今回は、『表現者クライテリオン』で毎号掲載しているコラム【鳥兜】を公開します。
2021年9月号の2つ目のタイトルは「SNS時代の「人民裁判」」。
『表現者クライテリオン』では、毎号の特集のほかに、様々な連載も掲載しています。
興味がありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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東京五輪の開会式で楽曲を担当していた小山田圭吾氏が、学生時代のいじめを過去に雑誌で自慢していた事実を糾弾されて、辞任に追い込まれた。
同じくショーの演出を担当している小林賢太郎氏も、以前にホロコーストを笑いのネタにしていた(らしい)ことが明るみに出て、解任される事態となった。
どちらも過去の、それも二十年前や三十年前の話であり、当時のコンプライアンスがゆるい風潮の中で起きた出来事である。
それがなぜ、今になって蒸し返されたのか。
大きな理由は、東京五輪が政治問題化したからだろう。反対派の声が大きくなる中で、運営側の醜聞が探し求められるようになった。両氏は、格好の餌食となったわけである。
加えて、近年の「キャンセル・カルチャー」の高まりがある。
道徳的に不謹慎な言動を取った有名人を、公の場から追放・抹消(キャンセル)しようとする、SNSを中心とした運動である。
不謹慎な言動が理由で有名人が地位を追われるのは、今に始まったことではない。
ただ昔は、醜聞の追求はマスコミの仕事だった。新聞記者や芸能レポーターが対象を追いかけ回し、情報を大衆に伝える。誰の何を糾弾するかは、マスコミのさじ加減に任せられていた。
今は違う。大衆の怒りが、マスコミを飛び越して、攻撃対象に直接向かう時代である。SNSによる集中砲火で、辞任や解任が引き起こされる。
そして時には、マスコミもそうした攻撃を受ける。
社会的制裁を加える権力は、もはやマスコミの独占ではなくなったわけである。
では、大衆は何に怒っているのか。
いじめられた被害者は、きっと今も傷ついているだろう。不謹慎なネタをして、人権団体が黙っているはずがない。
自分が直接、何か被害を受けたわけではないが、被害者がもし自分だったら絶対に許せない。そういう架空の感情移入を通じて、怒りのスイッチが入る。
感情移入は、人間のもつすぐれた能力だ。
赤の他人でも、不当に傷つけられたら許せないと感じる。その怒りはまったく人間的なものである。
だが、二十年も三十年も前の出来事、それも当事者に詳しく話を聞いたわけでもその場にいたわけでもなく、ただ昔の記事や動画にその証拠が残っていたというだけで公職追放というのは、いささか度が過ぎている。
しかも、小林氏に関しては、日本の防衛副大臣がわざわざ米国の人権団体に「ご注進」までして問題を大きくした、という。
これが事実なら驚くべきことだ。国民を守るべき立場にいる政治家が、わざわざ国外に一国民の情報(それも伝聞に過ぎない情報)を売った、ということになるからである。
マクルーハンは、電子メディア社会は新たな「村社会」となるだろう、と予言していた。
SNSを行き交う短い文章や動画によって引き起こされる過度の感情移入と、抽象的な道徳論理が短絡的に結びついて、毎日のように誰かが人民裁判にかけられる。
「キャンセル・カルチャー」の流行は、現代人が感情と思考の確かな統一を失いつつあることを、つまりは「自分」という判断の基盤を失いつつあることを、まざまざと示しているのではないか。
(『表現者クライテリオン』2021年9月号より)
他の連載は『表現者クライテリオン』2021年9月号にて。
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