浜崎▼ あちこちで城を造る石工は、町から町にフリーに移動するので、自分が造った城の情報を敵方に売ってしまうおそ れがある。だから、フリーメイソンは秘密結社化せざるを得なかったわけですが、それが同時に、専制君主から思想の自由を守る防壁にもなった。しかも、彼らは数学的な技術も持っていたので、科学革命以降の知識人とも相性が良かった。そこで、この連中がヨーロッパ各地やアメリカに広がって、啓蒙主義の火付け役となり、その結果、この石工たちの連合組合が、「国民国家」の礎石になっていったわけです。だからヨーロッパでは、インフラに携わる人たちは知的であり、社会の上層にいるイメージなんですよ。
藤井▼なるほど。明治期の鉄道官僚で「長州五傑」の一人でもある井上勝という人がいますが、彼はヨーロッパで近代土木を学んで帰ってきて、すぐに日本政府の技術者として東海道線や港などを整備していきました。明治期の日本にはまだそういうスピリッツが残っていたんですよね。
浜崎▼あと、「インフラ論の抑圧」ということで言うと、インフラが、文字通り、私たちの「下部構造」、つまり「無意識」に位置していることも大きいのではないかと思います。
現代の日本人は、水道が通っていることも、お湯が出ることも当たり前だと思っていますが、でも、引っ越しなんかで、そういうものを一から手配し直さなければならなくなると、その時にようやく、「水道管やガス管が敷設されていることの有り難さ」に気が付くわけです(笑)。その意味で言えば、インフラとは、「バカの壁」に囲まれている「大衆」、言い換えれば、「脳化社会」を生きる都市住民にとって、最も見えにくいものの一つなんです。
高度経済成長以後、特にインフラ論がなくなっていったというのは、おそらく高度経済成長によって「バカの壁」が完成したからでしょう。戦後日本が敷いたレールの上を歩いてきただけのインテリに、インフラ論が正確に語れないというのは、その「バカの壁」を乗り越えて、自分自身の生活の条件を見つめることができなくなったことの結果です。
と同時に、「バカの壁」を乗り越える時に必要なのは、目の前の状況に引きずられずに「全体」に触れようとする宗教性ですが、そんな超越的なものへの契機も、もはや戦後は希薄です。それゆえに自分の土台も見えないし、全てが「あなた任せ」になっているんでしょうね。
藤井▼もう滅びるしかないですね。このことに気付いてもらうためには、本質的にはこの「バカの壁」を越えるという広い意味での宗教性を自覚し、俯瞰的に物事を見て人生をどう生きるかを考えることが必要です。お天道様に顔向けできる人生とは何なのかということを考えて精神性が高まると、おのずと土木に目が向くはずです。
これが一つの王道ですが、もう一つは今回の能登半島地震のような状況を見て、インフラが潰れると人がバタバタ死んでいくんだということを認識することで、インフラは必要だという感覚を蘇らせる、というアプローチですね。東日本大震災の時も阪神・淡路大震災の時もそうでしたよね。いずれ忘れてしまうのだけれど、大きな災害が定期的に起こるとそういう気持ちが蘇るはずなんですよね。
白水▼これだけ災害が多い国だから、普通はもう少し意識するはずですよね。
藤井▼逆に言うと、インフラについて考えることを通して、日本人の精神性が高まるという側面があると思うんです。精神性が高いとインフラのことを考えるというプロセスもありますが、インフラについて考えることを通しておのずと精神性が高くなって、日本人に今、最も足りていない「バカの壁」を乗り越える力が身についてくるということもあると思います。具体的なインフラ論を考えるというのは、その宗教的、精神的な意味を考える上でも極めて重要なのだと思います。
ついては是非、是非、白水さんが関わっておられる数多くのプロジェクトの中から、「こんな素晴らしいものがあるよ」というものがあれば教えていただけますか。
白水▼昔の人が考えていたことに加え、プラスアルファのことを考えようという動きはいくつかあります。例えば関西の空港に関して言うと、関西空港と神戸空港、伊丹空港の三つがバラバラにあって、ポテンシャルを活かしきれていない課題があります。関空を拡張しようとしても、地盤が良くないのでなかなか拡げられません。そこで我々のチームが考えているのが、神戸空港を関空の第三滑走路にするという案です。地下を鉄道で繋いだら十五分で移動できるのだから、一つの大きな空港として見たら関空にも神戸にもプラスになるし、関西全体にとっても良いのではないかなと考えています。
藤井▼関空と神戸空港は地図で見てみると意外と近いんですよね。
白水▼大阪湾をぐるっと回ると一時間以上かかるのですが、直線で結ぶと十五分で着きます。海外の国際空港では端から端までピープルムーバーで十五分ぐらいかかるところもありますから、決して不可能ではありません。少なくとも、軟弱地盤にもう一本滑走路を造るより圧倒的に安く済みます。それに、海外から見たら関空も神戸空港もほとんど位置的に同じですし。
藤井▼繋ぐと意外と近い例としては、渥美半島と志摩半島もそうですよね。
白水▼和歌山市と徳島市も近いですね。
藤井▼一九九〇年代ぐらいまでの日本には、瀬戸大橋とか明石海峡大橋を架けるような国家的な勢いがあったわけですが、今はもうなくなっているので、紀淡海峡に橋を架けるなんて言ったら「そんなアホな」と言う人も多いと思います。でも、地図を見たら近いですからね。
白水▼地図を見ると無性に橋を架けたくなりますね(笑)。
藤井▼紀淡海峡大橋を造れば、北陸新幹線を新大阪から関空、紀淡海峡大橋、そして大鳴門橋まで通すことができます。大鳴門橋は新幹線が通れるように工事は完了しているので、紀淡海峡に橋を架ければ、大阪と徳島が新幹線で、おおよそ四、五十分で繋がることになります。
白水▼昔の人はちゃんと鉄道を通すことも考えて造っているんですよね。瀬戸大橋もそうです。
藤井▼道路は防災の効果もめちゃくちゃありますからね。首都直下地震や南海トラフ地震では八〇〇兆円、一四〇〇兆円規模の被害が生じると言われていますが、高速道路を造っておけばそれだけで二、三割ぐらいは減ります。今回の能登半島の地震を見ていると本当に道路が大事だということが分かりますし、僕らの計算によると、例えば豊予海峡に新幹線を通すと宮崎や大分がめちゃくちゃ発展するという結果も出ています。
藤井▼こういう議論がもっと盛り上がっていって、実際に造っていけば国が豊かになるはずなのに、今の言論人はライドシェアだとかDXだとかそんなことばかり言っています。DXぐらい別にやってもいいかもしれないですが、スケールがみみっちいんですよね。欧米人や中国人はもっと大きなスケールでインフラを考えてどんどん成長しているのに。
浜崎▼僕は文学の人間だから、スープラ(上部構造)の中のスープラみたいな世界にずっといるわけですが(笑)、藤井先生と付き合い始めて一番新鮮だったのは、このスケール感なんですよ(笑)。しかし、繰り返しになりますが、高度経済成長後を普通に生きていると、このスケールはなかなか持てません。神戸と関空を地下で繋げるとか、紀淡海峡に橋を架けるとか、人文系の人間は、そういうスケール感のある話が存在していること自体を知らないんです。
丸山眞男に「『である』ことと『する』こと」(『日本の思想』所収)という有名なエッセイがありますが、彼は、まさに日本人は「であること」(自然)の上に胡坐をかいてしまっていて、なかなか「する」ことの主体性に目覚めないと言っていますが、実際、ほとんどの日本人には、このスケール感の話はできないでしょう。その点、「であること」の外に出る主体性を本気で育てようと思うなら、丸山みたいにスープラレベルで議論するんじゃなくて、インフラに対する想像力を育てた方が具体的だし、実践的だと思います。
実際、「道路三法」を含めて史上最多の三十三本もの議員立法を通している田中角栄は、そういう主体性を持っていた数少ない戦後の政治家ですが、その凄みの中心にあるのは、やっぱりあのスケール感でしょう。田中は、一九四七年に初当選した時、新潟と関東との間で三国峠が邪魔をしているのであれば、それを全て切り崩せばいい、そして、その土砂を日本海に持って行って佐渡を陸続きにすればいいと言いましたが(笑)、実際、その後に田中は、本当に三国トンネルを通していますよね。どんなに荒唐無稽に聞こえようと、まずは、そういう発想で国土の「均衡ある発展」を考えてみることです。日本人が、こういうスケールで物事を考えることができるようになりさえすれば、「デフレ脱却」なんて一瞬ですよ。
藤井▼絶対にそうです。もともと自然環境が厳しい国だから、その自然環境を乗り越えるインフラ投資、国土づくりをやったらものすごく発展しますよ。日本人はPB(プライマリーバランス)がどうのこうのとか、発想がみみっちいんです。経済成長したら税収が二倍になるんだからそっちの方がええやろと。こういう草食系男子からは嫌われそうなノリが必要なんです(笑)。
浜崎▼そうでしょうね。だから僕は、草食系の文芸業界で友達がいないんです(笑)。
藤井▼マッチョな感じが嫌われるのでしょうね。マッチョ=アホみたいなイメージもありますし。でも、ITでみみっちいことをやるより橋を架けるべきなんです。まさにサイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』ですよ。
白水▼それに橋は目に見えますからね。あとはかっこいい橋がいいですね(笑)。
藤井▼日本の橋梁の世界には田中豊博士という人がいて、土木学会には田中賞という賞があるくらいなのですが、彼は三十歳ぐらいの時、関東大震災でバタバタと落ちた橋を復旧しろと政府に命令されるんです。それでいろんな所に橋を架けることになるのですが、当時知られている五つの典型的なタイプの橋を全部造っています。なぜかというと、日本にはそういう技術の経験がないから、これを機に若手技術者を育成していろいろなパターンの橋を造らせて、そこで育った技術者たちが全国の橋を造ることで日本の近代化が進むと考えたからです。
だから、土木の人間には国土を繋ぐというスケール感もあるし、歴史を貫く歴史観もあるんですよね。この感覚が西部邁にまで至る保守思想家たちになかったのが不思議です。
白水▼やはり「あって当たり前」という問題があるのだと思います。
浜崎▼だから、新しいものをつくると、「無駄遣い」みたいな話になるんでしょうね。無いものは「無くて当たり前」だと思っちゃってるんでしょうから。
(本誌に続く..)
◯座談会参加者紹介
白水靖郎(しろみず・やすお)
京都大学工学部卒業。京都大学経営管理大学院修了(MBA)。中央復建コンサルタンツ株式会社専務取締役(現職)。一般社団法人日本モビリティ・マネジメント会議監事、NPO法人持続可能なまちと交通をめざす再生塾理事等を兼務。公益社団法人土木学会「レジリエンスの確保に関する技術検討委員会」「コロナ後の土木のビッグピクチャー特別委員会」、一般社団法人日本プロジェクト産業協議会「国土・未来プロジェクト研究会」、三条通エリアマネジメント検討会議等で活動。技術士(総合技術監理部門-都市及び地方計画)。
浜崎洋介(はまさき・ようすけ)
78年埼玉生まれ。日本大学芸術学部卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了、博士(学術)。文芸批評家、京都大学大学院特定准教授。著書に『福田恆存 思想の〈かたち〉 イロニー・演戯・言葉』『反戦後論』『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』『小林秀雄の「人生」論』。共著に『西部邁 最後の思索「日本人とは、そも何者ぞ」』など。編著に福田恆存アンソロジー三部作『保守とは何か』『国家とは何か』『人間とは何か』。近著に『ぼんやりとした不安の近代日本』(ビジネス社)。
藤井 聡(ふじい・さとし)
68年奈良県生まれ。京都大学卒業。同大学助教授、東京工業大学教授などを経て、京都大学大学院教授。京都大学レジリエンス実践ユニット長、2012年から2018年までの安倍内閣・内閣官房参与を務める。専門は公共政策論。文部科学大臣表彰など受賞多数。著書に『大衆社会の処方箋』『〈凡庸〉という悪魔』『プラグマティズムの作法』『維新・改革の正体』『強靭化の思想』『プライマリーバランス亡国論』など多数。共著に『デモクラシーの毒』『ブラック・デモクラシー』『国土学』など。「表現者塾」出身。「表現者クライテリオン」編集長。
〈編集部より〉
本記事は2/16発売、最新号『表現者クライテリオン2024年3月号』の特集座談会より一部お届けしております。
全文は本誌に掲載されておりますのでご一読ください。
特集タイトルは、
です。
巻頭言と目次を公開しています。
インフラを実践的、思想的に幅広く論じた特集となっています。なぜ知識人はインフラを論じないのか、なぜ日本人はインフラに関心がないのか、先人たちはどのような思想をもって国土を作ってきたのか等々、ご関心を持たれましたら是非ご購入の方をお願いいたします。
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表現者塾は毎回ゲストの講師より幅広いテーマのご講義をいただき、浜崎洋介先生が司会、対談役を務める会員制セミナーです。
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◯来年度講義スケジュール
4月 藤井聡
講義テーマ:国土と国民
5月 浜崎洋介
講義テーマ:ハイデガーとウィトゲンシュタイン —20世紀的保守思想の基盤
6月 古田徹也
講義テーマ:謝罪の言葉を哲学する
7月 川端祐一郎
講義テーマ:保守は反体制派に何を学び得るか? ―カルト、テロ、レジスタンス
8月 片山杜秀
講義テーマ:未定
9月 施光恒
講義テーマ:保守の世界秩序構想
10月 小泉悠
講義テーマ:ユーラシアの地政学と安全保障 ー癒着する地理とアイデンティティ
11月 苅部直
講義テーマ:小林秀雄と「伝統」
12月 大場一央
講義テーマ:選択された「忠誠」―『靖献遺言』に見る人生を無駄にしない生き方
1月 小川さやか
講義テーマ:文化人類学の方法とビジネスとの新しいかたち
2月 富岡幸一郎
講義テーマ:未定
3月 柴山桂太
講義テーマ:未定
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