現在、日本は少子高齢化と人口減少によって、社会経済のほぼすべての分野でこれまでの常識が通用しなくなり、政治から個人までが意識変革を求められている。私たち日本人にとっては、少子高齢化は喫緊の現実問題だが、他の先進諸国も日本を追いかけるように高齢化社会に向かっている。世界がいままで経験したことのない超高齢化社会に先頭を切って突入したため、日本が人口問題にどのように対処するのかを世界が注視している。
国家と人口の関係を考え始めると、人口というのは、一国家だけでなく世界情勢に関係していることが見えてきて、なかなか簡単な話ではないとわかる。そこで、一旦、日本の現状を離れて、いろいろな角度から「人口動態」について眺めてみたい。
老人がたくさん居るのが高齢化社会だ。ただ人数が多いというのではなく、他の年齢層に比べて年を取った人の割合が多いということである。1億人のうち100歳以上の高齢者が100人だったら「長生きでめでたい」と言われるが、100歳で自活できる人は少ない。1000人の自治体で100歳以上が100人いたら、その街の経済や機能は維持できるだろうか。日本では現在100歳以上の人口は8万人くらいだという。1990年には2000人程度だったから、30年余りで約40倍に増えたことになる。国連の推計では、今後50年でその数は50倍になるのに、その頃の総人口は1億人を割ると考えられている。しかも、これは100歳以上に限った話で、高齢者全体はもっと多い。
なぜ、先進諸国は高齢化社会に向かうのか。勿論、老人がなかなか死なないで長生きするからだ。なぜ、長生きなのか。それは医療体制の充実と環境のよさである。老人医療の発達だけでなく、医療全般が改善・進化して、いまの高齢者世代が育った年代は、生まれてから成人するまでに命を落とす危険が少ない時代になっていた。十分な栄養が摂れるようになったし、昔だったら死んでしまうような病気でも、予防接種や治療で死を避けられるようになった。昔は、子供、とくに幼児は簡単に死んでしまうもので、成人するまで生きることが出来れば、その後はたいてい長く生きられたという。
人口置換水準を保っていれば、つまり、どの世代もほとんど同じ人口だったなら、高齢化社会は「人間が長生きになった」というのが主な理由と言える。けれども、経済的に豊かになりつつある国では合計特殊出生率が人口置換水準を下回るようになる。スペインから地中海を辿りデリーやコルカタやバンコクを通ってシンガポールに至るユーラシアの「不毛な三日月地帯」の国々では、どこも合計特殊出生率が人口置換水準の2.2を下回っていて、高齢者が長生きするだけでなく「赤ちゃん」が減っている。「高齢化率」が上がるということは、高齢者の人数が増えることではなく、人口に占める高齢者の割合が高くなることで、それは赤ちゃんの補充ができないからである。
出生率が低くなる理由は、女性が教育を受けるようになったことが大きい。いまでもアフリカなどの貧困地域では女子の教育が普及していないところがあり、娘たちは十代で結婚して10人くらい子供を産み続ける。「長閑な田舎暮らし」というのは近代都市の住民が牧歌的に想像するもので、近代以前の「田舎」の農耕作業は厳しい自然と闘わなければならない過酷な長時間労働だった。貧困地帯の医療は劣悪で、生まれた子供たちは感染症や怪我や病気で死んでしまうことが多い。子供のころから死が身近にあって、成人に達するまで生きられる者が少ないのに働き手が必要な農業地帯では、子供をたくさん産んで家族を増やそうとする。都市部に比べて農村が豊かになるには時間がかかったが、次第に女子が学校に通うようになって彼女たちの結婚年齢は上がった。教育は産業社会に必要な条件であるが、人々にとっても医療と教育は恩恵だった。
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いつの時代も、貧しい者たちは都市へ出て稼ごうとする。都市もまた、少子化の温床である。「不毛な三日月地帯」には都市化された地域が並ぶ。都市は文明と切り離せない。人が集まって刺激し合い、活発な経済活動がある。食糧も商品もインフラも、増大する需要に応えることで利益を生む。産業革命時代の不潔な環境や密集による感染症への弱さなど、前近代には都市の生活環境は決していいとは言えなかったが、それでも人々は地方から都市を目指し、そして地方へ戻らなかった。20世紀になると、技術の進歩と市民意識の変化で都市の環境は次第に向上し、医療や教育が充実した清潔で便利な場所になっていった。いまでは経済的に豊かなのは都市部の住民で、それが寿命の延びにも関係しているらしい。
江戸時代のお江戸は「百万都市」で、世界一の大都市だったと言われる。近代になっても19世紀末までは100万人もの人口をもつ都市はヨーロッパと北米と日本だけで、世界で十数か所しかなかった。現在、中国国内だけで120以上、インドで40以上の100万都市があるし、世界に人口500万~1000万人の都市は60余り、1000万人以上の都市は30を超えている。1800年時点で都市生活者は世界の6%だったが、2007年には地球上の約半数が都市の住民だ。2050年には世界人口の3分の2が都市で暮らすだろうと予測されている。雇用、教育、医療、文化、芸術……、都市は多彩な顔を持ち、集まる人それぞれに違った魅力を見せる。「地方創生」がなかなか進まないのは、「人は都市に集まる」という「自然現象」に逆らうことだからで、都市が巨大になればなるほど引力は増す。
子供は、地方では将来の働き手だが、都市部では「穀潰し」とまではいかなくても、資源を投入する存在である。世界のほとんどの地域で、都市部の住民は地方に比べて教育水準が高く、医療環境も整っているために、子供の死亡率は低い。途上国であっても、地方に比べて子供をたくさん必要としないのが都市生活者だ。都市での生活は居住空間も限られ、家族の人数は減る。都市部の親は自分が教育を受けていることが多いから、子供にもいい教育を与えようとする。一人の子供にかかる経費が少子化を促す。たとえ、女性の社会進出がなくても、都市生活そのものが子供の数を制限する圧力になっている。
日本の少子高齢化、中国の急激な少子化、韓国の合計特殊出生率が1を切ったというように、東アジアの少子化は注目を浴びている。この地域の合計特殊出生率はどこの国でも軒並み1に近づいている。しかし、東アジアほど目立たないだけで、少子化は世界中で起きている。都市の住民が半数以上になっているのだから、世界中で少子化が進んでいるのは当然だろう。
高齢者が長生きしているのに、生まれてくる赤ちゃんが減っていれば、全人口に占める高齢者の割合は高くなる。平均寿命の延びと出生率の低下が、社会全体を高齢化させる。各国の年齢中央値を見ると、日本の2020年の中央値は43歳で、ヨーロッパのほとんどの国も40歳を上回っている。人口動態の重心が変化すると、文化が変わる。
高齢化と暴力には負の相関がある。1989年の北京の天安門事件では、天安門広場に集まった学生たちが人民解放軍と激しく戦い、約1万人(それ以上?)の学生が死亡したと言われている。2019~2020年に北京が香港政府に「逃亡犯条例改正案」を押し付けたときにも、香港で大規模デモが起こったが、死者は十数人だった。天安門事件のあった1980年代の中国の年齢中央値は推定25歳前後で、集まっていたのは若者だった。香港の抗議デモも若者が中心ではあったが当時の香港人口の年齢中央値は45歳だった。天安門のときよりも、社会全体に抵抗を諦めるというムードがあったとしても不思議ではない。
物理学出身で社会政治学者のジャック・A・ゴールドストーンは1500年~1900年までの間に世界で起きた革命や反乱の前の50年間に、どこの国でも人口が大幅に増加していたことを発見した。太平天国の乱の前の清朝では農業生産が増えて爆発的な人口増加があった。1917年のロシアは若者の国だった。出生率が高い時代のあとに革命が起きているということだ。アメリカの公民権運動やベトナム戦争、学生運動はベビーブーマーの時代で、当時のアメリカ人の年齢中央値は30歳以下だった。日本の大学紛争の時代も戦後のベビーブーマーが20代だった。
イランでは1979年の革命時の年齢中央値は20歳に届いていなかった。合計特殊出生率は、80年代が終わるまで6~7という高さだったのだ。90年になると出生率が急激に下降し始めて、90年代末には人口置換水準の2.2以下になり、2023年には1.7まで落ちている。まさに急激な高齢化が始まっていると言えるだろう。2月28日、アメリカの攻撃によってハメネイ師が暗殺された。しかし、トランプの思惑通りに市民が民主化に立ち上がるかどうかは、現在のイランの年齢中央値が左右するかもしれない。市民ではなく、反体制武力組織やテロ組織がこの機に勢力を伸ばそうとすれば、収拾のつかない混乱に陥りかねない。
現在、世界中で少子化が進んでいるなかで、唯一、人口が爆発的に増加しているのがアフリカ大陸である。アフリカ大陸では、スーダン、コンゴ、ナイジェリア、チャドなど各地で紛争が絶えない。植民地支配の負の遺産などさまざまな理由が重なっているだけでなく、大陸全体の「若さ」も関係していると言えるだろう。
統計分析では人口の55%以上が30歳を超えていれば内戦は殆ど起こらないのだそうだ。貧富の差は常に対立を生むが、それが大規模な暴動に発展するのは、年齢中央値が低いときだという。単純に考えても、中高年よりも若者のほうが運動能力は高く、体力の差は歴然としている。精神的にも青少年期は情緒不安定になりがちで、すぐにキレたり暴れたりする。生物的な原因だけでなく、社会的な理由も大きい。年齢が上がれば、社会的責任があり、守るべき家族も資産もある。失うもののほとんどない若者よりは秩序を重視する。内戦のような大規模な争いではなくても、地域の治安のよしあしも住民の年齢構成が関係しているという。
それならば、世界中が高齢化していく中で、人類は戦争を避け平和な時代を迎えるのではないかと考えたくなる。少子化で兵士の数は足りず、よぼよぼの年寄りばかりでは前線での激しい戦闘を継続するのは困難だろう。しかし、人間が争いをやめるとは思えない。利害の対立や感情の対立は、次から次へと生じている。対立がある以上、「戦争の形」が変化するだろう。実際に、兵器は遠隔操作が進んでいるし、ロボットやドローンのAI搭載兵器が開発され、サイバー空間を利用した攻撃は巧妙で高度になっている。アルカイダのオサマ・ビン・ラディンもベネズエラのマドゥロもイランのハメネイ師も遠隔地から監視され、ピンポイントで殺害された。
自国の兵士の消耗を避けるには、生身の兵士を投入するような戦争ではなく、都市やインフラを標的にしたミサイルやドローンの攻撃で相手の戦意を喪失させようとするようになるだろう。戦場での暴力的な戦闘ではなく、情報戦と認知戦が主流になり、総じて「頭脳戦」になる。暴力は減っても、かえって「決定的な成果」が明らかな「核」の重要性が以前より増して、世界は威圧的な緊張状態の下で駆け引きをするようになるのかもしれない。マクロンは、既にその準備を始めた。
人類史上、世界全体で高齢化が進行するということは嘗てなかった。アフリカでも人口がピークに達した後は、いずれは減少に転じ、世界全体が老化し縮小していく時代が来る。高齢化した国家の「内部」では暴力が減少して、人々は平和的で民主的な生活を求めるようになるという気もする。けれども、高齢化社会の最大の問題は経済だ。日本で大きな問題になっている医療や年金の社会保障制度は、世代間の分断になりつつある。社会保障制度は自転車操業のようなもので、4人乗りの自転車を漕いでいたころの制度のまま、一輪車になってしまった。高齢化社会でそれなりの豊かさを求めるには労働力不足という問題に直面する。
それでも先進諸国は恵まれている。ヨーロッパの国民が豊かになるまでにかかった時間は長く、その間に社会保障制度を整えることができた。科学技術と経済発展は加速度的に進み、途上国が貧困状態から高度成長するまでの時間が短縮されている。日本の高齢化はヨーロッパより早く進んだが、それは日本が先進国諸国の中でも後発国家だったからだ。
中国や韓国の合計特殊出生率が早くも日本を追い抜いているのは、日本よりスタートが遅れた分、それまでの世界的な技術の集積を土台にして出発することができたからである。けれども、それに伴う社会の変化と混乱は激しく、日本以上のスピードで高齢化社会に到達してしまう。タイでもいまでは合計特殊出生率が人口置換水準を下回るようになり、平均寿命も延びている。ついこの間までタイは「若い」国だったが、今世紀半ばには高齢者人口が3分の1を占める老人国家になると予測されている。既に年齢中央値は40歳を超えていて豊かな北欧諸国よりも高いが、制度を整える時間が足りず準備ができないまま高齢化が進み、公的サービスは北欧のように充実していない。タイの30年前の高齢者は人口の5%だったから、そのスピードが如何に速いかわかる。
「豊かになる前に老いる国々」は、国の社会保障も十分でないだけでなく、労働力不足は先進国よりも深刻になる。いまの先進諸国は、いざとなれば、摩擦や弊害を伴うことであっても「移民」という最終手段がある。移民は途上国からやって来る。しかし、これから経済が発展し人口増加が止まるそれらの国々が高齢化に直面するときは、彼らの後に続く余剰人口のある国はすでになくなっている。彼らは、公共サービスにも移民にも頼れない老人国家になってしまう。中国は急激なスピードで少子高齢化が進んでいるが、途上国の余剰人口に頼るにはあまりにも人口が大きすぎて、世界中の余剰人口を集めても足りないだろう。
高齢化社会の先頭を走っている日本がどのように対処するのか、それが成功でも失敗でも、自国の参考にしようと世界中が注目している。労働市場に参入する若年人口が少なく、定年退職者は多く、人口が高齢化しているような需要が望めない環境では、民間市場よりも国が「安全」な投資先を提供するという積極的な政策は、(経済の素人の私が言うのもなんですが、)「人口動態的」に理に適った選択に思われる。但し、需要を一時的なものにしないためには、波乱含みの世界情勢を読まなくてはならない。戦争もエネルギーもレアアースも、日本経済を直撃する不安材料は海外から来ることが多い。
技術をどこまで利用できるかが、世界の高齢化の未来を決定するだろう。現場の介助・介護や医療、居住環境や社会全体のシステムなど、老化と長寿を支えるテクノロジーの需要は、今後世界中で生じる。日本が成功すれば、ソフト面でもハード面でも、これから続々と続く世界の高齢者国家の需要に応えることができる。「高齢化グッズ」や「高齢化ノウハウ」は世界で稼げる。日本の技術は「高齢化市場」を取り込めるだろうか。
高齢化が急激な中国は、若年層を対象にしたAI管理教育で、人口ボーナスを少人数の「知のエンジン」で代替し、経済発展の減速を喰い止めようとしている。人口動態に左右されない経済を、AIで実現しようとしているのだろう。日本と中国では、高齢化への対処の仕方でも「国民のため」と「国家のため」の違いが明瞭だ。どこの国でも高齢化社会をどう乗り越えるか模索している。若さによる自発的な活動が衰退していけば、効率のいい管理社会に向かわざるをえないかもしれない。果たして、未踏の高齢化した地球では、人々はどんな暮らしをしているのだろうか。
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