【書評】明晰な公衆としてのコモン・マンーー篠崎奏平

皆様、こんにちは。
『表現者クライテリオン』編集部です。

本日は、『表現者クライテリオン』2023年1月号より書評『明晰な公衆としてのコモン・マン』をお送りします。

明晰な公衆としてのコモン・マン

篠崎奏平

上野正道 著
『ジョン・デューイ
民主主義と教育の哲学』
岩波書店／2022年10月刊

　現在多くの国家で民主主義が機能不全を起こしている。民主主義は悪しき独裁者を生み出さない体制として評価されてきた一方で、それは大衆（オルテガ）による政治へと容易に転換してしまう危険性を孕んでもいたのだった。

それでも民主主義に代わる体制が存在しない以上、民主主義を保ったままで問題を解決しなければならない。そうした時、多くの示唆を与えてくれるのがジョン・デューイという哲学者である。

　デューイは大衆の政治を、明晰な公衆による政治へと転換させる必要があるという。明晰な構成員達の議論によって共同体の向かう方向を決定する時、民主主義は正しい政策を導き出すことが可能となるからだ。

この明晰な公衆を作り出すものが、デューイにとっての教育なのであった。デューイが「民主主義と教育の哲学者」と呼ばれる所以はここにある。

　教育とは生徒の成長を促すものであり、成長とは人が他者との相互関係の中で自己を絶えず更新するプロセスである。学生は学校の中で他者と体験を共有しながら成長する。

そこでなされるコミュニケーションはコミュニティを形成し、盤石なコミュニティに所属することで人は他者との折り合いの中に立つ自己を見出し、「コモン・マン」となる。

これは学生が学校で受けるべき教育であるとともに、社会の中で人が生きる生き方そのもののことでもある。そうした意味でデューイにとって学校とは社会であり、社会とは学校なのであった。

　だからデューイの言う「コモン・マン」という言葉は大衆を意味するのではない。人間は人間である限り、あらゆる外的環境との関わりの中で生じる経験を意味のある経験として方向づけ、自己を変容させながら自分自身の持続的生と社会的持続とを折り合わせる能力を持っている。

この能力のことを、「誰でも共通して持っている」という意味でデューイは「コモン」と呼び、信仰したのだった。このコモン・マン達によって運営される共同体のあり方が民主主義なのであり、デューイの言葉を借りれば民主主義とは「単なる政治の一形態ではなく、協同的な生き方であり、共同的にコミュニケーションがおこなわれる経験の一様式」である。

政治だけでなく、社会を循環させたり、芸術をはじめとしたあらゆる文化が形成されることの根底には人間のコモンの力が存在する。デューイにとっての民主主義とは人間が良き生を営むことを支える基盤そのもののことを指しているのだ。

　現在の日本における民主主義が、デューイの言う民主主義と大きく乖離していることは指摘するまでもない。ある空気感が醸成され、それがイデオロギーとして固着し、まともな議論（＝コミュニケーション）を起こそうとしても排除されるといった茶番を繰り返し続けている日本に対してデューイの言葉は重く突き刺さっている。

こうした時代の中で、デューイ哲学入門の決定版とも言える本書が出版されたことは大きな意味を持つことだろう。

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上野正道 著
『ジョン・デューイ
民主主義と教育の哲学』
岩波書店／2022年10月刊

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