今回は『表現者クライテリオン』バックナンバーの2019年9月号から、こちらを公開します。
白川俊介先生の連載(第二回目):ナショナリズム再考
連載タイトル:政治体制としての「デモクラシー」の存続のために
本記事は第二編!
⇒第一編から読む
以下内容です。
二〇一六年度の「ブレグジット」の賛否を問う国民投票やアメリカ大統領選挙を見ていて、私はとりわけ
「あれはデモクラシーではない。ポピュリズムだ」
という類の言説に違和感を覚えた。
その一つの理由は、これまで述べてきたように、「デモクラシー」=善いものであり、「ポピュリズム」=悪いものであるというような図式は成り立たないように思われるからである。
だが、いまひとつの理由は、「ポピュリズム」そのものがというよりも、一方が他方を「ポピュリズムだ」として貶めるような態度は「デモクラシー」の存続を難しくするのではないか、と考えるからである。
なぜなら、「ポピュリズムだ」といういわばレッテル貼りは、敗者がその敗北を受け入れないという態度表明のように私には思われるからである。
トランプ大統領の当選にしろ、「ブレグジット」にしろ、民主的な選挙の結果として、そうした選択がなされたのであり、それは人々の意思の体現なのであり、そうした帰結こそが「デモクラシー」そのものである。
もちろん、その結果に納得せず、それとは別の意思を体現しようという人々も依然としているだろう。
しかしながら、いかなる意思が体現されるべきかという争いに敗れた敗者は、たとえそれが自分のものとは異なる意思ではあっても、多数の人々が支持した意思をひとまずは受け入れる必要がある。それが「デモクラシー」というものである。
無論、アレクシス・ド・トクヴィルの議論に触れるまでもなく、「デモクラシー」が多数者の暴政に陥ることのないように、多数者の行いに常に警鐘を鳴らしつづけるというのは、「デモクラシー」を健全なものにするうえで必要なことである。
だが敗者の側が、「あんなのはデモクラシーではない。ただのポピュリズムだ」というレッテル貼りを、あまつさえ「反知性主義」という言葉をわざわざ持ち出してまで行うとすれば、それはあくまで「真の人々の意思はそちらではなくこちらにあるのだ」と言っているのと同じことではないだろうか。かかる態度は、敗者はその結果を甘んじて受け入れる、という「デモクラシー」の前提を切り崩してしまうだろう。
「デモクラシー」にはもとより人々を「多数派」と「少数派」/「勝者」と「敗者」に分断する機能が備わっている。
ゆえに民主社会が成立するためには、とりわけ「少数者」や「敗者」が、みずからの意思とは異なる意思ではあってもそれをひとまずは受け入れるということが極めて重要である(ただし、これはデモクラシーが公正に行われていることを前提とする。近年ではIT技術やデータ・アナリシスの手法の進化などによって、デモクラシーそのものが歪められていると言われる。この点はデモクラシーについて考察するうえで今後ますます重要性を増すように思われる)。とすれば問題は、なぜそれが可能なのか、ということになろう。
その理由は、一つには、同じ公共の枠組みにおいてともに生活を営む仲間であるという連帯意識と、そこから派生する信頼感が人々のあいだに醸成されているからであるように思われる。
同じ公共の枠組みのなかで暮らしており、ある程度の方向性や利益が一致している者同士であれば、民主的手続きを経て結果的に敗者になったとしても、勝者を信頼し、勝者が自分たちのことを無下に扱うことはしないだろうと期待できるがゆえに、敗者は敗北を受け入れることができよう。
現代の著名な政治哲学者ウィル・キムリッカの言葉を借りれば、
そして、キムリッカをはじめとするリベラル・ナショナリストによれば、かかる連帯意識をもたらしうるものは、当座のところ「ナショナリティ」の共有以外にはありえないのではないか、というわけである。
重要なことは、人々の意思を基底に据えるという意味での「ポピュリズム」を「デモクラシー」という政治体制において体現しようとすれば、人々のあいだに分断や相違を越える何らかの連帯意識がなければならない、ということである。
言い換えれば、「デモクラシー」が「ポピュリズム」的であるためには、実のところ「ナショナリズム」が求められる、ということである。
(『表現者クライテリオン』2019年9月号より)
他連載は『表現者クライテリオン』2019年9月号にて。
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