皆さんこんにちは
『表現者クライテリオン』編集部です。
今回は、2022年10月14日に発売された『表現者クライテリオン』11月号より、
「巻頭コラム 鳥兜」を公開します。
ご一読いただき、関心を持たれましたら是非本誌の方もお手に取ってみてください!
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巻頭コラム 鳥兜
九月二十一日、ロシア国内に「部分的動員令」を出したプーチン大統領は、その演説の中で「我が軍が対峙するのは事実上、西側集団の全戦争マシンだ」と明確に語っていた。以前から、「安全保障や経済〔に関して…〕、いかなる形でも西側諸国への依存をやめなければならない」(ラブロフ外相)と語っていたロシアは、二月に始まったロシア・ウクライナ戦争が長引くにつれて、その脱欧米姿勢を日ごとに加速しているように見える。
では、欧米に代わるロシアの依存先はどこなのか。言うまでもなく中国である。
ロシア・ウクライナ戦争が始まる直前、中国自身が、中露の協力は「制限なし」と宣言し、その三か月後には、中露の爆撃機を日本海から東シナ海、果ては太平洋まで共同飛行させてみせた。最近でこそ、「中国はロシア・ウクライナ戦争に関与したことはない」(『環球時報』)などと抑制的な言葉も見せるようになってはいるが、しかし、アメリカ支配の世界秩序を変えたい中国が、対米抑止に都合のいいロシアを簡単に切り捨てるとは考えられない。
これに対してアメリカは、中国による対露支援を牽制しながら、戦争を長引かせることでロシアの弱体化を狙っていると言われるが、おそらく、ことはそう簡単には運ぶまい。
その理由は、もちろん、アメリカの衰退と、同盟国であるヨーロッパ・日本・韓国の「やる気のなさ」である。一九四五年時点で世界の半分を占めていたアメリカのGDPは、今では四分の一程度に減少しており、しかも、それさえ実物経済でなく資産経済に依存した数字である。
さらに、この三十年間のグローバリズムによって国内産業・工業・農業をないがしろにし、海外貿易に依存してきた西側先進諸国は、国内の供給能力の枯渇、富裕層と中間層との分断という現実に悩まされており、戦争どころではないというのが本音だろう。
対して、中国とロシアは、国内に民族問題を抱えているとはいえ――それが中長期的に中露のアキレス腱になる可能性はあるが――、エネルギー供給能力と生産能力の点で、バーチャル経済の空虛から免れており、両国が手を結ぶことのメリットは明確である。
おそらくそれが、かつて、「帝国」(第三帝国・大東亜共栄圏)を打ち立てようとした枢軸国と、「国民国家」を軸に纏まった連合国という第二次世界大戦の構図とは違う点だろう(ソ連だけは国民国家ではなかったが、その意味はむしろ戦後に露呈する)。
今回は、中国・ロシアの帝国的振る舞いに対して、それに歯止めをかけるはずの国民国家が機能していないのである。EUの実験によって、もはや欧州は国民国家の体を成しておらず、イギリスも往時の活力を残しているとは言い難い。
この期に及んでグローバリズムの夢から醒めない日本はお話にもならないが、残るアメリカは、先に指摘したように、産業の空洞化と国内の分断に加えて、ロシアよりも自殺率が高いという状況である。
はっきり言おう、今、私たちは、グローバリズムなどという絵空事に浮かれ騒いだことのツケを払わされているのだ。それが長期的に見て薬になるのか、それとも、身を亡ぼすほどの毒になるのか、それも全て「国民国家」に対する自覚の強さ如何にかかっていると思われる。
SNS社会が生み出した弊害の一つは、人々が「争いの機会」を無意識のうちに求めるようになってしまったことだ。本来解決すべき問題に取り組む前に、敵と味方に分かれて非難合戦が始まる。最近はそれが無名の市民だけでなく、政治家や知識人、芸能人やスポーツ選手まで巻き込んだ大騒動に発展することもしばしばで、新聞社やテレビ局もSNS上の喧嘩をニュースとして扱うようになっているから厄介である。
敵と味方に分かれて争うのは双方の主張が表に出るだけまだマシかも知れず、一方的に誰かを非難する声が支配的になることも少なくない。
牛丼屋の役員が講演で語った「生娘シャブ漬け戦略」が許せないとか、ボクシングの試合でプレゼンターが花束を投げ捨てるのは無礼だとか、小さな話題であればまだ構わない。善悪の区別は付けやすいし、二カ月も経てば思い出す人も居なくなっているからだ。しかしカルト宗教や戦争や感染症といった、社会的影響が大きく、微妙な価値判断が必要で、解決に時間がかかる問題は別である。
統一教会のような“宗教の名を借りた詐欺集団”に厳しい制裁が必要なのは当然で、政治家が教団の悪事に目を瞑るばかりか選挙戦の頼みにすらしてきたのも、もちろん改めてもらわなければ困る。しかし、「あいつもこいつも統一教会と関係を持っていた」というような揚げ足の取り合いは不毛というほかない。
例えば、カルトの信者もそれぞれ相応の理由を持って入信しており、トラブルを減らすには彼らの不安や信仰心の受け皿をどうするかという課題に向き合うことも必要なはずだが、この三カ月間、そんな議論はどこからも聞こえてこない。
加熱する世論に圧された岸田総理は、自民党を代表して「教団との関係を断つ」と宣言した。しかし実際問題、正体を隠してこれだけ社会に食い込んだ団体と手を切るのは簡単ではないし、そもそも関係を断つとは何を意味するのかも曖昧である。
立憲民主党では、奥野総一郎衆院議員が「過去に統一教会の関係者と名刺を交換していたことが判明した」という理由で幹事長代理の職を辞退したが、名刺交換など好きにすればよい話で、「いったい何と戦っているのか?」と訊きたくなる。
ウクライナ戦争をめぐる「親露派叩き」や新型コロナ対策における「自粛警察」にも、同じことが言える。どうもSNS社会を生きる現代人は、妙なところに「敵」を見出しがちなのだ。安倍元首相の国葬にしても、やって当然とまでは言えないだろうが、「国葬粉砕」を声高に唱える人たちの姿を見ると、他にもっと戦い甲斐のある敵がいるのではないかと思わざるを得ない。
二十年ほど前から、インターネット社会では「集団極化」が日常化すると言われてきた。自由で寛容なコミュニケーション文化が生まれるのではなく、誰もが自らの関心や嗜好にもとづいて狭い範囲の情報ばかりを選択するので、むしろタコツボ化が進行する。そしてタコツボの中で人々は、その偏った価値観や欲望を互いに強化し合い、主張は果てしなく先鋭化していく。
最近では「エコー・チェンバー」と呼ばれている現象だが、今日のSNS社会を動かしているのは、もっと不安定なメカニズムではないかとも思える。
一般市民であれエリートであれ、「誰か他人を非難する理由」がどこからか降ってくるのを心待ちにしていて、問題を解決したいというよりも、「解決を阻む悪人」を探して罵倒することが日々の楽しみになっているのではないか。そしてそのせいで、巨人と信じて風車と格闘するドン・キホーテのような滑稽を演じることになってしまっている。
「第三次世界大戦はもう始まっている」(エマニュエル・トッド)と言われるこの時代に必要なのは、まずもって、真に戦うべき敵を見定めることだ。揚げ足取りや藁人形叩きにかまけている暇はないのであり、罵声を上げる前に「いったい何と戦っているのか?」と自問する姿勢を持ちたいものである。
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