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【特集1】アメリカが世界を破壊する [特集座談会]
施 光恒 × 柴山 桂太 × 浜崎 洋介 × 川端 祐一郎
柴山▼今回の特集テーマは「アメリカが世界を破壊する」です。世間ではイラン攻撃に関して、トランプの狙いは何かとか、この先ホルムズ海峡がどうなるのかといった短期的な話題が中心ですが、本誌は思想誌ですので、より大きな枠組みからこの問題を考えてみたいと思います。
最初に問題提起したいのが、今回のトランプの行動は「トランプ主義」を裏切るものではないのか、ということです。トランプは二〇一六年の一回目の大統領選挙の頃から孤立主義的な外交政策を主張していました。アメリカは冷戦後、自由貿易やグローバル化を推進して世界中の市場を統合するという形で国際分業を再編し、情報や金融といった新しい産業で覇権を握り直すことで再出発しました。しかし三十年後の今日では、製造業が空洞化して地方が「ラストベルト」になり、未来を失った白人中年が絶望しているという状況になってしまった。そうした悲惨な人々の現状を描いた『ヒルビリー・エレジー』の著者であるヴァンスが、副大統領に登り詰めるまでになりました。
トランプは一期目も二期目も、こうしたグローバル化路線を修正してアメリカの産業基盤を作り直すと約束してきました。そのために保護関税をかけて工場を海外から自国に戻したり、歴代政権が行ってきた海外への軍事介入をやめて、同盟国に軍事負担を増やすよう要求したりしてきた。ウクライナ戦争にしても、これ以上は深入りしないと宣言していて、アメリカの少なからぬ有権者に支持されています。
こうした動きを「トランプ主義」と呼ぶとすると、二期目の一年目、つまり二〇二五年まではトランプ主義でした。相互関税をかけるだけでなく、日本や韓国、ヨーロッパに産業再生の資金を出させる約束までさせた。しかし、二〇二六年に入って突然ベネズエラに軍事介入を行って、うまくいったことに気を良くしたのか、今度はイランまで攻撃したもののうまくいかず、原油価格が上昇してインフレが再燃する兆しも出てきた。アメリカは再び対外政策に国内政策の足を引っ張られる状況に陥ったわけです。
この流れはトランプ主義からの逸脱と考えるべきなのか、それともトランプが目指す戦略の一部に含まれていたと見なすべきなのか。まずはこのあたりから議論したいと思いますが、施さんからコメントをお願いします。
施▼今回のイラン攻撃にはがっかりしました。少々トランプに期待しすぎたところがあったなと反省しています。私はトランプがアメリカの一般庶民の生活を再建するために国内経済重視の路線をとり、新自由主義グローバリズム路線を変えていくだろうと一期目から大いに期待していました。二期目も関税を各国に一方的に課すという形は少々変だなとは思いつつ、それでも期待していたところがありました。
けれども、徐々に違和感が大きくなりました。トランプ政権のブレーンにはマイケル・リンドやオレン・キャスなど、いわゆる「リフォーモコン」や「新しい保守主義」と言われる一派がいます。彼らは反新自由主義、反グローバリズムで国内経済や労働者を重視しており、副大統領ヴァンスや国務長官ルビオに近い思想グループです。キャスは昨年の五月に自身が編集した『The New Conservatives』という政策論集の書籍を出していて、私は、昨年度の秋に大学院の授業のテキストとして使いました。この本、納得できるところも多いのですが、違和感を覚えたところもありました。
本来彼らがとるべきプログラムは、新自由主義グローバリズムに懐疑的な世界各国の政治勢力と国際的連携を作り出しながら、国際協調の下で資本移動の自由に規制をかけていき、関税も相互に認め、グローバル企業やそこに投資している投資家が各国の政策に大きな影響を及ぼすシステムからの脱却を図るというものだと私は思っています。しかしキャスが編集した政策論集を読むと、他国とのそういう互恵的な形を作り出そうという姿勢は見出せません。アメリカの産業を復興させてアメリカの製品を世界に行き渡らせるという重商主義的な考えであり、アメリカの労働者や庶民の生活を良くするという目的はあっても、そのために他国のいわゆる「ポピュリスト」勢力と連携しようという発想はなく、一方的です。関税でいえば、自分たちは関税をかけるが、他国がアメリカに対して関税をかけるのは認めないという発想です。
もちろんアメリカ経済は非常に大きく、稼げる市場ですので、独善的に振る舞ってもある程度ついてきてくれるのかもしれないですが、長期的に見ると、このアメリカ中心主義的なやり方は他国の賛同を得られず、立ち行かなくなります。また、各国の庶民が各国の経済社会の主人公に返り咲ける方向でアピールすれば国際的にも知的かつ道義的なサポートが得られると思うのですが、トランプ政権はそういうことは言わないし実際にやってもいません。
もう一人、トランプ政権のブレーンにヨラム・ハゾニーという人がいます。彼は『ナショナリズムの美徳』という本を書いていて、グローバリズムとは一種の帝国主義であると指摘しています。要するに、一つの原理や理想で世界を覆ってしまうものであり、それはけしからんということです。そして、その対抗理念として、多数の国民国家からなる多元的政治秩序を作るべきだという議論を展開します。本当はマイケル・リンドやオレン・キャスらのグループも、ハゾニーの多元的かつ互恵的な国際秩序論から学んでいけばいいと思うのですが、実際にはそうなっていないわけです。
今回のイラン攻撃や、それ以前からのトランプ政権のアメリカ中心主義的、重商主義的な経済ビジョンにしても、やはり一神教的な世界観が非常に強いのかなと若干失望します。アメリカは他国との協調や互恵的関係の中で秩序を作っていこうという発想になかなかなりませんね。そういうところにアメリカの知的欠落を感じました。
柴山▼「他者性の欠如」ですね。浜崎さんはどうでしょうか。
浜崎▼トランプによる「トランプ主義」の裏切りや、アメリカの独善性という問題の背景には、アメリカの「劣化」があるのではないかと思います。それはイラン攻撃のやり方を見ただけでも分かります。国際法は言わずもがな、同盟国への配慮が一切ないですよね。せめて動機や目的、それに対する覚悟をはっきり示してほしいのですが、それもよく分からない。最初はレジームチェンジだと言っていましたが、途中からは核兵器の廃絶だと言い始めるなど、戦略性や目的の必然性が見えないわけです。
それでも、彼らの目的は何なのかといろいろと考えていくと、中間選挙に向けた福音派へのアピールという話が見えてくる。逆にいうと、それくらいしか整合的な理由がないわけですが、でも、それが本当なら、これほど身勝手で無責任な話もないでしょう。そんなことがまかり通ってしまい、それを誰も止められないということになれば、それこそアメリカの「劣化」の証拠です。
では、この劣化をもたらしたものは何かというと、やっぱり、一九七〇年代以降のポスト工業化と、その延長線上のグローバリズムでしょう。オイルショックと過剰労働人材の枯渇を理由に生産業からIT、金融業に経済戦略をシフトしたアメリカは、以降、「ナショナリズム」を溶解させていきます。調べると、アメリカの工業生産力は第二次大戦が終わった一九四五年時点で、全世界の四五から五〇%を占めていました。が、二〇二〇年代になると、それが一五から一七%にまで下がっています。のみならず、GDP全体のサービス業の割合は七五から八〇%と言われている。そのうち、金融、不動産、情報通信、医療、専門サービスなどが五五%程度で、それに対して、製造業はたった一〇から一二%です。要するに、かつてアメリカの繁栄を支えてきた製造業がボロボロだということです。
もちろん、このことは、社会の高学歴化や都市化、個人化と関係しますが、危機的なのは、これが、「モノから離れた観念の世界」、「ポストモダン的大衆社会」を加速してしまうことです。しかも、個人化を背景に、没落した中間層と、IT、金融エリートとの格差と分断が広がれば、彼らの「観念」を止めるブレーキはますます見つからなくなってしまいます。
つまり、上層と下層をつなぐ「常識」、その「接着剤」としての中間層が消えてしまったわけですが、そもそも、中間層とは、家庭や地域を形作り、あるいは会社といった場の中で、「お互い様」の倫理や社会共同体の倫理を育てていく主体なのです。だから、それらが崩壊すると、共同体が進むべき方向が見えなくなる。政治的方向性を安定させたり国民的同意を取ったり、妥協させたりするための接着剤が溶解して上層と下層に分断するので、選挙のたびに極端から極端へと振れていく。
このような状況で、例えばリベラルの側から極端な物語が出てきます。「セクシュアリティは自分で選べるのだ」という物語がその典型です。「自分が女だと思えば女なんだ」というような、荒唐無稽な話がまかり通る。そうかと思えば、右は右で、例の福音派の物語が出てきます。「パレスチナの地にユダヤ人が集まり、イスラエル国家を建設したのちに、彼らがキリスト教に改宗してハルマゲドンを起こす」という、これもまた荒唐無稽な物語です。
このように、アメリカでは恣意的な物語が大量に発生しているわけですが、繰り返せば、社会共同体の常識なり、お互い様の倫理がなくなったために、それに全くブレーキが利かなくなっているということが危機的なのだと思います。その意味でいうと、今回のイラン攻撃がまさにそれで、「ブレーキが利かないアメリカの暴走」を如実に感じますね。
今回の特集テーマは「アメリカが世界を破壊する」ですが、まさにその元凶は、アメリカ国内の社会共同性の崩壊、中間層における倫理の溶解なのではないかと考えています。
柴山▼アメリカは「神を信じる」人の割合が、先進国では別格に多い宗教国家として有名だったのですが、この二十年でかなり低下したという調査結果があります。神を信じる人が減った代わりに、信じられるのは「お金」だと答える人が増えている。私も少し滞在した経験がありますが、アメリカは田舎に行くほど古くからある教会の存在感が大きい印象を受けました。そうした伝統的な共同体の力が弱まった結果、その空白を埋めるかのように福音派の存在感が強まっているのかもしれません。
川端▼アメリカでは伝統的なプロテスタントに対する信仰の度合いは下がっていて、無宗教と答える人も増えているのだけれど、同時に超自然的なもの、スピリチュアルなものを信じる若者は増えているというデータを見たことがあります。これは恣意的な物語に傾倒しやすいということと関係があるかもしれませんね。
柴山▼アメリカは多民族国家だけれど、長らく強固な産業基盤を持ち、農業や工業を中心とした地域共同体が社会の安定を支えていました。キリスト教が市民宗教として接着剤の役割を果たしていたわけですが、旧産業と宗教が同時に衰退したことと、トランプの登場なりアメリカの暴走なりは深く関係しているのでしょうね。
川端▼僕は、アメリカの「知識人」がどういう人たちなのか気になっています。トランプが無茶苦茶な人なのは分かりますが、施さんが紹介されたように周りにいるブレーンも思ったほど良識のある人たちではなく、妙な考えに取り憑かれているのだとすると、アメリカの学者というのはいったい何を間違えているのかなと。
私が比較的よく知っているのは心理学やコンピュータの分野ですが、二十世紀のアメリカで書かれた論文を見ていると、七〇年代ぐらいまでは深い教養を持った学者がたくさんいたような印象があります。もしかしたら、ロシア革命やナチスの迫害から逃れた亡命知識人たちのおかげで、ヨーロッパの知的伝統が流入していた時代だったのかもしれない。ところが最近のアメリカの学者が書いたものを読むと、政治経済を含めどの分野でもそうなのですが、すごく賢いし分析は鋭い一方で、どうも「何かが足りない」と思うところがあります。
そこで感じるのが、アメリカのエリートには根本的に、外国の文化に対するリスペクトや関心がないのではないかということです。よく「アメリカは歴史のない国だ」と言われますが、そのことの重みがどんどん増している感じがします。
僕は一期目のトランプ政権は応援していました。何かを破壊してほしいという願望があったからです。だからこそ、九・一一のテロやイスラム国の運動に対しても、不謹慎ではありますが、戦後の国際秩序の常識がひっくり返るのではないかという意味でワクワクした部分がありました。それと似たような期待がトランプに対してもあったのですが、それでも当時から僕は、トランプを日本の皇族には会わせたくないと思っていました(笑)。プーチンなら皇族に無礼なことはしないと思いますが、トランプは何をするか分からない。
身近な話でも、例えば二年前にあるアメリカ人の投資家とオーストラリア人の学者が、僕らと共同研究するために京都にしばらく滞在しました。オーストラリア人は静かな京都の町の文化に溶け込もうとしていたのですが、アメリカ人の方はずっと祇園商店街のようなゴミゴミした観光地に行きたがっていて、おまけに日本は英語が通じないから嫌だと言って、百貨店に引きこもっていた。オーストラリア人の方は、日本人のカタコトの英語に辛抱強く耳を傾けるタイプで、自分でも漢字やらの勉強をしていました。とても対照的だなと。
国際法というのも、単なる利害調整のための合理的なシステムではなくて、そこには世界史の重みのようなものが折り畳まれているわけで、それに対するリスペクトを各国の指導者が持っていなければ秩序は成り立たない。アメリカ人にはそういうものが根本的に欠けてるんじゃないですかね。
川端▼それと比較すると、イランも、、、(続きは本誌にて)
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