奥武則 著 『感染症と民衆 明治日本のコレラ体験』 平凡社/2020年11月刊 の書評です。
書評者:篠崎奏平
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明治の時代、コレラウイルスによるパンデミックが日本を度々襲った。 七〇%近い致死率をもってして人間を襲うこの疫病に相対し、当時の日本はどのように対応したのであったか。
当時、コレラに対する明確な処方箋は存在しなかったから、政府の対応は当然消毒と隔離の徹底に落ち着くことになる。各地に置かれた共用の井戸や厠の周りを消毒し、コレラ患者を隔離収容するための避病院を設置することなどにより、コレラの爆発的感染を押さえ込もうとしたのである。
しかし、数多の地方や村でこうした政府の政策に異を唱えようと反乱騒動が起こることとなる。多数の死者を出すこととなってしまったこれらのコレラ騒動における主な民衆側の主張は次のようなものだったという。避病院を撤廃し、コレラ患者を家族の元へと還すことや、コレラによって逝去した者の葬式を村で執り行うこと、また、最先端の医療ではなく慣れ親しんだ漢方による治療の要求などである。となれば要求のほとんどは「今まで通りの生活をさせてくれ」という単純な欲望から発せられていたと言えよう。
無論、政府の対応に拒絶反応を起こした民衆とて、やすやすと罹患してしまってもいいと考えていたわけではない。彼らの多くは様々な感染症が発生した際、伝統的にそうしてきたように、祭儀を執りって疫病神と対峙しようとしたのだった。各地それぞれのやり方で祭を開き、コレラ神とも言うべき神的存在にお引き取り願おうと試みたのである。
筆者の言葉を借りるならばそれは「文明と未開」の対立に過ぎない。合理的な消毒や隔離を否定し、非合理的な神的祭儀によってコロナと対峙しようとした民衆の知恵はまさしく未開のものであり、朝野新聞の記事に記載されたがごとく「白痴」でさえあったのかもしれない。しかしそれでも本書に登場する民衆達の生き姿は、不思議にも現代に生きる我々を惹きつけることをやめない。
奥が述べるように病や死が人間にとって不可避なものなのであれば、伝統の内に生きる民衆の知恵は、そうした不可避なものを引き受けながら自分達の生き方・倫理を全うしようとする作法でもあったのである。伝統に支えられた民衆の主張や行動の全てが称賛しうるものであるかどうかは、個別に精査する必要があるだろう。
が、民衆の行動に自らの生活世界を死守しようとする倫理が通底していることは疑うべくもない。
コロナ禍に苛まれる現代において、日本政府の対応は悲惨たるものがある。回避できたはずの(あるいは回避しようという努力が見られなかった上での)二度目の緊急事態宣言が発令され、さらに不可欠と思われる一律の補償は行わないときている。現代の日本人は確実に政府の理不尽な政策により生活世界を脅かされているのだ。
それでも現代の民衆の中から、反抗を示す声が表立って大きくなる気配はない。果たして、現代の民衆は、守るべき生き方や伝統を失ってしまったということなのだろうか。
(『表現者クライテリオン』2021年3月号より)
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