時点で明らかなことでしたが…)、日本人にとってSARS(死亡率約10%)や、MERS(死亡率40-50%)とは全く別物だということです。
では、なぜ、病床数が世界一で(日本の病床数は英米の4、5倍で、文字通り世界一です)、しかも、これほど重症者数が少ない日本で、「医療崩壊」の危機が叫ばれなければならないのか。その原因はただ一つ、「政治の無作為」、あるいは「政治の怠慢」にあります。
たとえば、今月の『文藝春秋』(2月号)に「日本だけなぜ医療崩壊が起きる」を寄稿されている医師・医療経済ジャーナリストの森田洋之氏によれば(ちなみに、森田氏は『クライテリオン』2020年7月号―「『コロナ』が導く大転換―感染症の文明論」の特集にもご登場いただきました)、「日本の医療制度に欠けているのは、病床数でも、医師数でも、看護師数でもな」く、ただ「臨機応変に対応する『機動性』である」とのことです。
つまり、日本の医療体制が、「急性期病床・ICUなどのハードを柔軟に転換・運用する『(縦の)機動性』」と、「医療スタッフや患者等を臨機応変に移動させると言う意味での『(横の)機動性』」がないこと、言い換えれば、「医療の提供を自由競争・競争原理に任せ」すぎた結果として、国家が医療現場に適切に介入できないことを指摘しています。(ネットで読める記事としては、病床の多い日本でなぜ「医療崩壊」が起きるのか | 新型コロナ、長期戦の混沌 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 (toyokeizai.net)などを参照)。
つまり、このコロナ禍に対して、一年間もの間、政権が〝何もしてこなかった″ことの結果が、今回の「医療崩壊」の危機と、「緊急事態宣言」を招いているのだということです――その点、北海道での「クラスター追跡」の成功体験(西浦モデル)を、なし崩し的に=無作為に全国大に拡大して、完全に失敗した現在の事態を、「満洲事変時の『成功パターン』を中国全土に安易に適用して、収拾不能になったかつての失敗と同じ構図」だと指摘する與那覇潤さんの言葉(自粛とステイホームがもはや「正義」ではないこれだけの理由(與那覇 潤) | 現代ビジネス | 講談社(1/5) (ismedia.jp)は正鵠を射ています。
いや、そんな専門的な医療業界の事情など知らなくてもいい。コロナの弱毒性を考えれば(そして、現場の医師の声に耳を傾ければ)、感染症指定を現在の「2類指定」(SARS、MERSレベル)から「5類」(インフルエンザレベル)にするだけで「医療崩壊」の危機は回避できることくらいは、「常識」で推測がつくはずです。にもかかわらず、それらのことは一切議論(報道)されずじまいで、突然「補償」なき「緊急事態宣言」に踏み切るというのだから、もう今の菅政権には一切の「常識」は通じないと思った方がいい。
まさに、引かれたレールの上だけは得意げに歩くくせに、そのレールそのものを問おうとすると、急に思考停止に陥ってしまう「12歳の少年」(マッカーサー)そのものです。
いや、100歩譲って、現状のままで「医療崩壊」を防ぐと言うのなら、――本誌・藤井聡編集長が何度も何度も何度も口を酸っぱくして言っているように――まずは「重症化」しやすい老人と基礎疾患者の自粛、あるいは宴会の自粛などを優先すべきでしょう。そのような段階的な措置もないままの8時以降の「一律自粛」など、たいした感染予防効果も期待できないばかりでなく、いたずらに飲食店(と、それに連なる小売業者―そして、それを支えに生活する私たち自身)を傷つけるだけで全く意味がない。
事実、昨年の夏以降、日本の自殺者数は上昇し続けており、それは、すでにコロナ死者数を上回っていますし(コロナの死者よりも多い自殺者数に海外メディアが驚愕。日本の「メンタルヘルス・パンデミック」(HARBOR BUSINESS Online) – Yahoo!ニュース)、今年の3月、4月にかけて中小企業・飲食店の倒産が相次ぐことを考えれば、自分の「居場所」を奪われた人々が、さらなる「自己解体」に誘われてしまうことはほぼ確実でしょう(ちなみに、少子化も異常な形で進んでいます―予想より10年早い? 新型コロナで日本の「少子化」が急激に加速している衝撃の事実(現代ビジネス))。
それを考えるにつけ、この一年間、つくづく「バカの一つ覚え」のように「緊急事態宣言やむなし」としか言ってこなかった政府、TVメディア、大手新聞社、コメンテーター、言論人の罪は重い。まさに「合理」ではなく「空気」の支配によって敗けた大東亜戦争そのものですが(医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう、戦時中と変わらぬ日本の姿 | 情報戦の裏側 | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)、しかし、それを煽ってきたのが、「戦前」が大嫌いな大手メディアだと言うのだから、もう笑う気力さえ出てきません。
Ⅲ・「住み慣れた場所」を守るために―「自立」について
しかし、私が本当に書きたいのは、実は、以上のような「情報」ではないのです(政策論なら、わたしよりも詳しい人、そして、影響力がある人が大勢いるはずです)。
私が言いたいのは、「人には、命より大切なものがあるだろう」という、ただそれだけのことなのです。ただし、それは決して大袈裟な話ではない。それは、私たちが、私たちとして生きていく際の「生き方」を支えているもののことであり、私が私であり続けていくために欠かせない、あの「リズム」のことを指しています。
なるほど、大きなオーケストラなら、チェロやバイオリンを一挺抜かしたくらいで、その音楽が決定的に崩れるいうことはないのかもしれない。が、たとえば、チャイコフスキーのピアノ協奏曲からピアノを引いたら一体何が残るのか。そのとき、協奏曲は死んだも同然で、それは、もはや音楽と呼べるものでさえなくなっているでしょう。
それと同じように、それを失ってしまえば、私が私でなくなるという一点が、人には必ずあります。それは、行きつけの蕎麦屋の記憶かもしれないし、挫折の傷を癒しに行った劇場(映画館)の思い出かもしれない。
あるいは、友人と共に見に行ったライブハウスの匂いかもしれないし、恋人とデートをした美術館の体験かもしれない――私にとって、それはまず家族と共に過ごした地元の商店街の記憶であり、20年間以上、かつては学生として、今は教師として読書会を続けて来た喫茶店の記憶であり、その後に議論を交わしてきた居酒屋の記憶であり、顔なじみの店主たちとの暗黙の絆です――。いや、だからこそ、それらの「場所を守る」ことは、そのまま「私を守る」ことなのです。
しかし、今、「政治の無作為」を徹底批判するより先に、「緊急事態宣言やむなし」と正義面で言ってしまえる「大衆」が、これほど多いいことを考えると、もはや、日本人のなかに「人」の感覚(コモンセンス=常識)は残っていないのかもしれない。そして、それゆえに、政治家たちの不安商法が、これだけ成功しているのかもしれない。しかし、だからこそ私たちは、人が人であり続けるために、自分が自分であり続けるためにこそ、「お前はお前でなくていい」と言ってしまえる鬼の野蛮さに、その「過剰自粛」の不条理に抵抗する必要があるのです。
私たちは、もっと自分自身の「欲望」(スピノザ)に素直になっていい。他人が何と言おうと「守りたいものは守る」と言うべきなのです。全ての話はそれからです。果たして、「自立」とは、この「欲望の流儀」を守ることではなかったか。「個人の自立」を説くリベラルも、「国家の自立」を説く保守も、そこから始めなければ全く意味がない。
もちろん、できることは限られています。が、全くの無力でもない。それなら、やはり私たちは、私たちが私たちであり続けるためにも、自らの「住み慣れた場所」(エートス―エシック―倫理)を自覚し直し、それについて声を上げていくしかないのでしょう。それ以外に、私たちが、私たちの「自立」を守る術などないのです。
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コメント
濱崎さん。私は失ったものを絵に描く人間です。芥川龍之介さんの2階から囲炉裏に降りる梯子の消失。今起床し、全て腑に落ちました。何故空虚な鴨居玲が自害なさったのかも、理解しました。貴方が喪失した故郷ですが、谷内六郎の絵に有ります。皮肉ですが、木村伊兵衛の「秋田」にも有る。囲炉裏端で霜焼け手の子供が、母や皆の為にわらじを編む姿ではないかな?さて、内閣府のhpに、サイバネテイックアバター生活2030という国家のグランドデザインが有ります。まるで攻殻機動隊の中二病みたいな。私は明治維新を起点に生まれる前から失い、グレートリセットを通過している最中かと。はて、能の音、重なりは美しい。あの音をつくる能楽師は戦国時代からの武家で男系継承です。「明治政府は嘘ばかり」そう公の場で叫ばれたのには、深い理由があるのでしょう。
浜崎さんへ
浜崎さんがチャンネル桜の討論で仰っていたように、文字だけの世界ではいくらでも深読みできてしまうと思うので、もう一度、チャンネル桜の討論に出てほしいです。
チャンネル桜の水島さんに、表現者討論をもう一度実施するように、働きかけてほしいです。そして藤井さんや浜崎さんや施さんなど、表現者のレギュラーメンバーたちで、動画という深読みや誤解の余地が生じにくい形で、言論を発信する方が良いかもしれません。文字媒体はボディーランゲージというアシストが無いのが短所だと思います。
繰り返しますが、文字だけだといくらでも深読みできてしまいます。浜崎さんの主張が十全に伝わらないと思います。文字を否定しているわけではありませんが、願わくば、浜崎さんの主張がハッキリとした形で、聞き手に理解されますように。藤井さんの社交に関する主張も、映像媒体での言論発信だったのなら、どれだけ誤解を打ち消す事ができたか・・・。
久しぶりに来たら色々とコメント頂いていたようで、批判的なコメントも含めて、ありがとうございます。「議論」する場さえあればいいのだと思います。「議論」さえあれば、修正すべきとこころを修正すればいいだけですからね。問題なのは「議論の封殺」(あるいは、上から目線の正義面)、ただそれだけです。
はい。あることに気が付いてほしいのですが、封殺が怖くてストレートには書けませんでした。濱崎さん。応援しています。
浜崎洋介 様、
初めて投稿します。しかし、実は浜崎さんは自分の表現出来ない心の中のモヤを華麗に切り分けて見通しを示してくれる論客として、メルマガの文は全て保存してあります。久し振りにメルマガに再登場頂けた事を嬉しく思います。
今回の文にもやはり光るものを感じました。その部分に触れる前に、浜崎さんの現状認識について若干のコメントをお許し下さい。
これまでに分かってきた武漢熱の致死率は、日本で約1.3%(アメリカ1.7%、世界2.1%、イギリス2.6%、イタリア3.5%など)で、これは季節性インフルエンザ(0.1%)の13倍に相当し、正しく恐るべき感染症であることには違いありません。しかしながらいまだに特効薬はないものの、治療に有効な薬剤(のコンビネーション)も日々報告されて来ており、しかもワクチンの接種も一部地域で始まり(日本では2月下旬の予定)、今後感染死のリスクは激減するでしょう。
私も過剰自粛反対派であり小池都知事に振り回された今回の緊急事態宣言の発出には憤りを感じています。ウケ狙いの煽り報道に尽力したマスメディアにも重大な過失があります。また、御指摘のように自称専門家が無責任にもその煽りに加担している罪は重大なものがあります。ただし西浦氏をマッドサイエンティストと呼ぶのは気の毒な気がします。発信の方法には不適切な面もありましたが。
浜崎さんの言う『宣言に対する怒りをさえ、もしかすると、人々と共有できないかもしれないという「悲しさ」(孤独感)』は自身の言葉が届かない疎外感とも言えるでしょう。「その怒りを共有」出来ず、また言葉が届かない理由として、2つ考えられます。一つは未知のものと対峙した時に、思考停止に陥ってしまう精神性の幼稚さ、もう一つは想像以上に国民の精神的疲弊が進んでおり健全な批判活動すらままならない、と言うものです。この内、未知の状況に対する対応能力の低さは私が常々感じている点でもあります。双方に共通するのは自立した精神の強靭さの欠失であり、これは現在の教育にその原因を求めることができるかも知れないし、また現在の日本の社会構造に起因するのかも知れません。要は訓練がなされていないのです。日々の生活に必要な日本人としての勤勉さや清潔さは日々鍛錬されているために、多くの日本人のながで高い水準で維持されています。しかし現状の異常事態は、残念ながら日本人に出たどこ勝負の野生の感性を要求します。
武漢熱対応病床の不足等「医療崩壊」の危機は、ひとえに行政と日本医師会の怠慢が招いた結果だと私も見ています。東京都などは、夏から病床を減らした実績もあります。医師会は昨年6月から改革派の中川俊男新会長の元で活動していますが、政府との意思疎通に齟齬がある様で、第2次補正予算の予備費の執行を求めませんでした。アメリカでは、現在入院者数が、全病床数の約8%であり、日本は準備されているのがたった約3%です。これは明白に医療行政の機動性の欠如であり、行政側リーダーの指導力の欠如のためでしょう。また緊急時に医療現場と行政とが綿密な調整を可能にする法体系を整備して来なかった行政の不作為も含めます。武漢熱は小さな町医者で対応可能なものではなく、I C Uを有するある程度の規模の病院に医療資源を集中して対処すべき感染症です。
ただ、文中ご指摘されている「2類指定」から「5類」への変更は、そう単純な話ではなく、医師の中でも議論が別れています。ご存知のように、変更すれば一時的に既存の医療機関への負荷は減る可能性がありますが、その問題点としては、感染経緯のトラッキングが不可能になること、感染者自身が治療費を払う必要が出てくる点です(現在は無料、公費負担)。これらの問題点を放置して、変更をするとどうなるか?感染者数が漸次増加し、しかも感染者の診断・治療に遅延を招く事により、結局は重傷者・死者が増える事態になりかねません。私は、「2類指定」か「5類」ではなく、武漢熱に対応できる新しい分類を作るべきだと思います。「クラスター追跡」は有効な方法ですが、市中感染が進んだ現状では感染源確定に至らないケースが6割を超え、当然ながら、追跡以外の手法も導入し併用する必要があります。ここでも、臨機応変さの欠如が問題になっています。もちろん保健所を削減して来たツケもです。
今回の論説で最も感銘を受けたのは、『「生き方」を支えている』『あの「リズム」』との秀逸な表現です。社会、空間、記憶、体験、絆の全てを内包し、なおかつ主体者である自分を組み込んだ動的対象が守るべき実体であると言う事に全面的に賛同します。人は居場所を失うと儚い物です。緊急事態宣言により感情の発露を「過剰自粛」させられる鬱屈よりも、『あの「リズム」』を失ってしまう事は、ずっしりと後々まで残る心の傷を人々に与えることになるでしょう。それを避けるには、またはその状況から救われるには何が必要か?それはきっと健全な反骨精神、または浜崎さんの仰るところの「自立」や『「欲望の流儀」を守ること』でしょう。消耗し切った人にそのためのエネルギーを注入するためには、おそらく広く精神療法的な加療、または宗教的な講話、さらには芸術家や好感度芸能人による勇気付けや「生きる事」についての語りが望まれます。もちろん日本ならば、御皇室によるメッセージも素晴らしいきっかけになるかも知れません。しかしながら、この様な精神的ケアに対する政府からの話は現時点では全く聞こえて来ません。是非ともこの様な議論を早急に始めてもらいたいと思います。
今朝(1月20日)の新聞には麻生財務大臣が「10万円の再給付はしない」との見出しが踊っています。これを心無い発言だと感じるのは私だけでしょうか?彼には理不尽にも生活の困窮に追い込まれている国民の姿が想像できないのでしょうか?政治家にとって、想像力の欠如は致命的だと思うのです。実際に再給付を必要としない国民にとっても、気持ちの良い物言いではありません。「甘えるなよ」と言う麻生氏の声が聞こえるからです。お世辞にも完璧とは言えない(世界レベルで見れば良く感染の蔓延を抑えていますが、これは医療関係者と国民の努力が大きい)政策で国民に多大な努力を「要請」しておきながら、この災難においても財政規律に重点を置くのでしょうか?この未曾有の状況に直面している国民に一致協力を促す再給付金は、そんなに甘やかす事なのでしょうか?私にはとてもそう思えません。ちなみにアメリカでは、1回目は$1000、2回目は$600の支給が既にあり、バイデン新大統領は就任後すぐに$1200の給付を考えているそうです。別にアメリカと比較する必要は無いのですが、生活苦に陥っている国民に対する目配りの違いがこれだけあると言う事です。私には日本政府の対応は同胞に対して冷淡だと感じます。
精神的困窮にしても金銭的貧困にしても、困っている人の発言が小さいのが日本社会の特徴です。ですから浜崎さんの様な発信力のある方が困っている国民の心情も汲んで、今後とも活発な言論活動をされることを強く希望します。くれぐれもご自愛下さい。
リンク切れ
本文とは関係ないことですが、記事のリンクがほぼ全て誤っていて、リンク先へ飛べません。
申し訳ございません。設定に間違いがございましてリンクできていなかったようです。
修正させて頂きました。
ご指摘ありがとうございました。
今回のメルマガを読んで思わず「さすが浜やん!」と声に出してしまいました。
いや~、最初から最後までまともなことばかりお書きになられていて、ほんと気持ちが良かったです。
たわいのないいつもの日常や風景がなぜ大切なのか。なぜ愛おしく感じるのか。
難しい言葉を並べて説明する必要なんてない。
お月さんが綺麗なのは、お月さんが綺麗なまま変わらないから。
あの山が好きなのも、あの山がずっとそこにあったから。
この程度の認識で良いのだと思います。
人間の営みだって基本的には何も変わっていない。
ウホウホ言って石器を振り回していた太古の昔も、気の合う者同士で獲物を仕留め、それを持ち帰りそこで待っていた愛しい者たちとウホウホ言いながら食べていたのです。
しかしこんなことを言っても、雑魚感染症を危険と煽っては騒ぎを広め「ウィズコロナ」などとほざき始めたかと思えば、無理やり生活様式を変えさせようとする金の亡者や野蛮人には、通じはしません。残念な事です。
更に残念なのは、浜やんもぼやいておられた、【もはや、日本人のなかに「人」の感覚(コモンセンス=常識)は残っていないのかもしれない。】←これです。
ですので、今回の浜やんの文章を読んだとしても「心に響かない日本人が大半なんだろうな」と予想できてしまうことです。
私に「食べ終わったらマスクしろ」だの「もっと離れて話せ」だのと指図してくる、強い権限を持つ職場のあの人も、発言力のあるPTAのあの人も、俯瞰して見てみればみんな支配階層の手のひらの上で飼われている犬や羊、或いは豚に過ぎないのかもしれません。
もし日本で今、新型コロナなどという雑魚感染症なんかじゃなく、天然痘やペストといった致死率や感染力の高さは勿論、罹患者の見た目もおどろおどろしい、そんなレベルの感染症が流行ったとしたら、、、。
金の亡者や野蛮人、犬や羊や豚だらけの我が国は、、、もはや正気を失うばかりでしょうね。デビルマンの世界です。
私も、職場や電車の車内でしかマスクを使わないような人間です。
ですので、白い目で見られがちです。。
・・・お互い自分を捨てないよう踏ん張りましょう! ずっと続いてきた、あの愛おしい日常を保つためにも。
川端様 コメントの際 本名でなく
あやねで登録したいのですが!可能でしようか
川端様から頂いております本文にも コメントしたいのですが
あやね で良いですか
私は全くの素人です 今勉強中です
貴重なお話 何度も読み返し 学びます有難うございました
初コメント失礼します。
Twitterやここのコメント欄でよく見かける、過剰自粛に異を唱える人に対する嘲弄ですが、こう言った人たちは今まで医療の現状や、日本の政治的・思想的危機に対して、コロナ以前から何か書物を読み、思想的実践をやってきたのだろうか?と疑問に思います。
恥ずかしながら私は、今回のコロナ騒動まで大して政治的・思想的危機に興味を持ってきませんでした。しかし、コロナをきっかけに三橋さんの動画にまず出会い、そこからチャンネル桜・表現者に出会い、トクヴィルやシュペングラー、オルテガ、三島由紀夫など、様々な思想家の本を読むに至りました。
そういう私からすれば、とてもではないが上記したような反応は恥ずかしくてできません。今回のコロナに関連する諸問題は、人間の思想的・精神的な問題から発生したもので、人間社会の奥深い所に病巣があり、そう簡単に処方箋なんか出せない・断言できないと思ったからです。
医療に関して言えば、多くの人がコロナ前まで、保健所削減の問題や病院の8割が民間で、市場原理によって運営されていたことなどちっとも興味無かったはずです。医療供給体制を整えずに、国民にそのツケを支払わせる「緊急事態宣言」に怒りを覚えるのは当たり前です。金だけの問題だけではなく、活力を奪う劇薬でもあるのです。そして、それは緊縮路線を積極的・消極的に関わらず支持してきた有権者の責任でもあるのです。平時の無駄が有事の余裕になることも考えずに。
こういった問題に以前から関心を寄せていた人間だけ、「過剰自粛は存在しない。過剰自粛なんて言う奴は人非人だ!」と言った感じで、嘲弄しても良いとは思います。
でなければ、顔も名前も晒さずに自粛を唱え続け、その被害を受ける人がいるということを考えずに、過剰自粛に異を唱える人を嘲弄するというのは、浜崎さんが仰っている通り、自分の言説に責任を取らない”大衆”そのものでしょう。
私はもちろん、積極財政で困っている国民の補償を徹底すべきと思います。しかし、「過剰自粛など存在しない」とは言えない。それは究極のソーシャルディスタンスであり、近代のアトム化されていく個人というものを、さらに押し進めるものになりはしないか。そんな状態で健全な民主的国家運営が今後できるだろうか。と疑ってかかるべきだと思います。
本当に政治家の日和見主義には失望ですね。そして多くの国民もテレビの情報だけ鵜呑みにして何も考えてないことには絶望な気分です。せめて指定感染症五類への変更、医療資源の機動的な活用を実施して医療崩壊のような事態に陥らなければ良いのですが…
浜崎氏らクライテリオン勢にひとこと言いたい皆様。ご存知でしょうが、バイアスにハマった人間に何を言っても無駄です(苦笑)
藤井元参与様といい、あなたといい、他人を「犯罪者」「マッドサイエンティスト」呼ばわりとか、ひどい保守もいたものです。さすが、三島由紀夫が嫌った、あの太宰治とその信奉者サークルのごとき(というか、西部氏健在の折からそうだったそうですが)集団にふさわしい言論、駄文、非科学的主張です。
間違いを認めましょう。
そもそも自分たちに何らの「尺度」も「原理原則」もないのだと認めましょう。
今、とても苦しいでしょう? 現実を認めないかぎり、その苦しみから逃れることはできないのです。まずは、生きてください!そして深呼吸して(もちろんマスクはつけてね)、目を開けて周りをよく見て!
「三島由紀夫が嫌った、あの太宰治とその信奉者サークルのごとき(というか、西部氏健在の折からそうだったそうですが)集団にふさわしい言論、駄文、非科学的主張です。」
「間違いを認めましょう。」
とおっしゃるなら何が駄文、非科学的主張であり間違いなのかを説明すべきではないでしょうか。
少なくともSiji102さんのようにしなければ「反論」ではなく読む価値など何もない自分と違う意見に対するただの「文句」ですよ。
読む価値がなければ読まねばよろしい。
自分で調べるんですよ。でも、自分で調べてここで浜崎さん!素晴らしい、藤井さん最高なんてやっている人々のお仲間なんだから、どうしょうもないですね。すみません(笑)
反証データ出したところで、あんたたちは「偽物」「間違い」「怖がりすぎ」としか言わないだろう。疑似科学の信者なんだから(笑)
反対意見をちゃんと出せというなら、クライテリオンから干された佐藤健志、適菜収両氏、それとレギュラーではなかったが繋がりの深い中野剛志氏がいるだろうに、なぜ干した? 異なる意見に耳をかせないほど政治主義に陥っているからだろう。そうとしか言いようがない。
誌面に登場しなくなったら
「干した」だのと断定するのはいかにも浅い。
名前からして幼稚な人間であることは十二分に判りますが
もう少し己の足りなさを自覚しなさい。
私は「何が駄文、非科学的主張であり間違いなのかを説明すべき」と「文句は読む価値無し」とは言っている。
しかし、言ってもいないことを想像から批判されているし、意味不明なところもあるのでそこは指摘させていただく。
まず「自分で調べるんですよ」って「何」を自分で調べるの?
また私は「何」を自分で調べてこのサイトにたどり着いたと言っているの?
最後まで「何」がなんなのかを述べてないのでさっぱりわからんから述べて。
次に「浜崎さん!素晴らしい、藤井さん最高」とは言っていない。
そもそも浜崎洋介、藤井聡両氏のことには一切触れていない。
触れているというならどこが触れているのかを説明してくれ。
それに「反証データ出したところで、あんたたちは「偽物」「間違い」「怖がりすぎ」としか言わないだろう。疑似科学の信者なんだから(笑)」って
勝手に想像というか妄想するのは自由だが、私が「偽物」「間違い」「怖がりすぎ」としか言うか言わないかなど「反証データ」を出してみなければわからないはず。よって「反証データ」を出さない理由にはならない。
最後に「反対意見をちゃんと出せというなら」って私がいつ言った。
言ったというなら証拠を出してくれ。
はじめまして
本記事の内容を否定させていただきます
①当時、人智・財源・人材を無視している
②海外の医療現場と、日本の医療医療現場・経済状態の見解へ誤認が多数ある
などと推察されます。
—本記事への私の認識————————————-
本記事の内容は、
①欧米は、日本より通常医療維持している(医療崩壊)でない
②医療崩壊は防げた
③新型コロナウイルスの生命への脅威度は低い
–↑————————————–
と私は受け取りました。
しかし、どれも私には、納得できない見解です。
—本記事への反論————————————-
①欧米は日本より深刻な度合いで医療崩壊していると思われます。
②㋐新型コロナウイルスは、医療崩壊した場合、致死率が跳ね上がります。
㋑また、感染者・入院患者の分母が大きいので、そのなかの数%でも多くの死者・治療者に膨れ上がります
③本記事では、当時の状況から立案できる解決策が、記載されていないと思われます。人知や資産・人材を超えた政策・解決策は、不可能です
—本記事への反証————————————-
▼①②医療崩壊がもたらす悲劇
~欧州、米国で高い致死率~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第5回】
>医療崩壊が起きることが実証されました。このために、感染爆発後のイタリアやフランスの致死率は20%近くまで増加したのです。
—
■現状の日本の給付の大小比較
①▼2020年 12月報 | 株式会社 帝国データバンク
>倒産件数は552件、12月としては2000年以降最少
>負債総額は1450億300万円、5カ月連続の前年同月比減少
—
■失業率
▼国際比較統計:完全失業率(JILPT)
日本2.9%%ピークは、3.1%
アメリカ3.5%%ピークは、14.8%
イギリス3.9%%ピークは、4.9%
ドイツ3.4%ピークは、4.5%
フランス7.7%ピークは、9.4%
イタリア9.6%ピークは、9.8%
スペイン13.5%ピークは、16.9%
韓国4.9%ピークは、4.5%
—
▼新型ウイルス経済支援、最も手厚い国はどこ? – BBCニュース
>アメリカや日本などの国もまた、新たな財政支出を調達する上で有利な立場にあるという。
・補助金総合2位
・直接支援額3位
反論・反証は、他に当方のTwitterアカウント@siji102から藤井聡氏SF_SatoshiFujii 宛に詳細があります
https://twitter.com/siji102_think/status/1349646932931604482
以上です。何か反証がありましたらメールアドレスか、Twitterアカウント名へおねがいします
各国の財政支出の記事は5月ごろのものと思いますが、日本は融資が多くいわゆる真水が少ないのではないでしょうか。
失業率の比較について、日本は欧米に比べ解雇等はされにくい代わりに、新規採用を抑制するのではないでしょうか。
倒産件数には廃業は含まれないし、休業等は増加しているのではないでしょうか。
また給付ではなく融資が多いため、倒産が先延ばしになっているだけではないでしょうか。
浜崎先生の投稿に感謝します。
文章を読んで、映画ブラスを思い出しました。
この映画はサッチャーの新自由主義的な改革により、街が衰退して行く様子をその街のブラスバンドを通して描いています。
映画の終盤、大会で優勝したブラスバンドのリーダーが以下のような優勝スピーチを行うシーンがあります。
「10年前から政府は意図的に炭坑をつぶしてきました、炭坑だけではなく村や家や人生を発展の名の下につぶした。
我々の働く炭坑も2日前に閉鎖になった、何千人もの労働者が仕事を失った
仕事だけでなく 勝つ意欲も戦う意志も失った生きる希望さえ失われそうになっている
もし我々がアザラシやクジラなら助けてもらえたろう
だが、我々は普通の人間だ、正直で誇り高い人間だ だけど一握りの希望も残っていないのです
我々は素晴らしい演奏をした。だがそれでどうなる?」
コロナの名の下に私の街の酒場の多くの店が閉店、休業に追い込まれ、多くの人が福祉機関に相談に行っています。
コロナは彼らが生きる希望を奪わなければならないほどの強敵なのでしょうか。
検査キットやワクチンを売るために都合よく担がれた雑魚、そう思えてなりません。
メールマガジン「私が私であり続ける」ための戦いーー「過剰自粛」の不条理と戦うために・Ⅱ を配信くださり、ありがとうございました。今まさに『緊急事態宣言 更に7府県追加』の報道に接して、やりきれない気持ちでおりますこの時に読むことができたことに感謝しております。
私の僻みからか、報道する口調にどことなく高揚感を聴き取りながら情け無い気持ちでおりました。何故か、緊急事態宣言を待ちわびるような雰囲気が報道により醸し出される中、浮き上がるような違和感を感じていました。「なにも判断できないし、自分のことを自分が決める重みに耐えられないから全部決めて管理してください」と言う集団の中にいるように感じられて仕方がありませんでした。その時に「私が私であり続ける」ための戦い を読むことができたことは大きな幸せでした。
ひとこと、「ありがとうございます」と申し上げたく、書かせていただきました。
浜崎様、はじめまして。
稚拙なコメントになるかもしれませんがよろしくお願いします。
浜崎様が書いた内容は私が思っている事の殆どを表現しており、同じ思いを持っている人がいる事に嬉しく思いました。
私も今回緊急事態宣言が出た事に自分の無力感と悲しみと怒りを感じています。
自宅近くに小さな居酒屋があり、年に数回行くのですが、本日店の出入口に県庁が作成したと思われる来月7日まで休業のラミネート加工された貼り紙がされており、何もしてあげられなかった無力感と悲しみが更に増しました。
飲食店に対する締め付けは昨年の緊急事態宣言よりも厳しくなったように思えます。
マクドナルドでさえも店内飲食は20時まででそれ以降は持ち帰りのみにされたのを知った時は唖然としました。
政府の対応に問題があるのは言うまでもありませんが、それ以上に都道府県知事や区市町村長が票田(高齢者)から人気を取る為に手段を選ばない横暴ぶり、不安と恐怖を煽りまくるメディア(広告代理店の電通の言いなりになっている可能性がありそうです)と自称専門家、己の保身だけ考えている医師会、考えたり情報収集や分析をしないで政治家や専門家、著名人やメディアを信じ切ってしまう愚衆(言葉が悪くてすみません)に怒りを感じます。
第二次世界大戦に突入した時もこんな雰囲気だったのではと思いました。
私自身はマラソンを生きがいとしており、大規模大会は地方自治体のせいで安易に中止になっていますが、イベント企画会社が小規模レースを開催してくれており、それに参戦しているので何とか精神崩壊を防げています。
個人的な感想として、コロナ騒動下でレースに出てみて、マラソン大会は普通に開催できるのではというのが本音です。三密は意味も害悪もないと思います。
パチンコ店とマラソン大会が特に悪扱いされてるのは明らかに狂っています。
それと普段の年末年始は車で帰省するのですが、実家がある場所がコロナ騒動でパニックになっており、県外ナンバーの車は駐車場を借りられない、電車や高速バスで帰省すれば降りた途端にコロナ脳や自粛警察に何されるか分からない状態でしたので断念しました。
両親も悲しんでおりました。
ちなみに両親は共に高齢者ですが、父は今の状況はおかしいと怒っているので頼もしいです。母は思考停止しやすのが残念です。
最後になりますが、私はミュージシャンのYOSHIKI、HYDE、TERUの3人が特に許せません。
YOSHIKIは昨年他人のライブを中止に追い込んだだけでなく、Twitterを悪用して小池百合子と安倍晋三に緊急事態宣言を出してと提言し、安倍は無視しましたが小池はオリンピック延期が決まった途端に提言を受け入れ豹変しました。YOSHIKIが全ての元凶といっても過言ではないかもしれません。
HYDEはネットで人が多くいる場所の画像を晒して自粛警察行為を行ない、TERUは山中伸弥のマスクランニングに賛同し、気を付けましょうと余分な事を言って危険極まりないマスクランニング定着に協力したうえに、stay home を動画でしきりに呼びかけていたユーチューバーのヒカキンを素晴らしいと絶賛しました。
この3人は億単位の年収があり、既に一生困らない財を築いているので結局は他人事なのだなと思いました。
自分らが行なった行為のせいで苦しんでいる人がいるのが分からないのでしょうね。
稚拙な長文を書いてすみませんでした。