【藤原昌樹】裁判所は「辺野古移設」の是非を判断している訳ではない ―「砂川事件」最高裁判決と「辺野古移設」裁判―

藤原昌樹

藤原昌樹

司法の限界を問う2つの裁判―「原爆裁判」と「砂川事件」裁判―

 

 2024年9月27日に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説『虎に翼』では、約60年前の史実に基づき、伊藤沙莉が演ずる主人公である寅子(日本初の女性弁護士で、のちに裁判官になった三淵嘉子氏がモデル)が裁判官として「原爆裁判」を担当する様が描かれており、第115話(9月6日放送)で、裁判長が判決文を4分間読み上げる異例の構成が話題となりました。読み上げられたのは実際の「原爆裁判」判決文の一部であり、視聴している人が理解できるように表現を少し分かりやすく修正したほかは、できるだけ当時の判決文がそのまま使用されています(注1)

 

 「原爆裁判」(1955年4月~1963年12月7日)とは、原爆投下の違法性が初めて法廷で争われた国家賠償訴訟のことであり、広島や長崎で被爆した人たちが日本政府の責任を追及した裁判のことです。その歴史的意義は「原爆投下は国際法に違反するか」を直接問うたことであると評価されており、判決の主文上は国への賠償を求めた原告が敗訴したものの、最大の争点であった「原爆投下の国際法違反」については明確に認めて、国(政府)に対して被爆者への援護策を強く促しています(注2)

 判決文では「原爆被害の甚大なことは、一般災害の比ではない。被告(国)がこれに鑑み、十分な救済策を執るべきことは多言を要しないであろう。しかしながら、それはもはや裁判所の職責ではなく、立法府である国会及び行政府である内閣において果たさなければならない職責である。…そこに立法及び立法に基づく行政の存在理由がある。…われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられないのである」として、司法(裁判所)の職責の限界と立法府(国会)と行政府(内閣)が果たすべき職責に言及しています。

 

 『虎に翼』で判決文が読み上げられるシーンを視たとき、「原爆裁判」と同じ時期に争われた「砂川事件」裁判のことが思い起こされました。この裁判では「米軍の駐留は合憲か違憲か」「安保条約など条約に関して裁判所に違憲審査権はあるのか」など、やはり「司法審査権の範囲」―司法(裁判所)の職責の限界―に関する論点について争われました。

 後述するように、「砂川事件」裁判は決して「過去のこと」などではなく、現在、国と沖縄県との間で争われている「米軍普天間飛行場の辺野古移設」を巡る裁判にも多大な影響を及ぼしています。

 

沖縄県の敗訴が続く法廷闘争と激しさを増す抗議活動

 

 これまで「米軍普天間飛行場の辺野古移設」を巡っては、2015年11月に国が沖縄県を提訴した「代執行訴訟」を皮切りに14件もの訴訟が提起されて法廷闘争が繰り広げられてきましたが、沖縄県の敗訴が続いています(注3)

【グラフ】国と県の法廷闘争 14訴訟のうち敗訴9件、ほとんど実質審理なく 県は上告視野も厳しい見通し 辺野古抗告訴訟・二審敗訴 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

 

 昨年12月には、「代執行訴訟」の控訴審で福岡高裁那覇支部が「(沖縄県に)辺野古沖の地盤改良工事を承認するように命ずる」判決を言い渡しました(2023年12月10日)。沖縄県は期限までに承認せずに上告しましたが、(上告した事実が)工事を止める効力はなく、12月28日に政府が設計変更申請承認の「代執行」に踏み切り、年が明けた1月10日には懸案の軟弱地盤がある大浦湾側の埋め立てに着手しました。その後、2月29日には最高裁で沖縄県の上告が退けられ、「代執行訴訟」における沖縄県の敗訴が確定しています(注4)

 また、2024年9月2日には、軟弱地盤改良工事に向けた沖縄防衛局の設計変更申請を巡る「抗告訴訟」の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部が「沖縄県に訴訟提起の適格がない」とした一審の那覇地裁判決を支持して県の訴えを退けています。現時点で、この「抗告訴訟」が国と沖縄県との間で唯一係争中の訴訟であり、沖縄県は最後まで争うとして最高裁に上告受理を申し立てていますが、事実認定が争点となるのは控訴審までであり、最高裁で判決が覆る見込みは薄いものとみられています(注5)

 

 その一方で、現在、沖縄県ではなく辺野古の周辺住民が原告となって争われている3件の訴訟がありますが、そのうちの「抗告訴訟」の控訴審で、原告である市民に対して「著しい被害を直接的に受ける恐れがある」として原告適格が認められました(2024年5月)。同訴訟では被告の国が上告しており、最高裁が受理するかどうかを判断することとなっていますが、法廷闘争が手詰まりとなってしまっている沖縄県にとって「不条理に抗う市民との連携も新たな選択肢になりそうだ」と報じられています(注6)

 

 しかしながら、もはや司法の場における法廷闘争を通して「米軍普天間飛行場の辺野古移設」を阻止する途は閉ざされたと言わざるを得ない状況にあることは明らかであり、「辺野古移設」に反対する人々が法廷以外の場に活路を見出そうとして抗議活動がさらに過激化してしまっているように見受けられます。

 

 例えば、今年6月28日に名護市安和桟橋の作業ヤード出入口で発生してしまった死傷事故(注7)を受けて停止されていた土砂の搬出作業が8月22日に再開されたのですが、事故が起こる前よりも激しい抗議活動が繰り広げられており、抗議する市民は牛歩をしながら「私たちは基地反対の知事を選び、議員を選んで国会でお願いしても政府は聞いてくれない。残されたことは現場でお願いするしかないんです」と訴えていたことが報じられています(注8)

 

 また、事故発生直後から「辺野古移設」に反対する市民団体による抗議集会が幾度となく開かれ、『琉球新報』『沖縄タイムス』では「沖縄防衛局や警備会社などの安全管理に不備があった」「これまでは運転手、警備員、抗議者の間に事故回避のための『暗黙のルール』があったが、国(政府)が現場を締め付けることによって、その『暗黙のルール』が破られることになり、事故発生に繋がった」などと主張するキャンペーンが展開されています(注9)

 たとえ事故を起こしたダンプカーの運転手や誘導していた警備員に何らかの過失があったとしても、「牛歩」戦術という無謀で危険な抗議活動が行われていることによる事故であることは明らかです。しかし、彼らは危険な方法で抗議活動をする自分たちの非や責任を認めて反省することはなく、あくまでも事故原因は安全確認を怠った警備員とダンプカーの運転手にあるとして、強引に工事を推し進める政府の責任を訴え続けているのです

 

 沖縄県外の人々にはなかなか伝わりにくいことなのかもしれませんが、過激で危険な抗議活動は、決して多くの沖縄県民から共感や賛同を得られている訳ではありません。私自身も含めて、「辺野古移設」に反対し、政府の強引なやり方を批判的に捉えているものの、だからといって過激な抗議活動に対しては共感することも賛同することもできずに、憤りを感じている沖縄県民も決して少なくはないのです。

 

沖縄に対する非難の声

 

 「米軍普天間飛行場の辺野古施設」を巡って、既に最高裁判決が下されているにもかかわらず、沖縄県がそれに従わずに反対し、抵抗し続けていることについて、全国紙やネット上などで非難する声が拡がっています。

 

 例えば、読売新聞や産経新聞では「県は司法判断を蔑ろにするな」「知事は敗訴を受け入れよ」として「不毛な裁判闘争は、この判決で決着させるべきである」「沖縄県知事が司法の判断に背いて手続きを拒んでいる以上、国が前例のない法的手段(代執行)に踏み切るのはやむを得ない」「移設工事は『世界一危険』と言われる普天間の危険性を除去する狙いがある。移設反対にこだわり、周辺住民を騒音被害や事故のリスクにさらしている県の姿勢は無責任と言わざるを得ない」「実際、高裁判決は普天間の危険性を『人の生命、身体に大きく関わる』と指摘した上で、玉城氏が最高裁判決後も承認しないこと自体が『社会公共の利益を侵害する』と厳しく断じ、速やかに承認するように命じている」「日本全体の安全を保つために、(沖縄)県民に多くの基地負担を強いている側面は否定できない。だからといって行政機関が法制度を蔑ろにし、最高裁の判決にも従わなければ、法治国家は成り立たなくなってしまう」「最高裁判決で県敗訴が確定し、承認する法的義務を負いながら、行政の長が司法判断にあらがい続ける異例の対応は法治主義の観点からも由々しき事態だ」「玉城氏は行政の長としてどう行動すべきか、冷静に判断してもらいたい」として、沖縄県(の玉城知事)の姿勢を強く批判しています(注10)

 

裁判所(司法)は「辺野古移設」の是非を判断している訳ではない-「統治行為論」

 

 恐らく、「辺野古移設」を巡る国と沖縄県との対立について、国民の多くが「国と沖縄県との協議で解決することができずに司法の場で争われることとなり、裁判所での慎重な審議に基づいて最高裁判決が下されたにもかかわらず、沖縄県がその判決に従おうとしていないために泥沼に陥ってしまっている」と認識しているのではないでしょうか。

 

 しかしながら、国と沖縄県との間で争われている一連の裁判において「辺野古移設の是非」について実質的な審議が為されてきたという訳ではありません。「沖縄県に訴訟を起こす適格があるか否か」「国や県の手続きの違法性あるいは法的な瑕疵の有無」などといった「入り口論」や「手続き論」で門前払いされるケースが続いているのであり、それぞれの訴訟の判決で明示されている訳ではありませんが、いわゆる「統治行為論(注11)に基づく判断であるものと考えられます。

 

 「統治行為論」とは、条約など高度な政治性を有する問題については、政府や国会等の政治部門の判断に委ねて処理することが妥当であり、裁判所が「合憲か違憲か」を審査して判断するのは適切ではなく、裁判所の「司法審査権の範囲外」であるとする法理論であり、学説上では、その正当性を肯定する説と否定する説とに見解が分かれています。

 

 1959年の「砂川事件」最高裁判決では、「統治行為論」という言葉は使われていませんが、実質的にはその法理論を用いた判断が示されており、「統治行為論」を用いた初の最高裁判例として権威あるものと看做されてきました(注12)

 

 「砂川事件」最高裁判決は、米軍用地の強制使用の認定処分取り消しや米軍機の騒音公害で飛行差し止めを求める訴訟など、その後の米軍基地がらみの裁判にも大きな影響を与え続けています。これらの裁判では、「砂川事件」最高裁判決の「米軍の駐留は違憲ではない」との判断を前提とした上で、高度な政治性を有する「安保条約が違憲か合憲か」は「司法審査権の範囲外」であるという「統治行為論」を用いて訴えを退けるケースが続いています。「辺野古移設」に関する一連の裁判もその一例であり、実質的な審議がされることなく門前払いされ続けているのです。

 

「砂川事件」伊達判決の衝撃

 

 「砂川事件」とは、1957年7月8日、東京都砂川町(現立川市)にあった米空軍立川基地の基地内民有地の強制使用に向けた測量に反対する地元農民と、それを支援する労働者や学生らのデモ隊が機動隊と激しく衝突し、デモ隊の一部が基地内に数メートル立ち入ったことが「日米安保条約に基づく行政協定(現在の日米地位協定)の実施に伴う刑事特別法第2条(米軍基地への正当な理由のない立ち入り禁止)」に違反するとして、23人が逮捕されて、そのうち7人が起訴された事件のことです。

 

 1959年3月30日、東京地裁で「米軍の駐留を許容していることは、指揮権の有無、米軍の出動義務の有無にかかわらず、憲法9条2項で禁止されている戦力の保持に該当すると言わざるをえない。駐留米軍は憲法上その存在を許すべきものではない」「米軍の駐留は違憲、刑特法は無効、基地立ち入りについては無罪」として被告全員に無罪判決が言い渡されました。その判決は、伊達秋雄裁判長の名をとって「伊達判決」と呼ばれています(注13)

 

 この「伊達判決」は、「駐留米軍は、日本国に指揮管理権がないため日本の戦力ではなく、憲法9条に違反しない」という従来の日本政府の見解を真っ向から否定するものであり、日米両政府に衝撃を与えました。

 「米軍の駐留は憲法違反」という「伊達判決」が確定すると、米軍の日本駐留の根拠が根本から揺らぐことになってしまい、当時、全国各地で高まっていた米軍基地や安保条約に反対する運動を勢いづかせることに繋がり、日米間で進められている安保条約改定交渉(協議)の障害になると考えられたのです。

 それとは逆に、最高裁で「伊達判決」が覆されて「米軍の駐留は合憲」の判決を得ることができれば、それは権威ある最高裁の判例として確定し、いわば米軍駐留にお墨付きを与えることとなります。たとえ米軍基地に関する裁判や違憲訴訟が起こされたとしても、その最高裁判例が下級審の地裁や高裁に強い影響を与えることとなり、「米軍の駐留は違憲」の判決を下しにくくなる―下せなくなる―のであり、事実、現在に至るまで「砂川事件」の最高裁判例が下級審に対する実質的な「縛り」としての機能を果たしています。

 

「対米従属」に法的根拠を与えた最高裁判決

 

 米政府の秘密指定が解除された「砂川事件」に関する公文書が2008年に米国立公文書館(NARA)で発見されて公開されるまで、一般の日本国民にとっては知る由もなかったことなのですが、当時の米国政府は日本政府と最高裁判所に対して政治的な働きかけ(内政干渉)をしており、日本側もその働きかけに呼応して、米国の意向に沿う形で裁判を進めることに積極的に尽力していました

 

 これらの公開された一連の公文書によって、「砂川事件」の裁判を巡って、ダグラス・マッカーサー2世駐日米大使と藤山愛一郎外務大臣が綿密な協議を重ねる中で、一日も早く「伊達判決」を覆すために「跳躍上告」―通常の手続きである東京高等裁判所への控訴をせずに、高裁を飛び越して最高裁に直接上告する極めて異例の措置―することを米大使が提案し、米国政府の意向を受けた日本政府が、最高裁での「迅速な処理」のために強い政治的影響力を行使していたことが明らかにされています

 また、米大使は日本政府に働きかけるだけでなく、田中耕太郎最高裁長官にも密かに接触していました。田中最高裁長官が「(砂川事件に)優先権が与えられていること」「裁判の日程・手続きの見通し」「争点を事実問題ではなく法律解釈の問題に限定する方針」「結審後の評議(合議)において実質的な全員一致の方向を目指す方針」など、本来であれば、外部に漏らしてはならない公判に関する最高裁の内部情報を米側に提供していたことが、米国機密文書が公開されたことで白日の下に晒されることとなりました

 

 日米両政府の思惑通りに「跳躍上告」が行われて、最高裁において異例の早さで審議が進められることになり、1959年12月16日、「伊達判決」を破棄し、東京地裁に差し戻す逆転判決が下されました。裁判官15人の全員一致で「米軍の駐留は違憲ではない」との判断を下しており、一審で無罪判決を受けていた7人の被告は、改めて東京地裁でのやり直し裁判で裁かれることとなりました(注14)

 

 最高裁判決の主旨は次の通りです(注15)

 

 憲法9条2項がその保持を禁止した戦力とは、わが国が主体となって指揮権・管理権を行使し得る戦力を意味する。つまり、それはわが国自体の戦力を指す。だから、わが国に駐留する外国の軍隊は、憲法9条2項が保持を禁止した戦力には該当しない。

 日米安保条約はわが国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有する。だから、その内容が違憲か合憲かの法的判断は、その条約を締結した内閣と、それを承認した国会の高度の政治的・自由裁量的判断と表裏を成す点が少なくない。それゆえ、違憲か合憲かの判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない

 したがって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものである。第一次的には、条約の締結権を有する内閣と、それに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものだ。

 米軍の駐留は、憲法9条(戦争の放棄と戦力の不保持)、98条2項(国際法規の遵守)、前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。

 原判決(「伊達判決」)が、米軍の駐留は憲法9条2項前段に違反し、許すべからざるものと判断したのは、裁判所の司法審査権の範囲を逸脱し、同条項と憲法前文の解釈を誤ったものである。したがって、それを前提にして、刑事特別法を違憲無効としたのは誤りであり、破棄する。

 

「砂川事件」最高裁判決の根本的な矛盾(注16)

 

 「砂川事件」最高裁判決は、高度な政治性を有する「安保条約が違憲か合憲か」の法的判断は「それが一見極めて明白に違憲無効である」とは認められないため、裁判所の審査には原則としてなじまない「裁判所の司法審査権の範囲外のもの」と判断しています。

 論理的に考えると、安保条約に基づく「米軍駐留が違憲か合憲か」についても同じように判断するのでなければ整合性が保たれません。

 つまり、安保条約を「裁判所の司法審査権の範囲外のもの」とした以上、米軍の駐留も「裁判所の司法審査権の範囲外のもの」とするべきであるということになるはずです。

 

 しかしながら、最高裁判決は、駐留米軍には「日本の指揮権・管理権がおよばない」ので「憲法9条で禁止されたわが国の戦力」には該当せず、また、駐留米軍は「極東における国際の平和と安全に寄与」し、「外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することとなっている」から「憲法9条、98条2項、前文に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは到底認められない」として「米軍駐留は事実上合憲なのである」との判断を下しています。

 すなわち、「砂川事件」最高裁判決は、東京地裁「伊達判決」が「米軍駐留は違憲」という判断を下したことを「裁判所の司法審査権の範囲からの逸脱」と非難しておきながら、最高裁自らは「米軍駐留は事実上合憲」との判断を下すという根本的な矛盾を抱えていると言わざるを得ないのです。

 

「政治の貧困」の背景にある「国民の無関心」

 

 「砂川事件」裁判における駐日米大使による内政干渉や最高裁長官による情報漏洩などの事実によって「法治国家」の条件である「司法権の独立」が失墜してしまった問題や、最高裁判決の「統治行為論」に基づく「日本政府には米軍に対する指揮権及び管理権がない」という判断が「米軍基地と米軍の活動には日本政府の権限も司法権も及ばない」ということに繋がり、日米安保条約や日米地位協定が憲法に優越し、日本の領土内であるにもかかわらず、米軍には主権が及ばない「治外法権」の状態が作り出されてしまっているという問題については、また機会を改めて論じてみたいと考えております。

 

 「砂川事件」最高裁判決の是非についてはさておき、その主旨を額面通りに解釈して「米軍普天間飛行場の辺野古移設の是非」に当てはめてみると、その判断は、我が国の存立の基礎に極めて重大な関係を持つ高度の政治性を有する「統治行為」として「裁判所の司法審査権の範囲外」となるのであり、内閣(日本政府)と国会の判断―主権を有する国民の政治的批判―に委ねられるべきものだということになります。

 すなわち、「砂川事件」最高裁判決の「縛り」がある以上、「辺野古移設」に関して司法の場で判断されるのは、あくまでも形式的なことにとどまり、実質的な審議が為されることはないということになるのであり、実際に「辺野古移設」に関する一連の裁判において何ら実質的な審議は行われていないのです。

 

 我が国の防衛・安全保障における重要な案件である「米軍普天間飛行場の辺野古移設」については、「軟弱地盤の存在など辺野古が移設先として重大な瑕疵を有している」「辺野古に新たな基地が建設されたとしても(当初の目的である)普天間飛行場が返還されない蓋然性が高い」などの様々な問題点が指摘されています(注17)

 「辺野古移設」の是非について、「砂川事件」最高裁判決―「統治行為論」―に基づいて「司法の場では審議されることがない」というのであれば、国(政府)と沖縄県との間での徹底的な協議、もしくは「国権の最高機関」である国会における審議を通して、我が国の「独立国に相応しい防衛・安全保障体制の構築」にとって最適な選択は何かという観点から政治的に結論を導き出さなければならないということになります。そのためには国民的な議論があって然るべき問題であることは明白であり、全ての日本国民はその責任の一端を負っていると言って過言ではありません

 

 これまで何度も繰り返し論じてきたように、我が国の政府は「防衛・安全保障」において米国に従属・依存している「半独立」状態を変えることができない前提条件として思考停止に陥ってしまっています。「辺野古移設」を巡る(実際には何ら審議をしていない)裁判で勝訴したことと「既に日米合意が成立している」ことを「錦の御旗」に掲げて、国会や沖縄県との協議の場などで実質的な議論をすることから逃げ続け、「辺野古が唯一の解決策である」「一日も早い普天間の危険性の除去のためには辺野古以外の選択肢はあり得ない」という嘘話に固執して「辺野古移設」を推し進めています。

 

 現在の「辺野古移設」の問題をみるにつけ、「政治の貧困」を嘆かずにはいられません。その「政治の貧困」の背景にあるのは「国民の無関心」であり、沖縄から遠く離れた本土で暮らす大多数の日本国民にとって「沖縄の基地問題」は全く関心がない他人事でしかなく、たとえ多少の関心を持っていたとしても政府が発信する嘘話を疑うことなく信じてしまっているという事実です。

 

 「沖縄の基地問題」に対する「国民の無関心」が、ネットを含む言論空間に「政府が負担軽減になると言っているのに、沖縄の人達が普天間飛行場の辺野古移設に反対していることは理解できない」「沖縄の人達は日米同盟や日米安全保障条約の重要性をわかっていない」「沖縄の言論やマスメディアは非現実的な反戦平和主義の思想家や運動家たちに支配されている」などといった、「沖縄リテラシー」(注18)が低い、いわゆる「ネトウヨ」的な無責任な言説が蔓延ることを助長し、沖縄県民や日本国民が分断され、国家存立の基盤である国民統合が毀損されることに繋がりかねない事態にまで陥ってしまっていることを否定することができません。

 

「対米自立」に向けて「我が国の三権(司法・立法・行政)のあるべき姿」とは

 

 日本政府が言うとおりに「米軍普天間飛行場の辺野古移設」を推進した先にある「近未来予想図」では、「辺野古に新しい基地が完成しても普天間飛行場が返還されることはなく、両方の基地を米軍が自由に使い続けている」のであり、より米国への従属度が増した「半独立」の状態から抜け出すことができずにいる我が国の姿でしかありません。

 我が国が「独立国に相応しい防衛・安全保障体制」を構築するという目的から考えると、防衛・安全保障における「米国への依存・従属」を前提に思考停止したままの政府が「唯一の選択肢である」として推し進めている「米軍普天間飛行場の辺野古移設」は「悪手」であると言わざるを得ないのです。

 

 残念ながら、我が国の三権(司法・立法・行政)は、こと「米国との関係」に関しては機能不全に陥っていると思えてなりません。我が国が「半独立」の状態から脱却して「対米自立」を実現するためには、「砂川事件」裁判によってもたらされた「日米安保条約や日米地位協定が憲法に優越し、日本の領土内であるにもかかわらず、米軍に対して主権が及ばない『治外法権』の状態が罷り通ってしまっている」現状から目を逸らすことなく、司法を司る裁判所や立法府である国会及び行政府である内閣がそれぞれ果たさなければならない役割―独立国としての我が国の三権(司法・立法・行政)のあるべき姿―について、いま一度考察するところから始めなければならないのではないでしょうか。

 

(注1) 朝ドラのモデル三淵嘉子らが出した原爆裁判の判決文がすごい…「忘れられていた歴史的裁判」が描かれた意味 三淵嘉子は退官後に核兵器禁止の署名活動をしていた | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

朝ドラ「虎に翼」汐見(平埜生成)判決文読み上げで4分! 異例構成に視聴者感嘆「心に響いた」 (1/2ページ) – イザ! (iza.ne.jp)

(注2) 日本被団協 (www.ne.jp)

・東京原爆訴訟判決文(昭和38年12月7日)331.pdf (hankaku-j.org)

原爆裁判60年 現代への教訓 – 時論公論 – NHK

現代に生きる「原爆裁判」 – 視点・論点 – NHK

(注3) 【グラフ】国と県の法廷闘争 14訴訟のうち敗訴9件、ほとんど実質審理なく 県は上告視野も厳しい見通し 辺野古抗告訴訟・二審敗訴 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注4) 沖縄 辺野古改良工事 県に承認命じる 国の「代執行」が可能に | NHK | 基地問題

辺野古移設、国が初の「代執行」 24年1月着工 – 日本経済新聞 (nikkei.com)

辺野古の承認、国が初の「代執行」実施 沖縄県の同意ないまま工事へ:朝日新聞デジタル (asahi.com)

辺野古推進へ政府最終手段 「首相は無関心」の声―異例の代執行、沖縄関係に禍根も:時事ドットコム (jiji.com)

【速報・動画あり】大浦湾側、埋め立て着手 石材を投下 辺野古新基地建設 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

辺野古代執行、沖縄県の敗訴確定 軟弱地盤工事巡り―最高裁:時事ドットコム (jiji.com)

辺野古代執行訴訟、沖縄県の敗訴確定 最高裁、上告受理せず すでに工事に着手 – 産経ニュース (sankei.com)

【深掘り】「法の番人」に失望広がる 国「終わった話」 デニー知事、次の一手見いだせず 辺野古代執行訴訟で沖縄県敗訴 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注5) 辺野古抗告、沖縄県の訴え棄却 福岡高裁那覇支部 訴訟起こす適格なしと一審判決支持 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

県の訴えまたも「門前払い」 辺野古抗告訴訟、県は二審も敗訴 住民ら国に議論を求む声上げる 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

<社説>辺野古抗告で県敗訴 自治権否定の不当判決だ – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

訴訟起こす適格性ない 高裁那覇支部、沖縄県の控訴棄却 辺野古の新基地抗告訴訟で | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

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(注6) 【速報・動画】辺野古の抗告訴訟、住民の原告適格認める 福岡高裁 住民の訴訟で初めて 那覇地裁に差し戻し 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

【全文】辺野古住民に「原告適格」 抗告訴訟 福岡高裁那覇支部 判決内容 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

【記者解説】辺野古の法定闘争は手詰まりも 抗う市民と連携も新たな選択肢に 抗告訴訟・二審敗訴 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注7) 【藤原昌樹】醜悪な姿を晒し続ける平和主義者たち ―安和桟橋におけるダンプカー死傷事故を巡って―(前半) | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)

醜悪な姿を晒し続ける平和主義者たち ―安和桟橋におけるダンプカー死傷事故を巡って― (後編) | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)

(注8)安和桟橋から新基地建設用の土砂運搬を再開 死傷事故以来54日ぶり 次々とダンプ入る 抗議の市民を機動隊が排除 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

[社説]安和土砂搬出を再開 見切り発車が不信招く | 社説 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

抗議市民排除 物々しく 機動隊 50分歩行遮る 安和運搬再開 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

「ここは歩道だ」響く怒号 警備員が「人のバリケード」、市民の牛歩阻む 安和で土砂搬出再開 沖縄  – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

【動画あり】沖縄防衛局、安和から土砂搬出を再開 辺野古新基地建設 事故原因究明なく強行 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

<社説>安和の土砂搬出再開 県民の心無視する暴挙だ – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

【速報】防衛局が名護市の安和桟橋の使用を再開 死傷事故から54日間停止 辺野古新基地 沖縄 【動画あり】 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

歩道をふさぐ機動隊「危険なので近寄らないで」 抗議の市民を排除 防衛局が新基地建設の土砂運搬を再開 名護市の安和桟橋 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

名護市安和の土砂搬出 きょう22日再開 警備員らで「バリケード」 辺野古新基地 沖縄 – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

(注9) はじまりは国の「違法」行為 辺野古新基地めぐる抗議 安和ダンプ死傷事故に相次ぐ非難・中傷 市民ら「正念場」 沖縄<国策と闘う> – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

“暗黙のルール”に乱れ 国が現場締め付け、工事急ぐ 安和ダンプ死傷事故 辺野古新基地<国策と闘う>続き – 琉球新報デジタル (ryukyushimpo.jp)

「安和の現場から 事故は防げなかったのか」の記事一覧 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

(注10) 社説:辺野古代執行へ 県は司法判断を蔑ろにするな  : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
【主張】辺野古高裁判決 知事は敗訴を受け入れよ – 産経ニュース (sankei.com)

辺野古「不承認」 異例の対応、法治主義の軽視懸念 – 産経ニュース (sankei.com)

【主張】辺野古で代執行 国は着実に工事を進めよ – 産経ニュース (sankei.com)

(注11) 統治行為論 – Wikipedia

統治行為論をわかりやすく解説-重要判例や問題点がわかる! | 日本国憲法の基礎知識 (norio-de.com)

統治行為論をわかりやすく解説|裁判所が違憲判断を避けるケースとその理由 | スマート選挙ブログ (smartsenkyo.com)

(注12) 砂川事件と田中最高裁長官|日本評論社 (nippyo.co.jp)

書籍詳細 – 検証・法治国家崩壊 – 創元社 (sogensha.co.jp)

『日米安保と砂川判決の黒い霧』試し読み公開!~編集者による紹介文付き~|彩流社 (note.com)

Amazon.co.jp: 9条「解釈改憲」から密約まで 対米従属の正体―米公文書館からの報告 : ・靖司, 末浪: 本

書籍詳細 – 「日米合同委員会」の研究 – 創元社 (sogensha.co.jp)

(注13) 砂川事件の第1審判決(伊達判決) – データベース「世界と日本」 (worldjpn.net)

(注14) 東京地裁での差し戻し審(1961年3月27日)では「米軍の駐留は違憲ではない」との最高裁判決を支持し、7人の被告に罰金2000円の有罪判決を下しており、その後、1962年2月15日、東京高裁は被告らの控訴を棄却、1963年12月25日に最高裁が被告らの上告を棄却して有罪が確定しました。

 米国立公文書館(NARA)で発見された「砂川事件」に関する米政府の公文書によって、「砂川判決」の背後に田中耕太郎最高裁長官(当時)から米大使らへの裁判情報の漏洩があったことが明らかとなったことを受けて、砂川事件の元被告らが、憲法が保障する「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を侵害されていたとして、国を相手取って訴訟を提起し、慰謝料(賠償金)各10万円、元被告の罰金各2000円の返還、国(政府)による謝罪広告の新聞掲載を求める訴訟を提起しました(2019年3月19日)が、東京地裁はその訴えを退ける判決を下しています(2024年1月15日)。

「砂川事件」めぐる裁判 当時の学生らの訴え退ける 東京地裁 | NHK | 東京都

(注15) 砂川事件に関する最高裁差戻判決 – データベース「世界と日本」 (worldjpn.net)

(注16) 書籍詳細 – 検証・法治国家崩壊 – 創元社 (sogensha.co.jp)

(注17) 【藤原昌樹】沖縄の「近未来予想図」―辺野古に新たな基地ができ、そして普天間も返らない― | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)

(注18) 【藤原昌樹】「沖縄」をどう読み解き、どう語るのかーいま求められる「沖縄リテラシー」 | 表現者クライテリオン (the-criterion.jp)

 

(藤原昌樹)

 


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