『表現者criterion』メールマガジン

【柴山桂太】保護貿易への流れは止まらない

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

トランプ大統領の金融政策をめぐる発言に注目が集まっています。7月20日のツイッターで、「中国とEU、およびその他の国々は不当な為替操作と低金利政策を続けてきた」と発言。返す刀でFRBの金融引き締め策を批判し、「われわれが成し遂げたこと全てを傷つけるものだ」と畳みかけています。

中国とEUの名前が挙がっているのは、アメリカへの制裁関税を発動したからだと思われます。しかし、金融緩和で通貨安の恩恵を受けているのは日本も同じはず。ツイッターの発言にある「その他の国々」には、日本も入っていると考えられます。貿易戦争の次は通貨戦争になる、という見立て通りの展開です。

アメリカの景気は好調で、失業率は4%とまれに見る低水準にあります。食料とエネルギーを除いたコアの物価上昇率(6月)は2.3%と、FRBの2%目標を上回ってします。この状況で金融引き締めに転じるのは、中央銀行としては当然の判断です。過度の低金利を長くつづけると後でしっぺ返しを食うことは、2000年代のバブルとその崩壊の経験からも明らかです。

景気が良くなれば、財政や金融は引き締めに転じるのが普通のはず。ところがトランプは、減税措置を講じたり金利引き上げに圧力をかけたりと、さらなる景気刺激に向かおうとしています。その意図はどこにあるのか。バブルを起こしたいのか、単に経済政策の知識がないのか。いろいろな見方が可能ですが、次のように考えてみることもできます。

アメリカの場合、景気が良くなると経常赤字が拡大する傾向にあります。経常収支は国内の貯蓄投資残差でも決まるため、内需(消費や投資)が拡大すると経常収支は逆調になる。これはどの国でも当てはまることで、例えば日本の経常黒字が続いているのは、日本の輸出企業の競争力が高いからというより、単に内需が足りないからです。

反対にアメリカは、もともとドルの「法外な特権」もあって経常収支は赤字続きですが、ここに旺盛な内需が加わると、赤字幅はさらに拡大することになります。景気が良くなると、アメリカの消費者や企業が、世界中の製品を買いまくる構図(いわゆる「グローバルな不均衡」)に拍車がかかるわけです。

トランプは一方で内需拡大策をとり、他方で貿易赤字を理由に関税引き上げを進めています。貿易赤字拡大の理由の一端は自分の政策にあるのですが、それを棚上げし、貿易黒字国の「不当な為替操作」やアメリカにとって不利な「貿易協定」が原因だとして、既存の貿易秩序からの離脱を推し進めていく。そのような荒技に出ているわけです。

このメルマガでも何度か書いたように、関税引き上げ合戦は一度始まると簡単には収まらないというのが歴史の教訓です。アメリカが関税を引き上げ、中国が制裁関税を課す。するとアメリカ国内に、中国に対する悪感情が広がることになります。従来からのトランプ支持層を超えて、対中強硬論を支持する人が増えてくるわけです。

そうなると、関税措置を撤回するという選択肢は簡単にとれなくなります。国家のプライドの問題が出てくるので、下手に妥協すると弱腰との批判を受けかねないからです。その上、さらに貿易赤字(例えば対中貿易赤字)が拡大すると何が起こるのか。トランプは保護貿易への路線転換をさらにやりやすくなるでしょう。

今後はどうなるでしょうか。アメリカの景気拡大は9年目で、すでに史上2番目の長さを記録しています。近く、景気後退期に入るでしょう。トランプの刺激策でその時期は先延ばしになったかもしれませんが、景気循環の下方局面は必ず来ます。

そうなればアメリカの貿易赤字は減る。現に、リーマンショック時にはアメリカの赤字は大幅に縮小したわけです。内需が増えれば赤字は拡大し、減れば縮小する。では、貿易赤字が減るとトランプは保護貿易を撤回するでしょうか。答えはおそらく「No」です。

保護貿易への機運はすっかり醸成されています。トランプは、国際貿易体制がアメリカにとって不公正だ、中国・EU(そして日本)の低金利政策は不当な通貨安誘導だと、批判のボルテージを上げている。この状況で景気後退が始まると何が起きるのでしょう。

赤字が減ったから保護貿易を止めて、おとなしく元の路線に戻るとなるでしょうか。おそらく、その逆のことが起こるはずです。まず、景気後退の原因をFRBの「不当な」金融引き締めのせいにする。「私は反対したのに奴らは利上げを急いだ、それが景気を冷やしたのだ!」と言うトランプの姿が、今から目に浮かびます。

国際貿易体制への批判も取り下げるとは考えにくい。むしろ国内不和の原因を外国に転化する論法をさらに強く押し出すはずです。その結果、世界経済の景気後退と、アメリカの保護貿易への傾斜が同時進行することになるのではないでしょうか。

そのように考えていくと、巷間言われている「グローバルな貿易戦争」は、まだ始まったばかりと見るのが妥当でしょう。貿易と通貨は表裏の関係にありますから、貿易戦争は必ず通貨戦争を伴うことになるはずです。

トランプは、今は日本への批判のトーンを抑えているようですが、すぐに本領を発揮してくることになる。トランプの「ご機嫌伺い」を続けても、いずれ裏切られることになるだけです。日本の経済界は今、アメリカの自動車関税に戦々恐々としていますが、日米交渉の成果がどうであれ、これはそのうち実施されることになるのではないでしょうか。

トランプ政権は、強引に既存の秩序を作り変えようとしています。それが成功するか失敗するかは分かりませんが、混乱の輪がこれからますます大きくなるということだけは確かです。歴史の潮目は変わり、もう元に戻ることはない。保護貿易に向かう流れは止まらない。政府も企業も、そう腹をくくって将来のビジョンを考え直すべきでしょう。

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