今から二十年ほど前に、交通問題に対するJICA専門家として、ある国に派遣されていた。その時に、地方部の交通整備状況を確認しようと三日間で三十時間、鉄道、バス、タクシー、フェリー、飛行機、パラトランジット等々、様々な手段を用いて移動したことがある。ある地方都市で宿泊した際に、ホテルの従業員の一人から突然声をかけられた。JICAの関係者ですか? そうだ。と答えたところ、なぜこの地域の道路がよくないのか説明させてほしいと言われた。その時の説明をかいつまんで言うと、十分でない道路予算を、政治家が再選を目指して住民の歓心を買うために、すぐに効果が見える短期的な事業に使い、本当に必要な道路整備のためにほとんど使っていない。そのおかげで、政治家は次の選挙も安泰であるが、この地域の道路環境、ひいてはこの地域・国は、いつまでもよくならない。という話であった。その人は、明らかにその地域の住民の将来への不安と不満を代弁していた。話の真偽はともかくとして、彼の熱心な説教は、当時何か訴えるものがあったのだが、最近の日本社会を見るにつけ、あの話が重なって見えてくる。本稿では、その事を深く掘り下げて考えてみたい。
道路を含めた各種の交通インフラは、無計画に作ることはなく、国土・都市計画の中に位置づけられて整備されるものである。そのための一般的な手法としては、望ましい国土・地域・都市を措定して、そこから導出される目的・目標に向かって必要な様々な施策を実施していくことになる。そのためには、望ましい国土・地域の在り方についてのビジョンが必要不可欠である。望ましい国土についての議論はこれまで様々な形で行われてきたが、「美しい国 土や都市」が望ましいことはだれもが知っていることである。さらに大都市における日常的な混雑による問題を感じている人も数多くいる。一方、人口が減って様々な文化や伝承が失われていく地域に心を痛めている人も多い。自然災害に対して安全な国土・都市・地域がどんなに重要であるのかは、説明するまでもないし、環境に配慮した都市には、どのような価値があるのかも、繰り返し言われていることである。
このように、国土のあるべき姿について、多くが語られてはいるものの、近年のインフラ整備には二つの問題があると考えている。一つは、インフラが、社会に対して簡単には利益の出ない、比較的長期的な恩恵を与えるものであるが故に、政治家による優先政策として目先の短期的で刹那的な利益を優先し、インフラ整備が後回しにされがちである、ということ。二つ目は、近年の、インフラ整備を含めた都市計画が、望ましい姿についての国家レベル、地域レベルでの明確な合意の必要性を不要とし、むしろいわゆる“コスパ”を基準に都市計画を行うのが良い、という方向に向かっていることである。
本稿は、この二つの傾向がどうして問題なのかについて、次の二点、インフラ整備の格差が国民の希望に格差をもたらすこと、望ましい姿無しの都市計画が、恩恵を受けるはずの地域住民の経済を結局のところそれほど向上させていないこと、を指摘することで説明する。そして、もし日本が将来の世代に希望を与え続けられるような社会でありたい、もしくはそうあるべきであるならば、理想の国家、地域についての共有のビジョンを持ち、それを実現するためのインフラ整備がいかに重要であるかを述べたい。
本題を検討する前に、インフラ計画とは何かについて概要する。インフラの計画の多くはその対象地域のスケールに応じて、国土計画、地域計画や都市計画の中で位置づけられている。特に公共性の高いインフラは、そのような社会基盤や社会資本の整備・運用に特化した土木計画分野において主に議論されてきた。土木計画とは「我々の社会をよりよい社会へと少しずつ改善していこうとする社会的な営みを行うにあたっての方法・手順を考え企てること」と定義されている(藤井、2018)。「よりよい社会」とあるように、国土、地域、都市のより良い姿を考え、それを実現するための手段・方法を考え、さらに発展させるための実践的学問である。このようにインフラは公共の福祉の増進を目的とし、人の生活の豊かさや、安全性・快適性を向上させ、幸福の基盤を生み出すことが必要である。一方、多額の費用と時間がかかり、その間の経済状況変化などのリスク要因も多く、事業化には様々な困難が伴う。そのために、社会全体をどのように改善して理想の社会を示すかのビジョン(構想)が必要となってくる。このようなインフラの構想はどのように立ち上がるのだろうか。中村(2017)によると、おおよそ以下のような九種類の分類が可能である。
(1)需要追随
(2)安全対策
(3)生産活動の効率改善 (4)地域振興戦略(5)国家戦略
(6)格差是正
(7)生活環境改善
(8)事業開拓
(9)更新改良
このような、様々なモチベーションに基づいて、インフラの構想が成立し、それに基づいてインフラの整備計画が立てられている。この中で、(1)の需要追随と(7)の生活環境改善は、明確な構想を必要とせずに需要に基づいてインフラ整備が行われてきた。
まず、インフラ整備が、その本来の役割以上に、国家としての日本の将来に大きく影響していることを見てみよう。それは、インフラ整備の格差が、希望の格差を生み出し、それが地域間や世代間の分断につながる危険性を孕んでいるということだ。このことは、二〇二一年に行われた(一財)国土技術研究センターによる「インフラに関する国民の意識調査2021」で明らかになっている。この調査は、インフラに対して国民がどのように考えているのかを調査することで、今後の我が国の社会資本の保全・整備について、国民の価値観やニーズなどの状況を把握することを目的としており、様々な項目について尋ねられていて、非常に興味深い結果となっている。
この中で今回着目したいのは、「将来の日本が最もなりそうであると予想される姿」について尋ねた項目である。いくつかの選択肢の中から、「衰退する日本」と回答した割合が五五・八%であった。一方、日本の将来なるべき姿として「衰退する日本」を選択し回答した割合も一五・八%あった。「将来の予測」と比して「なるべき姿」で「衰退する日本」を回答した割合はおおよそ四分の一であるが、なるべき姿が「衰退する日本」であることは、大きな問題である。また、なるべき姿と予想される姿との間にも大きなギャップがあり、なるべきではないが、予測として衰退していくのはやむを得ないと感じられている人の割合が高いことがうかがえる。
さらに地域別に同じことを尋ねた質問項目で、「あなたの住む地域が将来最もなりそうであると予想される姿はどれですか?」について、日本全体では三四・〇%が自分の住んでいる地域が「衰退していく地域」と回答しているが、これを四国ブロックの回答者に限定すると半数以上の六四%が「衰退していく地域」と回答している。同じように、東北ブロックではその項目の割合が五〇・〇%であり、半数に達している。一方、三大都市圏の政令市及び東京二十三区では、その回答の割合は一六・九%と、おおよそ四国ブロックの四分の一である。このように個人の将来予測においては、地域間で大きな差が存在している。特に現在の居住地域のインフラが充足していないと感じている人だけに着目すると「衰退していく地域」と回答する人の割合は五九・二%と高い割合を示している。これは、十分インフラが行き届いていないと感じる人は、地域の将来を悲観的に考えていることになる。これを地域でなく、日本全体にとらえなおしたときに、社会資本が充足していないと感じた方の八三・三%は、日本全体の将来予測について「日本は将来的に衰退していく」と予測している。
これらの結果は、「自分の住んでいる地域のインフラが充実していないと感じている人は、将来の地域の予測が悲観的になる」または「将来地域の予測が悲観的な人は、現在の状態が『充足していない』と考えている」の二つの仮説が考えられる。しかし、いずれの場合であっても、将来に対する予測がこれほど異なることは、山田(2004)が指摘したような、「希望格差社会」が、インフラの整備状況によって、地域間もしくは個人間で成り立つ可能性があることを示している。
もう一つ別の視点では、日本全体の将来を「衰退する日本」と予測する割合が五五・八%であるのに対して、地域に限定して回答を求めた「衰退していく地域」の割合が三四・〇%であり、日本全体に対しての方が悲観的であることが示されている。これは、日本全体を予測することとなった場合には、インフラ整備が進んでいる地域の方々も悲観的に予測することを示している。つまり、自分の地域が衰退すると思わなくとも、他に衰退すると予測される地域があった場合には、日本全体を「衰退する」と予測するのではないだろうか。インフラの整備状況は地域によって異なり、その結果としてインフラの整備状況評価の地域間の差異を生み出し、それによって日本全体の将来予測が悲観的になると考えられ、インフラの充足度自体が希望格差を生んでいるだけでなく、地域間格差が日本全体の将来に対する悲観的な予測を行うことを意味している。結果として個別地域のインフラ充足度の不足だけでなく、インフラ整備の不均等が社会の様々な分断を生み出す可能性を指摘できる。
さらに地域差だけでなく、世代間にも特徴が表れている。日本の将来像を「衰退する日本」と回答する割合は世代によって有意に異なり、五十代以上と比較して二十代~四十代が有意に高い。つまり若い世代ほど予測が悲観的になっている。しかし、あるべき姿を世代別に集計したところ、若い世代ほど「成長性の高い便利で快適な地域」を選択する割合も高い。つまり、若い世代はあるべき姿としては、成長していく日本を想定しながら、予測はそれとは異なって「衰退する日本」を選択しており、予測と希望のギャップは若い世代ほど大きく、希望と現実の格差が世代間においても大きく、世代間の分断の原因となる可能性がある。
この最後の点は、インフラ整備にとって非常に重要である。なぜなら、あるべき姿、つまり理想の国土、地域のビジョンと、予測する国土、地域のビジョンの間にギャップがあると、その国家、地域の若者が希望を抱きにくい、という事を示しているからである。言い換えれば、インフラ整備があるべき形を掲げ、それを実現すべく計画、実施されるか否かが、日本の将来を左右する──希望を持てる社会であり続けられるかどうか──ということだ。問題は、昨今の都市計画・インフラ整備は、それとは反対の方向に向かっているということである。…
(続きは本誌でお読みください)
〈編集部より〉
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