【小幡敏】務めを果たさぬ日本人①ー我々は自分の痛みよりも愛する人の痛みに弱く出来ている

小幡敏

小幡敏

今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを三編に分けて全編公開いたします。

公開するのは、小幡敏先生の新連載「自衛官とは何者か」です。
第二回目の連載タイトルは「務めを果たさぬ日本人」。

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表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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国民と自衛隊─率いる者の姿

 前節では軍隊が国民の“下層”によって担われると述べたが、では、彼らを率いる者は一体如何なる態様をとるか。

 そもそも軍隊は、狂歌にも「徴兵懲役、一字の違い、腰にサーベル鉄ぐさり」とある様に、国民に厭われる場所であるが、国民は何故軍人となり、何の為に戦わねばならぬのか。

それは旧軍では表向き“天皇陛下のため”であったが、この理念が民衆をして献身的な奉公を許したとは思えない。

すなわち、“天皇陛下万歳”の精神は、彼ら日本の兵隊が遠い大陸のクリークで、南方の密林で、敵前に抜刀立ち上がる力にこそなれ、酷寒の北支山麓を越える行軍や、孤立せる南洋での飢餓を耐えて生きる力にはなり得なかったのではないか。

いや、兵営での掃除、洗濯、飯炊きの励みにすらならなかったのであり、今も昔も、庶民は上からの理念には押しつけがましさを感じるものである※1

 むしろ彼らは“天皇のため”や“お国のため”の向こう側にこの国の山川を、郷里の匂いを、幼き日の友の顔を、父母の温もりを、そして妻子との団欒を見たに違いない。それは兵隊の遺書を見れば明らかだ

そこにあるのはそれまで“地方人”(民間人の謂)として軍隊と縁を持たずにいたひとりの男が、戦争という絢爛で猥雑な騒々しさに巻き込まれ、息子として、夫として、そして父として、戸惑いながら戦い、喘ぐ姿に他ならないのである。

 そうであるならば、やはり彼らはこの国の共同性に命を懸けたのである。当時彼ら一般大衆があれほどにまで過酷で陰惨な戦いを生き抜いたのは、ひとえにこの、人間の基調音としてある共同性への信頼があったからに他ならない。

兵隊たちを奮い立たせるもの

そしてそれは、本来難しいことではない。何故なら、我々は自分の痛みよりも愛する人の痛みに弱く出来ているのだから

 ところが、兵隊は常に貧乏くじを引くことが運命づけられているから、その献身はいつでも当然に保ち得るわけではない。彼らは自分以外の者のために戦い、時として死なねばならない。

故国で怯える婦女子のために、泥水をすすり、困苦に耐え、敵兵に銃剣を突き立てねばならない。彼らの経験する苦痛は、他の苦痛を遥かに凌駕する。だからこそ、この報われない者たちを救い上げるものが要請されるのである。

 それは普通、国家からの栄誉として齎される。しかしこれは、一般に償いには金銭補償と謝罪が求められるところの前者(当然の対価物)にあたるのであって、

心情的な解消には如何にしてもより情緒的なものが必要である(我が日本国はこの前者すら与えないが)。そしてそれこそは、軍人同士の信頼に他ならない。

 思うに、兵隊たちは一義的には共同体のために働くが、一人の人間、生身の血の通った人間としての兵隊はなによりもまず目の前の戦友のために※2、そして信頼に足る指揮官のために命も惜しまず戦う

例えば、米陸軍の将軍G・パットンがノルマンディー上陸を前に、

「諸君らに対する我々の要求が過酷であるとの不満もあるだろう。それはもっともだ。だが私は、今流れるたった一オンスの汗が一ガロンもの血を救うのだと信じる。我々が困難に立ち向かっただけ、沢山のドイツ野郎を殺せる。それだけ我々の犠牲は減るのだ、覚えておけ!」

と演説した時、兵は奮い立ったに違いない。いつでも前線で指揮を執るくそったれパットンがこう言うのだ、あいつなら俺達のことを分かってくれるに違いない、やってやろう、そう思ったはずである。

 また、福田恆存の

「旅順を訪れた時の私の感慨は唯単に第三軍司令官たる乃木将軍に対する同情に尽きるものではなく、将軍を言はば『象徴』とする当時の日本の国民と国家とに対するものであり、(中略)何も識らなかつたのは、
旅順攻略といふ悪い籤を引いた将兵だけに限らない、日本の国家そのものが、さういふ運命に遭遇してゐた」※3

との言に思いを致せば、愚将との謗りを受ける乃木希典は、むしろ哀れな近代日本人たちを、「乃木将軍の下なら」という哀愁の中で見送った将軍として、やはり将たる器だったのだと思う。

 そして、乃木が自ら木石であろうとしたと言うように、指揮官の貫目は戦術や軍政への卓見以上に、現身としての兵隊の悲哀や苦しみを救いとる器となることにある。

それが中間指揮官ならなおさらで、戦争など始まってしまえば各局面は兵隊がやるのであり、指揮官の第一の務めとは、兵隊を“安んじて”戦わせることであるといっても過言ではない。

かつての幹部自衛官、現代の幹部自衛官

 では、現時自衛隊の将校たる幹部自衛官がその任を果しているか。これには断じて否と言わざるを得ない。何故か。それには今一度将校と下士官兵の関係を見てみなければならない。

 かつて軍隊では将校と下士官兵の間には明確な線引きが成されており、俸給でみれば瞭然、将校の内最下級の准尉でも年額千三百二十円であるのに対し、二等兵は百八円しか支給されていない(昭和二十年基本給)。

当時の従軍日記などを見てもその懸隔は明らかであるが、そもそも故国での出自や家庭環境を異にしている場合が多いので、言葉遣いからして人間の造りが異なっていたといってよい。

 しかしながら、現代において斯様な差異は存在せず、それに加えて人間に貴賤上下はないと見做したがるために、幹部と曹士の間にさしたる心理的懸隔はない。

それはむしろ当然で、これだけ国民の内に共同性への信頼(自らを犠牲にする原動)が失われ、国防が関心事でなくなってしまうと、
そもそも自衛隊の幹部の成り手になるのは防衛大学校生も含め、極めて質の低いものになるのは当然であり、部内選抜幹部(元曹士)も多い以上、それは曹士と容易に混和し得る※4

 それだけではない。….

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※1  元特殊作戦群長の荒谷卓氏は「私個人は『天皇の大御心に副い奉る命令に従う』」(『自衛隊幻想』)と述べるが、特殊部隊ではそれでよくても、民衆と不可分の軍隊では適用できない。何故なら、現時国民は戦前以上に天皇との関係から疎外されており、更に言えば、「などてすめろぎはひととなりたまひし」の問題が解決されていないからである。

※2  連載(『問ひ質したきことども』)第一回「もののふの有り様」参照(表現者クライテリオン二〇一九年七月号)。

※3  福田恆存『軍の独走について』。

※4  普通軍隊では軍紀維持のために制服や待遇に差異を設けて将校を兵隊と区別するが、少なくとも陸上自衛隊ではこの境界が曖昧であり、むしろ幹部は曹士と隔てなく交われという文化すらあった。私はそれを、そうするくらいしか能がない者の逃げ口上と邪推していたが、いずれにせよ極めて不適切である。

(続く)

(『表現者クライテリオン』2020年11月号より)

 

 

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