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【仁平千香子】帰らなかった日本人妻たち①ー妾として屈辱の日々を耐えるか、逃げ出して極貧生活を送るか

仁平千香子

仁平千香子

今回は、『表現者クライテリオン』のバックナンバーを二編に分けて公開いたします。

公開するのは、仁平千香子先生の新連載「移動の文学」です。
第三回目の連載タイトルは「帰らなかった日本人妻たち」。

表現者クライテリオン,コロナ,ポリコレ

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です。

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老人は新を好むの余地なし。ゆゑに旧を好む。少者は恋ふべきの旧なし。ゆゑに新を好む。(中略)
日ありて夜あり。闇の後に月あり。天下変ぜざるなし。時々に変じ刻々に移る。
変化推移を好むは人情なり。変化なきこれを死といふ。(夏目漱石「断片」明治三十二、三年)

朝鮮半島に残った日本人女性

 大石久和氏の著書(『国土が日本人の謎を解く』)には、災害の頻度と国民性の関係が説明されていて興味深い。

自然の影響を強く受けてきた日本人にとって、無常が自然であり、対照的に災害の少ないヨーロッパの地域では変化は人為的に作るものという差異がある。

そして変化に適応することで生き延びてきた日本人は歴史を顧みず、過去から学ぶ姿勢に欠けているという。これは冒頭の漱石の覚書とも共通する。「変化推移を好むは」日本人の「人情」なのだろう。

 しかし過去から学ぶべきことは計り知れない。自分たちの代わりに戦争を生き抜き、奇跡的な戦後復興を実現した日本人についてできるだけ多くを知るべきだ。

旧を知るべき理由の一つは、危機を経験した先人たちが我々に与えてくれる貴重な教えがあり、それこそ危機感に欠いた現代日本人が学ぶべきものであるからだ

しかし「少者は恋ふべきの旧なし」。学びの少ない者には旧を知る必要性への意識も欠ける。少しでも旧を知る助けになればと筆をとる。

 帰らなかった日本人について語る。

第二次世界大戦後、外地から五百万人ほどの邦人が引き揚げたと言われるが、引き揚げなかった者たちがいたことも忘れてはならない。

引き揚げなかった、または引き揚げられなかった理由は様々であるが、本稿では日本の敗戦後も朝鮮半島に残った日本人女性を取り上げる。

彼女たちの物語を読んで考えさせられることは、人間の底力驚くほどの体力と精神力が人間に秘められていることに驚く。そして自分はこの人生でその半分も出す努力をしていないことに反省させられる。

 韓国慶州にナザレ園という日本人女性向けの福祉施設がある。日本に帰国できず貧困に苦しむ日本人女性が多くいると知った金龍成氏によって一九七二年に設置された。

内鮮一体が国策として進められる中、内鮮結婚は昭和十三年から十八年の間に五四〇〇組を超え、その七割が日本人の妻を持つ夫婦だった。戦後も朝鮮で暮らすことになる日本人女性には大きく分けて三つのパターンがあったという。

①戦前に日本で働いていた朝鮮人と結婚し朝鮮へ渡航、
②戦前日本の両親とともに外地に移住し朝鮮の夫を持つ、
③内地で朝鮮人と結ばれ、戦後夫と共に朝鮮へ「引き揚げ」。

昭和三十七年時点で、韓国にいる日本人妻は約二千人、その八割は子供を四、五人抱え、生活の道を失っている母子家庭だったという。

様々な経緯と縁でナザレ園に辿り着いた女性たちが語る壮絶な物語は、上坂冬子氏が一九八四年に『慶州ナザレ園─忘れられた日本人妻たち』を発行したのち、ようやく日本人にも知られるところとなった。

「ナザレ」とはキリストの母マリアとその夫ヨセフの生まれた場所であり、「偉大なる故郷」という意味である。

反日思想と朝鮮動乱

 朝鮮に残った、または戦後に渡った、日本人女性たちは李承晩政権以降の強硬な反日思想と朝鮮動乱の中を生き抜いた。

朝鮮人の夫を持つものの中には、自分が正妻ではなく妾であったことを朝鮮に着いてから知らされるものも少なくなかった。

彼女たちは、朝鮮の夫の実家に着いてからすでにあった正妻と子供の存在を知り、妾としての屈辱の日々を耐え忍ぶか、逃げ出して極貧の中生きていくかを選ばされた。

または正妻として夫の両親に迎えられたとしても、朝鮮人の両親の中に蓄積された日本人への恨みと、朝鮮流の家事がこなせない嫁への苛立ちが、彼女たちの居場所を奪い、食事は家族と離れ残飯を食べるという状況を強いられるものもいた。

信頼できる夫を持ったものは、邦人のための帰国船が用意されるという話を聞きながらも、夫と共に朝鮮に残ることを決めた。しかしそのようなよい夫を持った女性の多くが夫に先立たれ、身寄りを失った。

 朝鮮での生活がなんとか落ち着いたころ、朝鮮動乱が始まる。三十八度線を目指して逃げ惑う中、夫や子供たちと繋いだ手を離してしまい、生き別れたものも少なくなかった。

その混乱の壮絶さを、ある女性は次のように語る。

なんで子供の手を離したんや、と聞く馬鹿なもんがおる。
手をひくもひかんもないわいな。
時化(しけ)の海みたいなもんで大波に振りまわされて、気がついてみたら、身内のもんは誰もおらんのじゃ。
考えてもごらんなさい。あんた、いまここでドカンと戦争になってそれ逃げろ、といわれたらどうするね。どうしようもないでしょうが。
六・二五事件はそんなふうやったんや。
わしは下関で何べんも空襲に遭うとるが、空襲とは比べものにならんね。こっちは戦争なんやから。
空襲だけしか知らん日本人にはいうてもわからんわな。

 彼女たちにとっての「戦争」とは日米戦争ではなく朝鮮戦争を意味した

壮絶な経験をせざるをえなかった女性たち

 逃げる途中で暴行され、妊娠するものもいた。家族と逸れた女性たちは、運が良ければ女中としての職を得、または少ない蓄えで立てた飯屋が成功し、そうでなければタバコ売りとして食い繋ぎ、または洞穴で暮らしながら落ちている食べものを探した。

 動乱勃発から数年後に夫と再会を果たすものもいた。ある女性は四年ぶりに再会した夫の顔が最初見分けられなかったという。声をかけてきた夫も、妻の顔の古傷だけが頼りだった。

戦禍を生き延びたあとに、親類同士がすぐに判別できぬほど豹変してしまうという話は珍しくなく、その壮絶な経験は想像にあまりある。

 高まる反日思想の中、あるものは日本語を閉し、朝鮮人のふりをして生きた。あるものは韓国籍を得るために偽名を使った。日本で正式に結婚していたものは、講和条約発効と同時に韓国籍を取得することになった。

しかし戦時中の情勢を懸念した両親の中には娘の朝鮮人との入籍を認めず朝鮮に渡航させる場合も少なくなく、そういう女性たちはのちに韓国で無国籍扱いとなった。

または逃げた夫が日本人妻を死亡扱いにして戸籍を外し、気づいたら無国籍になっていたという女性もいた。

 ナザレ園の関係者は、日本人女性たちの帰国の手続きも支援していたが、虛偽の申請で韓国籍を取得していたものや、無国籍となってしまった女性たちの帰国手続きは難航を極めた。

中には長い韓国での生活で、日本語以上に朝鮮語を解すものも少なくなく、彼女たちがもともと日本人であったことを証明することは容易ではなかった。

さらには戸籍を復活できたとしても、日本での身元引受人が見つからず、または身内がいても世話ができるほどの生活力がなく、帰国が叶わないものもいた。

 これらの女性を母に持つ子供たち(二世)にも戦後体験は大きな傷痕を残した。

日本人の残虐性と侵略の歴史を繰り返し教える戦後の反日教育によって、子供たちは両親への恨みを高め、我が身を呪った。

ある二世は成人して韓国で安定した職に就き、結婚も決まったのちに心中自殺した。女性たち同様、子供たちに強いられた苦労も計り知れない…(続く)

(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)

 

 

 

続きは近日公開の第二編で!または、表現者クライテリオン』2021年5月号にて。

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