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【鳥兜】ヒステリー化した「どっちもどっち論者」狩り

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

今回は、『表現者クライテリオン』で毎号掲載しているコラム【鳥兜】を公開します。

2022年7月号の2つ目のタイトルは「ヒステリー化した「どっちもどっち論者」狩り」。

興味がありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。

 

【鳥兜】ヒステリー化した「どっちもどっち論者」狩り

 4月初旬に、ある映画監督が大学の新入生に送る祝辞のなかでウクライナの紛争に触れ、「ロシアという国を悪者にすることは簡単であるが、一方的なものの見方に陥っていないか、他人の『悪』を非難することで安心してしまっていないか、自省を忘れてはならない」という趣旨の発言をしたところ、翌日から大バッシングを浴びることになった。「ロシアの正義がウクライナの正義とぶつかり合っている」というような表現が、ロシア側の一方的侵略という性格を覆い隠しているとみられたからである。

 前後の文脈を踏まえれば、そこで述べられているのは、われわれ人間は他人の「悪」を声高に非難するとき、その背後にある複雑な事情を度外視したり自らの内なる悪を黙認したりしがちであるから注意せよという、一般的道徳に過ぎない。この監督の作品や人柄について批判的な人々もいるようだが、少なくとも新大学生向けの祝辞として非常識なことは何一つ言っていない。ところが、世界の警察を気取る国際政治学者や、反露ヒステリーに陥った評論家などが、「どっちもどっち論」「相対主義」のレッテルを貼り、いわゆる「炎上」に仕立て上げたのである。

 慶應大の国際政治学者は、「国連総会決議で賛成141対反対5でそのウクライナ侵略が非難され、ブチャ虐殺で国連人権理事会でロシアが資格停止された直後に『ロシアの正義』に触れるとは」と責め立てた。件の祝辞はどう読んでも「ロシアの正義」に与する内容ではなく、「ロシアの“主張するところの”正義」を読み解く努力も必要であるという程度の話だが、正義を語るのに「多数決」の印籠を必要とするような御仁には、そのニュアンスが読み取れないらしい。

 この学者氏は、「自己の相対化を説く講話は平時ならば格調高い祝辞になるかもしれないが、ロシアと心理戦を交えることになった今、そのような発言は慎むべきだ」とも述べていた。紛争当事国でもない日本の映画監督にそれだけ言うのだから、80年早く生まれていたら、さぞかし立派な「国民精神総動員」の指導者になったであろう。

 5月には、あるロシア文学者が新聞に所感を寄稿して、「率直に胸の内をさらせば、ロシアを憎み、アメリカを憎んだ」と書いたのが、これまた「どっちもどっち論」としてバッシングの餌食となった。この文学者が述べているのは主として、戦火が拡大していることそれ自体への心痛である。しかも、「妄念にとらわれたプーチン」や「指導者の暴走を止められないロシア国民」を責め、ウクライナの抵抗が自存自衛を賭けた聖戦であることも認めているのであって、侵略の擁護者でもなければ、降参を勧める敗北主義者でもない。ただしトルストイのような非戦論を支持する立場からは、ウクライナの抗戦についてもアメリカによる支援についても、痛みを禁じえないということだ。

 そうした心境を控えめに吐露したに過ぎない文章を捉えて、ロシアに譲歩しているだのアメリカ陰謀論だのと罵るのは、お門違いもいいところである。戦争で息子を亡くした母親が「本音を言えば、命令を出した上官を憎みました」と打ち明けたとして、それは上官の責任を問い糾しているのでも、敵への憎しみを忘れたのでもあるまい。仮に上官の判断に過誤があって彼を責める場合でも、敵を免罪する意図などないわけで、それを相対主義となじるのは無理筋である。

 このヒステリックな魔女狩りを先導しているのは、「国際法」を傘に着て平和の守護者を自認する、一部の国際政治学者たちである。ところが、彼ら自身の運営するインターネット番組で紹介されていた主要10ヵ国での世論調査によると、今回の紛争に関して「ロシアが悪い」と考える市民の割合は日本が一番高く(事実上ほぼ全員であった)、「アメリカが悪い」と答えた人は何とアメリカよりも少ない。無意味な「どっちもどっち論者」叩きに精を出す暇があるなら、たまには「国際法」で割り切れない情念や道徳にも関心を持ったらどうか。

 

『表現者クライテリオン』2022年7月号 『「ウクライナ」からの教訓』
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