【書評】支えを失った 近代日本の不安ー前田龍之祐

前田龍之祐

前田龍之祐

佐藤 優・富岡 幸一郎 著 『危機の日本史  近代日本150年を読み解く』 講談社/2021年3月刊 の書評です。

書評者:前田龍之祐

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この書評は『表現者クライテリオン』2021年7月号に掲載されています。

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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本書は、明治から現代にいたる近代日本百五十年の歴史について各時代の思想書・文学作品を読み解きながらその内実に迫る、佐藤優・富岡幸一郎両氏による対話篇である。

同調圧力は「翼賛の思想」の一形態である

 言うまでもなく、現在において喫緊の危機とは新型コロナウィルスをめぐる一連の騒動にほかならない。

両氏もまたこの度の危機を近代そのものの結節点として捉えているが、そうした危機に際してとりわけ日本では自粛という名の同調圧力が惹起されるとした上で、それは近代日本に通底して発生する

「翼賛の思想」の一形態

だと見なされるという。

 両氏の議論に従えば、その思想は

明治期では大逆事件への文学者をはじめとする人々の沈黙、
大正期では関東大震災の混乱のなかで起きた朝鮮人虐殺に対する同調圧力、
昭和期では大政翼賛会の創設を機に大衆が流されるようにして国体を支持する翼賛運動

といった形で現れていくが、重要なのは、そのいずれも強制ではなくあくまで各人の自発性に基づいている点であり、この日本人特有の体質は今回も例外なく認められると両氏は指摘する。

 また、日本近代史に一貫してあったこのような「空気の支配」の裏には、神なき国においてある種の超越的原理を措定したいという近代国家建設の最中に見られた不可能な夢があった。

明治政府によってつくられた大日本帝国憲法および教育勅語は国家体系の内に天皇という存在を画定しようと試みたが、

しかし両氏は松浦寿輝の議論を引きながら、そこに超越的な神の概念としての「天」の語が草案と比べ大幅に削除されている過程に目を向け、天皇の受肉化(現世化)という事態に近代日本全体の歪みを見出すことになる

〈理念なき不安感〉を克服するために必要な意識

 絶対的な価値規準が「人間の感情の中に内在化され」ていった結果、それは現実政治における権力を天皇が振るう契機になる一方で、人々の精神に次第に不安を醸していく。

その実存的危機はときに夏目漱石『こころ』の登場人物のような異様な孤独として描かれながら、後に芥川龍之介による「ぼんやりとした不安」という言葉を導いていくだろうし、
それを政治的に埋めようとすれば、共産主義世界革命や皇道思想から発したテロリズムといった方向へ発作的な衝動を伴って駆り立てられざるを得ない。

 あるいは、戦後において〈超越性=天皇〉への問いは大江健三郎や三島由紀夫などの作家によって引き継がれていくものの、ついにはそんな問いすら「記憶もなければ、何もないところに」(三島由紀夫『天人五衰』)消え失せていったとして、両氏は昭和五十年を境に近代日本の空無を見届けていく。

 しかし、外来の意匠では私たちの理念なき不安感を克服できないのであれば、まず必要なのは

「みずからの魂に受肉した歴史」

を見つめ直すことではないか。そして、いつの時代もそうした歴史意識を描いていたのはほかならぬ文学だった。

それなら現在の文学者に求められるのも強いられた〈現実=歴史〉を看取する正確な視力をおいてほかにない。

(『表現者クライテリオン』2021年7月号より)

 

 

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